第115話 令和元年8月29日(木)「顔合わせ」笠井優奈
校庭と運動場を繋ぐ渡り廊下。
そこに2年の女子が集まっている。
十人ちょっとの集団で、通行の邪魔になっているが、今日は久しぶりに日差しが強くて暑さを避けるためにこの日陰を独占している状態だ。
運動会の創作ダンスを担当するメンバーの集まりだけど、顔合わせ的な非公式のものなのでこんな場所でとなった。
各クラスから女子の実行委員と創作ダンス担当者数名が来ている。
創作ダンスはうちの中学の運動会の華なので、2年や3年の女子は二学期に入るとすぐに動き始める感じだ。
この学校の運動会では学年ごとに創作ダンスを行うが、一学年は150人ほどもいて、ダンスに不慣れな男子や下手な女子も混ざるため、全体でのダンスは数が多いだけでたいしたことはない。
しかし、クラスごとに演技する時間が途中にあって、そこが見せ場になっている。
全体パートは体育の授業中に練習し、レベルの低い子が基準になる。
内容も指導する体育教師任せだ。
一方、クラス別のパートは女子の中心メンバーが目の色を変えて準備するので、クラス対抗戦の様相を見せる。
1年の時の創作ダンスは物足りないものだった。
アタシのいた5組がいちばん評判は良かったが、それでも2年や3年のと比べるとかなり見劣りした。
去年の運動会で見た上級生の創作ダンスの中にはスゲーと驚いたものもあった。
今年はアタシたちがそれをする番だ。
「今日来れるのはこんなところかな。始めましょうか」
2組の阪本が場を仕切って言った。
「なんで、阪本が仕切ってんの?」とアタシがちょっかいを出す。
「仕切りたかったら、アンタが仕切ってもいいのよ」と阪本は鼻で笑う。
こいつは陸上部で、2年のリーダー格だ。
陸上部は運動部系の部活の中ではもっとも結果を残している。
そのせいか、人数だけ多いソフトテニス部を見下すことが多く、アタシとは敵同士だ。
「どうせ順番を決めるだけでしょ。さっさと始めなさいよ。暑いんだから」
アタシがそう言うと、阪本はアタシをひと睨みしてから、話し始めた。
「先に連絡事項ね。久保先生は全体パートの希望を聞くって言ってるけど、あんまり期待しないこと。クラスのパートは時間厳守で、これだけは絶対に守るように。どうせ他のクラスの偵察をするだろうし、かぶったとかがあれば実行委員で話し合いね。あとは……あー、クラスのパートが決まったらちゃんと久保先生にチェックしてもらうこと。忘れると、ネチネチうるさいわよ」
阪本は自分の所属する部の顧問に対してかなりキツいことを言う。
まあ久保は堅物として有名で、慕う生徒はほとんどいない。
男子担当の体育教師が融通の利く人なので、余計女子から嫌われている。
「それじゃあ、順番を決めましょう。あみだでいいよね。自己紹介したら、線を一本足していって」
クラスのパートは早い方が目立つ。
それに、他のクラスのダンスをしゃがんで見ている時間もあるので、順番が遅いと集中力を切らせる生徒が出て来ることもある。
派手に踊るのはクラスの中心メンバーだけだが、一応脇役にも少しは役目を与えなければいけない。
そこでポカが出て足を引っ張られるのだけはゴメンだ。
うちのクラスは運動部所属こそ少ないが、顔も運動能力も期待できる女子が多い。
というか、ぶっちぎりだろ。
日々木と綾乃は運動神経に難があるが、美咲、アタシ、ひかり、日野と動けて、顔のランクの高いメンツが揃ってる。
あー、美咲は音感がアレでダンスに少し問題あるけど……。
美咲を日々木たちのグループに入れて、麓や安藤をメインに加えてバリバリに激しいダンスをするのもありかなあと考えていると、あみだの準備ができて自己紹介が始まった。
「1組実行委員の須賀彩花です。よろしくお願いします」
1組からと言われて、彩花が真っ先に挨拶した。
丁寧にお辞儀して、あみだを選びに行く。
他の実行委員は運動部所属ばかりなので、少し頼りない感じのする彩花に嫌な仕事が押しつけられないかと心配する。
「1組、笠井優奈」とアタシは名前だけ言って、あみだのところに線を引きに行く。
