第109話 令和元年8月23日(金)「勉強会」須賀彩花

 今日は雨。

 暑さも控えめでいよいよ夏の終わりを実感する。


 明後日の日曜日に全県模試があり、その翌日から二学期が始まる。


「あー、なんで夏休み終わっちゃうのよ」とずっとぶつくさ呟いているのは優奈だ。


 その気持ちはよく分かるが、こればかりはしょうがない。

 今日は朝から美咲の家に集まって、勉強会を開いている。

 5人が揃うのも久しぶりだ。

 美咲、綾乃、わたしの三人は夏休みの宿題が終わり、模試への準備。

 優奈はもう少し残っていて、ひかりは……いまは必死にわたしたちの宿題を写しているところだ。


 夏休みの中頃にひかりがまったく宿題に手をつけていないことが発覚した。

 日野さんとも相談し、サボってばかりいたら文化祭での合唱への参加を禁止することにした。

 それ以降は、少しは宿題をやるようになったけど、とても夏休み中に終わりそうにない。

 周りはみんな諦め顔で、写すだけで済む分は頑張って写すようにと言った。


「もっと早くサポートしてあげるべきでした」と美咲は肩を落とす。


「無理、無理。ひかりだもん。勉強嫌いだし、やる気ないし」と優奈は匙を投げている様子だ。


 それを見て、「優奈は助けてあげないの?」とわたしは尋ねた。

 優奈は友だち思いだし、行動力がある。


「勉強はねー。アタシが助けて欲しいくらいだし」と優奈は苦笑した。


 そして、「こういうのは日野に任せればよかったのよ」と他人を当てにする。


「日野さんはやる気があれば手を貸すけど、やる気がない人はどうしようもないって言ってました」と美咲はまだ落ち込んだ口振りで話す。


「美咲はあちこち旅行したりして忙しかったし、ひかりも合唱の練習で忙しかったし、こればっかりは仕方ないよ」とわたしは美咲を励ますように言った。


「過去のことを悔やむより、これからできることを考えた方が良い」と綾乃もフォローする。


 美咲は顔を上げて「そうね」と頷き、「今日と明日、できるだけのことをやりましょう」と声を掛けた。




 宿題追い込み中の優奈とひかりを除く3人は模試対策の勉強をする予定だったが、その前に美咲から「お願いがあるの」と頼み事をされた。

 一昨日の夜に日野さんから連絡があり、保護者向けの文化祭のパンフレットを作るように頼まれたそうだ。

 それをわたしと綾乃に手伝って欲しいと美咲が言った。


「パンフレット?」とわたしが首を傾げると、「うちのクラスは文化祭でファッションショーをするでしょ。女子は舞台に立ちスポットライトを浴びるけど、男子は裏方じゃない。そこで、彼らの夏休み中の活動や今後の予定、当日の仕事の内容なんかを小冊子にして親に知らせたいそうよ」と美咲が詳しく説明してくれた。


 なるほどとわたしは納得した。

 夏休み中に行われた会議でも男子がかなり頑張って活動しているという報告があった。

 どうしても裏方なので本番では観客からは見えないけど、彼らの努力をちゃんと形にして残すというのは良いことだと思う。

 会議の時に熱心な人とそうでない人との温度差の話が出たが、これも日野さんなりの解決策のひとつなのかもしれない。


「もちろん、手伝うよ!」とわたしはやる気を出す。


 決して勉強するのが嫌だからではない。

 これはクラスの行事の手伝いだし、美咲を助けるためだから。

 綾乃もわたしに続いてうんうんと頷いた。


「ありがとう。日野さんの指示で男子の活動は写真で残すようにしてあったの。だから、画像はかなりあるみたいね」


「わたしたちだけで作るの?」と確認を取ると、「わたしたちはその写真を選んだり、文章を書いたりするのが役目ね。デザインや印刷は高木さんがやってくれるんですって」と美咲が答えた。


