第120話 令和元年9月3日(火)「運動会実行委員会」須賀彩花

 放課後、運動会の実行委員会が行われる。

 初めての委員会。

 わたしはドキドキしながら指定の教室に向かった。

 運動会の実行委員は運動部に所属している生徒が大半を占める。

 だから、行く前から肩身が狭いように感じてしまう。


 教室には10人ほどがいた。

 特に席の指定はなかったので、隅っこに腰掛けて始まるのを待つことにした。

 徐々に人が増えていく。


「おー、彩花! 彩花だったよな?」と大きな声で呼びかけられた。


「うん。こんにちは、都古ちゃん」


 わたしは少し苦笑して答えた。

 記憶があいまいでも、こんな風に明るく声を掛けてくれる都古ちゃんの天真爛漫なところがとても素敵だと感じた。

 見知った顔が近くにいると安心できる。

 先日、優奈に引き合わせてもらって友だちになったばかりでも、それは変わらない。


「どうだ? 1組は強いのか?」と都古ちゃんは楽しそうに話し掛けてきた。


「運動部の子が少ないから競技の方は厳しそうだけど、ダンスは優奈が自信持ってたよ」とわたしは答えた。


「1組はオーディションをしたんだって?」と割り込む声があった。


「さかもっちゃん、おはー」と放課後らしからぬ挨拶を都古ちゃんがした相手は2組の阪本さんだった。


「オーディションというと大げさだけど、女子全員が規定のダンスを踊って実力を確認した感じかな」とわたしは阪本さんの質問に答えた。


 わたしの口調が怖々とした感じになったのは、阪本さんが怒っているように見えたからだ。

 そもそも優奈とは天敵同士という間柄で、優奈の友だちであるわたしも同類と見られているのかもしれない。


 それにしてももうオーディションのことを知っているんだと思っていたら、「笠井から聞いた。オーディションをしたらみんな上手くて、2年の創作ダンスは1組だけで十分だなんてドヤっていた」と教えてくれた。

 優奈ったら……とわたしは頭を抱えたくなる。


「オーディションか……いいな、それ!」と都古ちゃんが食い付いたけど、「今からだと時間的に厳しいだろ」と阪本さんは冷静に諫めた。


 今日の委員会で使用する曲なども知らされるので、どのクラスも1秒でも早く振り付けを決めて練習に入りたいと考えているだろう。

 いまから選考していては時間のロスになると考えて当然だ。


「須賀さんは……メンバー入りしたの?」と阪本さんから訊かれた。


「ギリギリで、なんとか……」と少し照れながらわたしは答えた。


「おお、やったな!」と大きな声で都古ちゃんが称えてくれる。


「おめでとう」と言った阪本さんは何か考えるように「そっか……」と呟いた。


 昨日のオーディションは、正直なところメンバー入りするとは思っていなかった。

 わたしは納得のいくダンスができなかった。

 日曜に優奈から丁寧に教えてもらい、夜にひとりで精一杯練習した。

 しかし、所詮は一夜漬けだ。

 わたしより先に踊った人たちと比べれば見劣りする出来だった。

 ベストを尽くしたと言っても、結果がすべてだ。

 美咲たちにはよくやったと言ってもらえたけど、自分の力不足は自分がいちばん分かっている。


 それなのに、優奈からメンバーに入ったと告げられた。

 びっくりした。

 本当に無理だと思っていたから。

 もしかして、優奈が贔屓で選んでくれたのかと考えた。

 優奈は身内には甘いから。

 でも、優奈は言った。

 わたしを推したのは日野さんだと。


「アタシは実力的に無理かなって思ったんだ。だけど、日野は彩花がもの凄く伸びていて、アタシが背中を押してやればって言った。だから、決めたんだ。アタシが全力で彩花をサポートして、他のメンバーに見劣りしないダンスを叩き込むって」


 そんなことを言われたら涙腺が緩まない訳がない。


「美咲じゃなくて彩花が選ばれたことに文句を言う奴がいるかもしれない。その時は、決めたのはアタシと日野だから、文句を言うなら決めた奴に言えって言えばいい。彩花は気にする必要はないから。責任はアタシが取る」


 わたしは嬉しさのあまり、優奈に抱き付いてしまった。

 その時のわたしはとても人前にさらせない顔だったに違いない。

 優奈は抱き付いて涙ぐむわたしに困った顔をしていた。


 昨日のことを思い出していると、先生方が教室に入ってきた。

 みんな慌てて着席する。

 すぐに委員会が始まる。

 委員を引き受ける時に、日野さんから連絡役のようなものだと言われたが、それがよく理解できた。

 クラスへの連絡事項、創作ダンスの練習の諸注意、運動会の準備や本番での役割分担といった説明が長々とされる。

 小さなメモ用紙1枚では収まりきらず、授業のノートをとるよりも大変な作業だった。

 実行委員の中にはポカンと口を開けているだけの生徒もいるけど、大丈夫かと心配になってくる。


 文化祭の実行委員会では生徒同士の話し合いも多いと美咲から聞いていた。

 しかし、運動会のそれは先生からの指示を聞くだけで終わってしまった。

 日野さんが優奈を創作ダンスに専念させ、わたしに実行委員の仕事を割り当てたのをなるほどと納得した。


 隣りの席に座っていた阪本さんは「去年も実行委員だったから」と、大きな紙にとても見やすいメモを書いていた。

 流石だなと感心していると、委員会が終わった直後に「さかもっちゃん、見せて!」と都古ちゃんが駆け寄ってきた。

 彼女だけでなく、他にも数人の男女が阪本さんのメモ目当てで集まってくる。


「陸上部は他人に頼るクセがついちゃってダメね」と阪本さんは苦笑した。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。運動会の実行委員。優奈に抱き付いた時は当然他の3人もいた。我に返った時はすごく恥ずかしくて、しばらくみんなの顔が見れなかった。


宇野都古・・・2年4組。運動会の実行委員。陸上部。ダンスよりも走ることの方が好きなのだが、クラスメイトからはダンスを頑張るように言われ過ぎて辛い。


阪本千愛・・・2年2組。運動会の実行委員。陸上部。部のエースは都古だが、面倒見の良さなどから次の部長に推されている。


笠井優奈・・・2年1組。創作ダンス担当。次から抱き付くのは綾乃にしろと彩花に言ったら、綾乃は小さいから抱き付きにくいと返され頭を抱えた。


日野可恋・・・2年1組。学級委員。オーディションの発案者。筋トレの成果確認が目的だったが、不合格者をどうするか頭を悩ませている。

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