第116話 令和元年8月30日(金)「オーディション?」須賀彩花

「あ、日野さん、昨日の……」


 登校したわたしが教室で日野さんに話し掛けようとしたら、教室に駆け込んできた優奈が開口一番「日野! うちのクラス2番!」と大声を出した。

 自分の席ではなく日野さんのもとに直行した優奈は、「彩花様々だよな」とわたしに満面の笑みを向ける。

 わたしも「ホッとしたよ」と微笑みを返したが、それよりも早く優奈は日野さんに向き直った。


「昨日考えたんだけどさ、メンバーの振り分けなんだけど……」


 優奈は熱を帯びて運動会の創作ダンスのことについて語り出した。

 日野さんと日々木さんは少し呆れ気味で優奈を見ているけど、優奈はそれに気付いていない。

 こんな優奈を見るのは初めてだ。

 よっぽど創作ダンスが楽しみなんだろう。


「メンバー分けはオーディション……ダンスのテストをしてみるのはどうかな?」


 日野さんが優奈の言葉を遮って、そう提案した。


「オーディション?」と普段なら遮られたことに怒る優奈がその言葉に食い付いた。


「夏休み中の筋トレの課題の達成状況をチェックしたいと思ってるの。そこで、ダンスをしてもらえば一石二鳥かなって」


「確かに実際に見て決めた方がいいよな」と優奈も頷く。


「それって、女子全員でやるの?」と不安を感じたわたしが確認する。


 オーディション……憧れる響きではあるけど、わたしには縁遠い存在だ。


「ダンス目的なら意欲のある人限定の方がいいんだけど、ダンスと並行してウォーキングの練習もする予定だから、その練習強度を考える上でもキチンとチェックしておきたいわ。よって、全員参加ね」


 日野さんがそう言ってしまうと、もう誰も覆せない。

 優奈も乗り気だし、日々木さんも面白がっている感じだ。

 運動会の実行委員という肩書きはあるものの、わたしに止める術はないと思った。


「笠井さんは今日の授業が終わるまでにテスト内容を考えてもらえるかな。ダンスの課題をホームルームの後にやってみせて。みんなには土日に練習してもらう。月曜日にオーディションでいいよね」


「早めにグループ分けしたかったけど、そのやり方なら全然オッケー。土日に自主的に練習してくれるんなら、むしろいいかも」と優奈が笑う。


「課題の難易度は……そうね、土日に頑張れば須賀さんがビシッと踊れるくらいでいいんじゃないかな?」と日野さんが突然わたしの名前を出した。


 優奈はわたしの身体を上から下まで眺めて、「彩花も少しマシになったよね。前はフニャフニャって感じだったけど」と失礼なことを言った。

 いや、そうだけどさ。

 去年のダンスは女の子のお遊戯って感じだったのは間違いない。

 わたしの意思を無視する形で話がどんどん進んでいくことに不安を感じるんだけど、どうしたらいいのだろう。


「須賀さんならきっと大丈夫」と日々木さんが気休めを言ってくれる。


「そうだね、運動会の実行委員として相応しい結果を出してくれると信頼しているよ」と日野さんがますますプレッシャーを掛けてくるんだけど!




