第119話 令和元年9月2日(月)「オーディション」笠井優奈
放課後の教室に体操着姿の女子がズラリと並ぶ。
これから行うのは運動会の創作ダンスのメンバーを振り分けるオーディションだ。
運動会の創作ダンスは学年単位で行うが、それぞれのクラスに短時間だけどパートが割り当てられている。
創作ダンスの華であり、各クラスが競い合って盛り上げようとする勝負の場だ。
クラスの中でダンスの上手い生徒が輝く場でもある。
2年1組では日野の提案でオーディションによって選考することになった。
やってもらうダンスは先週の金曜日にアタシがみんなの前で踊り、動画を女子全員に送ったものだ。
かなり難易度の高いダンスだが、これくらいできないと本番で使えない。
選考するのはアタシと日野。
創作ダンスを仕切るアタシひとりで十分なのだが、責任を分担するという日野の”配慮”によってこうなった。
アタシ以外の14人の顔を見る。
やる気の伝わって来る奴もいるし、まったくやる気の感じられない奴もいる。
アタシとしては、中心で踊るAチームとモブ役のBチームとの当落線上にいる何人かを確認できれば十分だと思っている。
「始めるよ! やりたい人」とアタシが声を掛けると、ただひとり、ひかりが手を挙げた。
ひかりの目を見て頷くと、彼女は嬉しそうに教室の真ん中に進み出た。
机は廊下側に寄せて積まれ、十分なスペースを確保してある。
昨日、近くの公園で美咲たちと練習をした。
アタシが美咲、彩花、綾乃、ひかりのダンスを指導した。
美咲とひかりは去年も同じクラスだったので実力は把握している。
見なくてもいいくらいだと思いながら、アタシはカウントを口にする。
ひかりは元気系美少女で、運動神経も良く、笑顔で溌剌と踊った。
振り付けもほぼ完璧。
彼女の場合、音楽に合わせた方がより実力を発揮するタイプだ。
課題としたダンスは1分程度の短いものなのですぐに終わる。
日々木の拍手をきっかけに、女子全員が手を叩いてひかりを賞賛した。
ひかりはアタシに向かって自慢げな顔を見せた。
「文句なしね」とアタシは素っ気なく言った。
ひかりはアタシの態度に不満そうだったが、美咲がフォローしてくれるだろう。
そんなことより、オーディションを進めないと。
アタシの「次は?」の声に誰も反応を示さない。
間があって、渋々という顔で日野が前に出た。
アタシは日野のダンスを見たことがなかった。
体育の時間に見せる運動能力の高さや、以前カラオケで聴いた歌唱力を考えれば、ダンスが下手なはずがない。
日野は無表情で淡々と踊った。
文句の付けようがない正確さだ。
もうちょっと可愛げが欲しいが、その実力の高さはよく分かった。
身長があって、見映えも良い。
完璧すぎるだろと心の中で罵ってしまう。
日々木がこれでもかというくらいに大きな拍手で日野を称え、他のクラスメイトもそれに付き合う。
日野はできて当然という顔で日々木の横に戻って行った。
「次、……そうね、安藤さん、お願い」とアタシは指名した。
見ておきたい何人かのひとりだ。
安藤はずば抜けた長身と女子とは思えない筋肉を誇る。
競泳の選手で、運動能力の高さは保証済みだが、ダンスに関しては未知数だ。
やる気があればすぐに上達しそうだが、やる気があるのかどうかが分からない。
「純ちゃん、頑張って」という日々木の声に押されて、安藤の巨体が前に進み出た。
日々木のカウントで安藤が踊り始める。
荒削りな印象だが、その大きな身体ゆえに迫力は満点だ。
日野の指導があったのか、キチンと練習のあとも見ることができた。
目立つから失敗が怖いが、日野が付いているから大丈夫だろうと判断する。
安藤も表情に乏しいのが玉に瑕だ。
笑っているところを見た記憶がないので、言っても無駄かと考えることを止めた。
日野と安藤の表情については日々木に丸投げすればいい。
その日々木が「凄いよ」と安藤を迎え入れる。
アタシが次を指名する前に、日野が「次、麓さん、やってみて」と口に出した。
不機嫌そうな麓がおとなしく日野の言葉に従って出て来た。
不良の麓とまともに話せるのはアタシか日野くらいだ。