 美咲はスマホの扱いが得意じゃないので、綾乃に手伝ってもらって日野さん経由で送られてきた男子の活動記録を見る。

 予想以上の量の写真があり、男子の楽しそうな姿や頑張っている様子が伝わって来る。

 わたしたちはその写真を選別し、使えそうなものをピックアップしていく。

 結構な作業量だ。


「思ったより大変だわ。ふたりに手伝ってもらって本当に助かるわ」と美咲に言ってもらい、「大変だけど楽しいから気にしないで」とわたしは答えた。


 なんとか写真の確認が済むと、今度は文章を書く作業に移る。

 書く内容を決め、美咲が文章にする。

 それをわたしと綾乃でチェックする。

 だいたいの体裁が整ったところで、休憩中の優奈とひかりに見てもらう。


「ふーん、いいんじゃない」と優奈は乗り気という感じではなかったが、ピックアップしておいた画像のどれを使うかについては興味を示した。


 真剣な顔で「これだとこの子が見切れてる」とか「誰が撮ったのよ、センスないわね」とか一枚一枚にケチをつけている。

 最後に「これとこれは合格。あとはこの辺かな」と優奈は何枚かを挙げた。

 さすが優奈という仕事ぶりで、満場一致で彼女が選んだ画像を使うことに決定した。


 一方、ひかりは写真には関心を示していたが、文章はチラッと見て終わりだった。

 それを見たわたしは、最初の案よりも写真を増やした方がいいんじゃないかと提案しておく。

 明日高木さんが美咲の家まで来てくれるので、その時に最終確認をすることになった。


 パンフレット作りが一段落して、「それにしても、なんで急にこんなのを作ることになったんだろう」とわたしは何気なく口にした。


 美咲は「日野さんは何も言ってませんでしたね」と答え、優奈は「男子から何か言われたんじゃね?」と言い、綾乃は「会議の時の温度差対策じゃないかしら」とわたしがさっき思ったことを述べた。

 日野さんのことだからきっと深謀遠慮があるのだろうと思いつつ、わたしは別のことに気が付いた。


「あっ! わたし、まだ親にファッションショーをするって言ってないや」


 なんとなく言いそびれていた。

 ファッションショーという企画もそうだが、そこでモデルをやると言うのが気恥ずかしかったせいだ。

 文化祭のための筋トレはずっとやっているが、親はたぶんダイエットか何かだと思っているだろう。

 文化祭はまだまだ先だからと思っていたが、このパンフレットを渡せば知られてしまう。


「わたしは言いましたよ」と美咲が言う。


 彼女は真面目だし、親とも仲が良いので当然だろう。


「私はこれから……」と綾乃。


 無口な彼女らしい。

 ただ、彼女の家には行ったことがないので、どんな風に家族とのやり取りをしているのかは想像がつかない。


「彩花は言ってないんだ。うちは言ったよ。もの凄く食い付かれて困った」と優奈が笑う。


 優奈の家は友だちみたいな親子関係だと聞いているので、らしい感じがする。


「ファッションショー?」


 ひかりのその発言にはさすがに全員がツッコミを入れた。

 いくら有志で参加する合唱がひかりにとってメインだといっても、クラスの出し物を忘れてもらっては困る。


 うちは大丈夫だと思うけど、反対する親もいるのかなと少し不安に感じた。

 わたしはパンフレットの文案をもう一度確認して、これを読んだ親に安心してもらえるかどうか考えてみた。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。「筋トレを続けて、自信がつきました!」って宣伝するように日野さんに言われている。


松田美咲・・・2年1組。軽井沢では有意義な時間を過ごしました。来年は友だちと行きたいと思っていますが、受験があるので難しいでしょうか……。


笠井優奈・・・2年1組。ソフトテニス部の活動と合唱の練習、それに彼氏とのデートで夏休みは大忙しだった。それでも5人揃ってほとんど遊びに行けなかったことを残念に思っている。夏休み延長して!


田辺綾乃・・・2年1組。この夏休みはほぼ毎日彩花の家に押しかけ、充実した日々を過ごした。


渡瀬ひかり・・・2年1組。地元の合唱団には上手い人も多く刺激を受けた。歌だけ歌って暮らしたい。


日野可恋・・・2年1組。今日は一日のんびりする予定だったが、アンケートの件で小鳩さんがやって来た。ひぃなと小鳩さんで癒し効果2倍と喜んでいる。


高木すみれ・・・2年1組。先日のデッサンでの暴走(暴走したのは主に陽稲)の責任を取る形でパンフレット制作を厳命された。

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