第106話 令和元年8月20日(火)「モデル」日々木陽稲
「また、ヌードになる?」
わたしの言葉に即座に反応したのが可恋だった。
「必要ないから」
わたしは「高木さんに聞いたんだよ」と不満を漏らすが、「文化祭で展示するのに服着てないでどうするのよ」と可恋は真面目に突っ込む。
高木さんは「あはは、そうですよね」と可恋に同意するが、少し残念そうに見えた。
でも、可恋に逆らう気はさらさらなさそうだ。
今日は可恋の家に集まって、広いリビングで高木さんが描く絵のモデルを務める。
高木さんは美術部員として文化祭で絵を出展する。
また、うちのクラスのファッションショーのポスターも制作してもらう。
その両方でわたしと可恋がモデルをすることになった。
夏休み前半は高木さんがコミケなどの準備があって忙しく、その後はわたしや可恋が地元を離れていた。
文化祭までまだ時間はあるものの、夏休み中にある程度進めておきたいと今日は一日協力することになった。
以前、高木さんの願いでヌードモデルを引き受けた。
わたしは女の子同士だから気にならないけど、可恋は抵抗があるようだ。
先に高木さんが展示する絵のデッサンから始める。
彼女の希望は少女っぽい白のワンピース姿だ。
ポスターの方はわたしの意見も採り入れてくれることになっているので、家から大量に衣装を運んできた。
もちろん、運ぶのは可恋や純ちゃんに協力してもらった。
可恋の分はレンタルや伝手を頼って集めたが全然足りなくて不満が残る。
可恋は自分の服は同じようなものしか着ないから……。
「いつの間に用意したの、こんなに」とそれでも可恋は呆れていた。
「可恋がもっといろんな服を持っていれば苦労しないんだよ」と抗議しておく。
今日の日のためにどれだけコツコツ集めてきたことか。
計画を立て、苦労して集めたけど、まだ集め足りない。
わたしと可恋がそんなやり取りをしている間に、高木さんがわたしのワンピースを選んでくれた。
事前に白のワンピースとリクエストされていたので何着か持って来ていた。
妖精っぽいものと言われていたが、描き手に最終確認してもらわないと分からない。
「これにします」とかなりシンプルなワンピースを高木さんは選択した。
それを手渡され、わたしがその場で着替えようとすると、可恋に「こっちで着替えて」とついたての後ろに行くように指示された。
「何度も着替えるんだから、面倒じゃない」と言うと「ここは私の家なので私のルールに従ってもらう」と可恋はキッパリと命令する。
「気にしすぎだよー」と不平を零しながら、わたしは言われた通りについたての後ろで着替えて来た。
「うわあ、可愛いです。本当に妖精みたいです!」と高木さんは興奮気味に褒めてくれる。
一方の可恋は、わたしをじっと見ているだけだ。
わたしがスカートの裾を広げて「どう?」と聞いたら、「私じゃ釣り合いが取れなくない?」と眉間に皺を寄せた。
わたしは口を尖らせて、「ここは褒めてくれないと」と言うと、「どんな素敵な衣装もひぃなの前では霞んでしまうから」と可恋はさらっと気障な言葉を吐く。
いつものことだが、可恋にこんな風に言われると照れてしまう。
それを隠すために「可恋の服を用意するね!」と大声で言うが、ふたりにはバレバレだっただろう。
可恋用の白のワンピもいくつかは用意したが、わたしが着ているものとバランスが取れそうなのはこれくらいかと鞄から取り出す。
可恋はそれを見て、「小さすぎない?」と言うが、可恋のサイズの白のワンピはそんなに揃えられなかったのだから仕方がない。
「わたしのと合いそうなものは他になかったの」と説明するが、可恋は納得せずに「他のも見せて」と言った。
面倒だけど、言われた通りにする。
可恋はわたしが取り出したすべてのワンピースを見て、ため息をついた。
他のもサイズはギリギリだし、派手な飾りなどが付いてゴテゴテした感じになっている。
「言ったでしょ。とりあえず着てみて」とわたしが言うと、可恋はそのワンピを持ってついたての陰に消えた。
出て来た可恋の姿に今度はわたしがため息をつく。