アタシだといつもけんか腰になってしまうのだが。
いまも日野に逆らえない麓を茶化したい気分だったが、それを言えば奴はへそを曲げるだろう。
創作ダンスを成功させるためにアタシは言いたいことを自重した。
日野のカウントで麓が踊る。
予想以上に上手い。
いままで踊った面々よりも軽やかでシャープだ。
仏頂面なのは問題だが、他に欠点は見当たらない。
麓のダンスが終わると、これまでと同じように日々木が拍手をした。
他のクラスメイトたちは恐る恐るといった感じでそれに続いた。
麓はそれに応えることなく相変わらずムスッとした顔のまま元いた場所に戻った。
ここまでは予想通りだ。
Aチームの候補メンバーは全員十分な実力を発揮した。
むしろ予想よりレベルが高いくらいだ。
そして、問題はここからだ。
「彩花、いい?」とアタシは声を掛けた。
少し俯いていた彩花が不安そうな目をこちらに向けた。
明らかにプレッシャーを感じているようだ。
これまでの4人が優秀過ぎたというのもあるだろう。
「わたしが先にやります」と彩花を庇うように美咲が前に出た。
美咲は「彩花はわたしの次で」と彩花に優しく微笑みかける。
彩花は「ありがとう」と上気した顔で答えた。
美咲は悠然と胸を張り、アタシのカウントを待った。
ああ、こういうところが美咲だよな。
友だちを助けるために躊躇わない姿勢。
それを堂々と、優雅にやってのける。
そんな美咲のために、アタシは思いを込めてカウントを口にする。
美咲が踊り始めた。
動き自体は綺麗なものだ。
ただ、残念なことにカウントに合ってない。
技術自体はこれまでの4人に比べれば見劣りするが、そんなにひどい出来ではない。
こうしてひとりで踊っているとすごく良く見える。
必死に正確なカウントをしようとしているアタシ以外は気付きにくいが、このズレを運動会までに直せるとは思えなかった。
美咲のダンスが終わると、真っ先に彩花が拍手した。
周りも拍手で美咲を称える。
素直に良いダンスだと賞賛している生徒もいる。
美咲本人もやり遂げたという満足感のある表情だ。
アタシは誰にも気付かれないように、心の中でそっとため息をついた。
グッと唇を引き結んで彩花が前に出た。
アタシは「楽しんでいこう」と一声掛ける。
彩花はこちらをチラッと見て頷いた。
リラックスしているとは言い難いが、少しは勇気づけられただろうか。
アタシのカウントで彩花が踊り出す。
美咲と比べても動きは固く、ぎこちなさが目立つ。
精一杯頑張っているのは伝わるが、それだけだ。
昨日の昼に公園でやったときよりは確実に上達している。
おそらく家でも練習したのだろう。
運動会までの残り時間を考えるとギリギリといったところだが、他のAチームのメンバーの水準からすると厳しい感じがする。
美咲と綾乃が踊り終えた彩花に駆け寄り、健闘を称えた。
彩花は悔しそうな表情だったが、ふたりの励ましには笑顔を見せた。
残りは8人だ。
AチームとBチームの他に、ダンスはできなくても見た目の良い子を目立つ場所に配置する「飾り枠」を想定している。
日々木と綾乃は最初からその枠で考えている。
美咲も本人は不満かもしれないがその枠にする予定だ。
あとは巻きでいいかという感じで、「千草さん、よろしく」と目に付いた女子に声を掛ける。
彼女も緊張した面持ちで前に出た。
日野のカウントに合わせたダンスはお世辞にも上手いとは言えなかった。
動画を見て軽く練習した程度ならこんなものだろう。
彩花との差はやる気の有無だなと再確認して、千草にはBチームの烙印を押した。
うまくできなかったと肩を落としてすごすごと引っ込む千草に替わって、塚本が進み出た。
意外なことに表情に余裕がある。
興味をひかれて眺めていると、しっかりと踊っている。
細かなところは改善の余地があるし、ミスもあるが、練習を積めば修正可能だと思うレベルだ。
土日にアタシや日野の指導を受けずにこれだけやれるのなら、十分に伸びしろはある。
想定外の掘り出し物を見つけた気分でアタシは少しニヤけてしまった。