 次の休み時間、優奈に言われてダンスを見せることになった。

 わたしの実力を把握したいらしい。

 人目のある場所だと恥ずかしいので、ひと気のない階段の踊り場に行って、文字通り踊らされた。

 それを見た優奈は「土日があれば……」などとブツブツ呟いている。

 わたしとしては下手くそなどと言われずに済んでホッとした。


 美咲は相変わらず前向きで、「彩花、頑張って。わたしも頑張りますから」と励ましてくれた。

 優奈が美咲を日々木さんや綾乃と同じ「飾り」枠に入れようとしていることはまだ秘密だ。

 優奈は1年の時に美咲やひかりと同じクラスだったから、その実力をよく知っている。

 美咲は音楽に合わせることや、リズム感に難があったそうだ。

 逆にひかりについては、そこが抜群に良くてダンスの才能があると褒めていた。


 綾乃は「無理しなくてもいいと思うよ」と言ってくれた。

 不思議と、そう言われた方が頑張ろうと思ってしまう。

 何でも平均点なわたしは、ダンスの腕も普通だった。

 特別苦手な訳じゃない。

 でも、上手い人のようには踊れない。

 優奈やひかりと一緒に踊るのは無理だろうと諦めもあるが、ほんのちょっぴりはわたしにも欲がある。


 夏休み中は筋トレを頑張った。

 目に見えた成果があったことが続ける原動力になった。

 日野さんがいろいろとアドバイスしてくれたことも大きい。

 容姿に関しても平均点だと固く信じていた。

 それが男子に告白されたことで少し自信がついた。

 彼との関係は夏休み中に自然消滅って感じで、二学期になって顔を合わせても素っ気ない態度をお互いに取っている。

 まあいいかと思っている。

 続かなかったけど、良い経験だったなって。


 そんな夏休みを通して生まれた自信が、わたしにもできるんじゃないかという幻想を生んだ。

 ……優奈のダンスを見るまでは。


 ホームルームの後、日野さんの一声で女子全員が教室に残り、男子は追い出された。


「月曜日にオーディション……運動会の創作ダンスでクラスパートの役割を決めるテストを行います。夏休み中の筋トレの成果を確認することも兼ねているので全員参加です」


 日野さんがいつもより怖い目でみんなに言った。

 内心はともかく、誰も不満を口にしない。


 そして、月曜日にテストとして踊るダンスを、優奈が手本としてやってみせる。


 ……こんなの無理。


 時間は短いし、無茶苦茶アクロバットな動きがある訳でもない。

 それなのに優奈がどう動いているのか想像もつかない。

 キレッキレで、シャープで、とても格好いい。

 見るだけでいいなら、凄いと拍手してウキウキするようなダンスだけど、自分がこれをやれと言われたら、ただ呆然となってしまう。


 日野さんがひとつため息をついてから、「動画に撮って送るので、全員ちゃんと確認してね。当然、動画の流出は厳禁で。ミスであっても許さないからそのつもりで」と厳しい口調で言った。


 ひかりだけが「凄いね」と無邪気に喜んで優奈に声を掛けている。

 他の女子はあまりの難易度の高さに声が出ないといった感じに見えた。


「こんなの無理だと思う」とかろうじてわたしは言葉に出すことができた。


「そりゃ無理だよ」と優奈が即答する。


「アタシは去年の運動会で2年や3年の凄いダンスを見て、それから自分もできるようになりたいとコツコツ練習してきた。それをパッと見ただけで簡単にやれる人がいたら、天才だよ」


「でも、テストには……」と優奈に反論すると、「日野にはもっと簡単なのをって言われたけど、本番ではこれをやりたいから、これに挑もうとする奴だけが欲しい。動画には詳しく解説入れる予定だし、何度も見て、何度も踊れば、月曜には少しは形になるはず。完璧にできるのは本番でいいんだから」と優奈は答えた。


「できない奴はいらない。やる気のない奴もいらない。運動会でこのダンスを派手に決めたい奴だけでいい」と優奈は最後、クラスの女子全員に向かって吠えた。


 こめかみに手を当ててそれを聞いていた日野さんが一歩前に出る。


「ダンスは笠井さんに一任するから好きにして」と困った顔で優奈に言うと、他の人たちには「このダンスが無理だと思ったら、そう言って。代わりのテストを受けてもらうから」と淡々と告げた。


「テストの内容は、現在の筋トレの各自の限界を見せてもらいます」と日野さんは平然と話すけど、それって死の宣告とどう違うの?




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。優奈と日野さんによってどんどんと流されていってるような気がして怖い。


笠井優奈・・・2年1組。制服のまま踊ったので、自分での評価はイマイチ。動画ではちゃんと着替えて踊ってみせた。


日野可恋・・・2年1組。メインメンバーで踊る気はなかったが、「日々木は見たいよなあ」「うん」と笠井さんに痛いところを突かれて参加することに。


日々木陽稲・・・2年1組。メインメンバーの横でニコニコ笑顔で花を添える特別枠に確定済み。


渡瀬ひかり・・・2年1組。夏休み中は優奈と一緒の機会が多かったのでダンスの手ほどきも受けた。


松田美咲・・・2年1組。本人はメインメンバーを目指している。ただ、誰にでも苦手なものはあるから……。


田辺綾乃・・・2年1組。優奈からは特別枠の一員として扱われているが、可恋からは筋トレの成果の確認を求められている。

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