「全然ダメだね」とわたしがダメ出しをすると、高木さんも困った顔で頷いた。
ついたての奥には全身を映す鏡も置いてあったので、可恋も自分が似合っていないことを理解していて、わたしの言葉に肩をすくめた。
「どうしましょうか?」と高木さんに問われ、わたしは鞄の奥から布を取り出した。
白色のサテンとレースの2種類の布を並べ、可恋のサイズに合わせてまずはサテンの方を裁断する。
脱がした可恋に巻き付けて形を整え、確認したら持って来た小型ミシンで胸元と裾に飾り用のレースを縫い付けて仕上げる。
「ストラップレスになっちゃうけど仕方ないよね」とわたしが言うと、「ブラは?」と可恋に聞かれた。
わたしが黙ってニップレスを渡すと、可恋は顔をしかめたが黙って受け取った。
可恋は胸が大きいのでずり落ちることはないと思う。
ただそこが目立つのでレースでどれだけ誤魔化せるかだ。
まあその辺は写真じゃないので高木さんがうまく描くだろう。
安っぽさは否めないけど、それでもさっきよりはマシかと思っていると、「これなら描けます」と高木さんが嬉しそうに言った。
可恋はまだ不満そうな表情だが、「そんなに嫌なら買ってくれば? 絶対今日描かなきゃいけないわけでもないんだし」と言うと、「これでいい」と諦めたようだ。
高木さんに指示されたポーズでわたしは可恋と向き合う。
お互い、じっと見つめ合うまま時間が過ぎていく。
ある程度のデッサンが済むと、高木さんが持って来たデジカメで撮影する。
「可恋の服は一度脱ぐと同じようには着れないからしっかり撮影してね」と伝えていると、「他人に見せたら殺すから」とわたしの横で物騒なことを言う人がいる。
可恋曰く、未完成の服はヌードと同じくらい恥ずかしいのだそうだ。
高木さんの描いたデッサンを見せてもらうと、「うおー」って叫びたくなるくらい見事だった。
前のモデルの時もとても上手いと思ったが、更に腕を上げたんじゃないか。
写真とは異なる存在感がある。
特に、可恋が。
これは拡大コピーしてわたしの部屋の天井に貼り付けておきたい。
そう思わせるほどの絵だった。
「可恋は疲れていないの?」とメインイベントの前にわたしは気遣う。
「ひぃなより先に疲れたりはしないよ」と可恋は一笑に付す。
昨日は帰宅が深夜近くで、睡眠不足だと今日迎えに来た時に可恋は話していた。
朝の稽古を休んだと聞いて心配したが、可恋は「札幌の道場でオーバーワークになったから、いい休養になったよ」と笑っていた。
「安心したわ。これからがショーの始まりよ」
わたしの言葉に訝しがる可恋だが、わたしが鞄から大量の衣装を出すと、表情が変わった。
白のワンピースはあまり用意できなかったが、可恋に着せたい服はこれでもかというくらい持って来た。
「これはクラスのためだもの。ポスターの制作を高木さんに依頼したのも可恋だしね」と大義名分を振りかざす。
「高木さんは……」と可恋は彼女の方を見るが、わたしが間に入って遮る。
「ちゃんと打ち合わせしているのよ。プレッシャーかけるの禁止」とわたしは仁王立ちで可恋に言った。
「初デートがテーマなんだから、思いっ切りオシャレに可愛くしないとね」とニヤニヤして言うと、「私は男役で」と可恋は尻込みする。
「ダメよ。女の子同士のラブラブデートなの。男役はなしだし、可恋が中学生らしくって何度も言うから、大人っぽいのもなしね」とわたしは微笑みで威圧する。
さすがに観念した可恋に「どんどん着てみて」と急かす。
可恋はそれでも「こんなに着る必要があるの」と渋るが、「さっきのようにサイズの問題もあるし、コーデの参考にもするから。借り物なんだから着て確認しておかないと」とわたしは理由を並べ、「そもそも制服以外にスカートひとつ持ってない可恋が悪いのよ」と追い討ちをかける。
着替えたら、確認用と称してわたしはスマホで、高木さんはデジカメでパシャパシャと撮影する。
可恋は不機嫌そうな表情だが、「ほら、笑って」と笑顔を作らせる。
高木さんは「無茶苦茶怒ってませんか?」とビビっているが、「何をいまさら」とわたしは微笑んだ。
「毒を食らわば皿までよ」
わたしはその精神で突き進む。