次の高木は頑張る気持ちは伝わったが、技術がまったく足りていなかった。
三島は体力はあるが、やる気が欠片も感じられない。
森尾と伊東に至っては、技術体力やる気すべてが論外というレベルだ。
綾乃は基礎体力が足りず、途中でバテている。
日々木は綾乃よりは体力があったが、お遊戯のレベルは超えていなかった。
全員のダンスが終わり、みんなが服を着替えて帰り支度を始める中、森尾、伊東、綾乃の三人は日野に呼ばれて雷を落とされていた。
それだけでなく、窓際でスクワットをさせられ、青い顔をしている。
美咲と彩花は綾乃を心配そうに見つめていた。
アタシは日野に近寄り、「それってイジメとどう違うの?」と問い掛ける。
日野はアタシをギロリと睨んだ。
「怖い、怖い」とアタシは笑って肩をすくめ、「メンバーだけど……」と口を開く。
「塚本さん、須賀さんを加えて7人でいいんじゃない?」とアタシの質問を想定したかのように日野は即答した。
「奇数の方がいいとは思うけど、彩花は大丈夫かな?」と心配すると、「彼女、いまもの凄く伸びてるのだから、あなたが背中を押してあげなくてどうするの」と強い口調で言われてしまった。
グサッときた。
ダンスの成功にばかり目がいってた。
彩花のことを思えば、アタシがやるべきことはひとつしかない。
日野に指摘されたのは癪だが、今回ばかりはアタシが間違っていた。
「分かった、それで行く」と頷き、「……いまの言葉には感謝しとく」と一応、小声で礼を言った。
日野が聞こえたかどうかはその態度からは分からなかった。
彼女はしごいている三人に向き直り、「イジメに見られたみたい。誤解を解くためにあなたたちのご両親に説明しに行かないといけないわね」とぶっ飛んだことを言い出した。
三人は慌てて首を振る。
そりゃそうだ。
優等生の日野が親を丸め込んだら、家の中でもおちおちしていられなくなる。
「日野、それくらいにしといてやれよ」と原因を作ったアタシが助け船を出す。
日野ならやりかねないところが恐ろしい。
他のふたりはともかく、綾乃には悪いことをした。
アタシは彩花のところへ行き、「彩花のダンスはアタシが見るから、綾乃の筋トレは彩花が見てあげて」と彼女の肩に手を置いてそう頼んだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
笠井優奈・・・美咲グループのギャル系美少女。創作ダンスに関しては珍しく燃えている。
松田美咲・・・美咲グループの正統派美少女。子どもの頃から和系の習い事をしていた。音感に難あり。
須賀彩花・・・美咲グループの普通少女。運動会の実行委員に任命された。最近は何ごとにも前向きに取り組んでいる。
田辺綾乃・・・美咲グループの不思議系美少女。体力のなさを日々木と争っている。
渡瀬ひかり・・・美咲グループの元気系美少女。元合唱部で、歌の上手さは折り紙付き。
日野可恋・・・学級委員というよりこのクラスのボス。空手の形の選手で、その関係でダンスやバレエにも関心がある。
日々木陽稲・・・可恋の親友。ロシア系美少女の外見を持つが、中身は普通の日本人。可恋に鍛えられて少しはマシになったがまだまだひ弱。
安藤純・・・陽稲の幼なじみ。ダンスは得意という訳ではないが、可恋に指導されてそれなりの形になった。
麓たか良・・・自他ともに認める不良。日野には頭が上がらず、ダンスを真面目にやらされることに。身体を動かすことは好き。
千草春菜・・・勉強は得意だが、運動は得意とは言えない。真面目なので一通り練習はしたが、最初から諦めていたところもあった。
塚本明日香・・・もともとダンスは好きだったが、他クラスにいる彼氏にアピールするという思いで頑張った。
三島泊里・・・なんでわざわざそんな疲れることをするわけ?
高木すみれ・・・運動は苦手。それなりに頑張ったが、結果は見ての通り。
森尾結愛・・・最悪のクラスだと伊東と嘆き合っている。
伊東楓・・・最悪のクラスだと森尾と嘆き合っている。
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