あみだを管理する阪本に「それだけ?」と嫌な顔をされるが、いまいるメンバーの大半が顔見知りなので自己紹介なんて今更だ。
ひかりも「1組、渡瀬ひかり!」とアタシの真似をして名前だけを名乗り、阪本は顔をしかめた。
「2年実行委員阪本です。久保先生は陸上部の顧問なので、必要があればあたしから連絡することもできます」
「フルネームで挨拶しろよ!」とアタシはチャチャを入れる。
彼女は
またアタシを睨みつけるので、「ほら、
「優奈……」と彩花がアタシの袖をつかんだ。
彩花に免じて、これ以上からかう気はないと肩をすくめてみせる。
少しピリピリした空気の中、次々と自己紹介されていき、あみだの線も増えていった。
あみだが完成し、あとから文句が出ないようにと先にあみだの到達場所を確認する。
これを作った阪本は既に結果を知ってるはずだが、ポーカーフェイスを保っている。
最後に別のクラスの実行委員が隠していた紙を剥がして結果が知らされる。
1番を引き当てたのは4組だった。
アタシたちの1組は2番で、なかなか良い順番だ。
ちなみに最後の5番になったのは阪本の2組で、アタシがドヤ顔をしてみせたら、また睨んできた。
これで解散だ。
アタシは彩花の手を引いて、宇野を呼び止めた。
彼女は4組の実行委員だ。
「宇野、ちょっといい?」
「えーっと、誰だっけ?」
「自己紹介したでしょ。1組の笠井よ。こっちは実行委員の須賀彩花」と彩花を紹介する。
「それで、何の用だ?」
「宇野って日々木の友だちだよね? 彩花も日々木の友だちだから仲良くしてくれないかな」とアタシは宇野に頼む。
彼女は陸上部のエースで、県大会などでも結果を残している。
少年ぽい見かけとともに、2年の女子の中では知名度が高く、人気もある。
「いいぞ。彩花ちゃんか。お前は?」と宇野が聞いたので「優奈よ」と答えると、「優奈ちゃん。覚えたぞ」と天真爛漫な笑顔を見せた。
1年の時は5組の松田・笠井・渡瀬と4組の日々木・山田・宇野は割と有名な組み合わせだった。
5組はすぐにひかりが孤立したし、4組もそれほど3人一緒という感じでもなかったみたいだけど。
「彩花は実行委員みたいな仕事が初めてだから、助けてもらえると嬉しい」と頼み込むと、彩花も「よろしくお願いします、宇野さん」と頭を下げた。
「都古でいいぞ。彩花ちゃん、優奈ちゃん」
日々木とは違った感じで懐にぐいぐい入ってくるタイプだなと感じる。
天然なところはひかりに似ているが、芯はしっかりしているように見える。
アタシは「分かった。よろしく、都古」と笑顔を見せる。
彩花も「よろしくね、都古ちゃん」と緊張の解けた良い笑顔になった。
「そっちはいいのか?」と都古がアタシの後ろを指差した。
振り返るとアタシの背後にひかりが立っていた。
「こいつは渡瀬ひかり。そんなに絡むことはないはずだから、適当で」といい加減な答え方をすると、彩花に怒られた。
彩花が実行委員会でひとりぼっちにならなきゃいいんだから、そんなに目くじら立てなくても……と思うが、ここは素直に謝っておく。
「ごめん、ごめん。ひかりのことは忘れていいから」
「そうじゃないでしょ!」
††††† 登場人物紹介 †††††
笠井優奈・・・2年1組。友だち思いだが、それ以外には口が悪い。創作ダンスにはかなり思い入れがある。ソフトテニス部所属。
須賀彩花・・・2年1組。運動会の実行委員。最近は優奈も一目置くようになったが、鈍いところがあるので口を挟んでいいものか迷っている。
渡瀬ひかり・・・2年1組。1年の時は泊里とふたり孤立していたが、運動会の創作ダンスや文化祭のクラスの合唱では活躍した。
阪本千愛・・・2年2組。陸上部に限らず人望は厚い。笠井は天敵のような存在。
宇野都古・・・2年4組。小柄だが天性のスプリンター。1年の時は日々木陽稲、山田小鳩とともに可愛いと騒がれたが本人はまったく気にしていなかった。
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