これはないわーというものも含めて、スタミナ豊富な可恋がぐったりするくらいの着替えをしてもらい、わたしが満足したところで本命を着てもらう。
可恋の脚は長いが、女の子らしい細く可愛い感じではないので、黒のオーバーニーで細くキュートに見せる。
絶対領域を作るためにスカート丈はミニ。
黒地に白の繊細な刺繍入りのティアードのジャンパースカートだ。
格段の裾の部分が刺繍なので、かなりゴージャスな雰囲気になっている。
上はふんわりとしたシフォンブラウスで、襟元に大きなフリルで女の子らしさを強くアピールした。
肩から腕のラインも、上に赤いボレロカーディガンを羽織ることで曲線的に見せる。
サイズがばっちりあった衣装を着て出て来ると、可恋は今日の中でいちばん輝いているように見えた。
「どうしたの、これ」と可恋が尋ねたので、「これはお礼ね。”じいじ”の家に来てくれたから」と答えた。
可恋は何か言おうとしたけど、それより先に「ファッションショーでも着てもらうからね」と言って、反論を封じる。
可恋は一度肩をすくめてから、「分かったよ。ありがとう。大事にするね」と言ってくれた。
「いまはまだ暑いけど、涼しくなったらこれを着てデートの予行演習もしようね」
「仰せのままに」と可恋は子どもの我が儘を聞くような表情で、わたしの言葉を受け入れてくれる。
「あとはお化粧して、リボンもつけないと!」とわたしがポンと手を叩くと、可恋はよろめいた。
勝ったなと意気軒昂で可恋をおめかしする。
それが終わると、わたしも急いで着替える。
白と黒のチェック柄のタイツにデニムのミニスカート。
黒地に白の刺繍入りキャミソールの上からブラウンのレザージャケット。
その姿でふたりの前に立つと、可恋が目を細めた。
「攻めすぎじゃない?」
「そんなことないよ。格好いいでしょ?」と可恋の言葉に反論する。
「下は普通にジーンズでいいんじゃない?」とわたしの言葉を無視して可恋が言った。
「普通なんて言葉はファッションの敵よ!」
「高木さんはどう思う?」とわたしの言葉を無視して可恋は高木さんに尋ねた。
「た・か・ぎ・さ・ん」とわたしが睨むように高木さんを見ると、可恋が遮るようにわたしの前に立つ。
可恋を躱そうとするが、上から襟首をつかまれ、身動きが取れない。
「どちらの肩を持つとかじゃなくて、素直な意見を言ってくれればいいから」と可恋は冷静に尋ねる。
「……えー、……そのタイツは……」と高木さんは歯切れの悪い感じで答えた。
「可愛いじゃない!」とわたしが言っても、「単体では可愛いと思いますが、全体で見ると……」と不評だ。
わたしはなおも反論しようとするが、襟首をつかんだままの可恋がわたしを鞄のところに引っ張って行き、「どうせ持って来てるんでしょ。ほら、着替えて」と言ってようやく襟首を離す。
「凡庸は芸術にとって死のようなものよ!」と叫びながらジーンズに着替えて来る。
ふたりは着替えたわたしを可愛いと絶賛するが、可愛いのは分かり切ったことだ。
「インパクトが大事なのに……」と不満たらたらなわたしを無視して、「ポスターはこれで決まりね」と可恋が決めてしまう。
「髪型を爆発させるとか」と提案して、あがこうとするが、可恋は取り合わない。
高木さんの指示で可恋と腕を組む。
それでもまだムスッとした顔のわたしに「ほら、笑って」と可恋は仕返しする。
「ショーの本番では絶対にあっと言わせる衣装にするんだからね!」とわたしは宣言する。
そのための計画をしっかり立てないとと心の中で考えながら、「もっとラブラブな感じにして」と可恋にダメ出しをして溜飲を下げた。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・2年1組。当然高木さんの絵のコピーはもらった。
日野可恋・・・2年1組。クローゼットの中がひぃなの選んだ服に侵食されるんじゃないかという危機感を持ち始めた。
高木すみれ・・・2年1組。ふたりのイチャイチャぶりに当てられ、ぐったり。
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