第105.5話 令和元年8月19日(月)「陽稲お姉ちゃん」里中香波(おまけ)

 今日から二学期が始まった。

 夏の暑さはどこかに行って、すぐに秋が来ると天気予報で言っている。

 でも、北海道の夏休みの短さは損をしているような気がしてしまう。

 その分、冬休みは長いけど、寒くて思い切り遊べないじゃない。


 今年の夏休みは家族でキャンプに行ったり、友だちと遊んだりした。

 それ以上に印象に残っているのは、華菜お姉ちゃんと陽稲お姉ちゃんが来てくれたことだ。

 夏休みが始まったばかりの時期に、遊びに来てくれた。

 そこでわたしは泣いてしまった。


「お姉ちゃんだからって言われて辛く感じることもあるよね。でも、お姉ちゃんだからって言われてとても誇らしく思うこともあるよね」


 そんな風に華菜お姉ちゃんが言ってくれた。

 わたしは頷いた。

 お姉ちゃんだからって言われることが嫌なんじゃない。

 でも、時々嫌になることもある。

 それをうまく言葉にできなかった。


「香波ちゃんは桂夏ちゃんの前ではお姉ちゃんだけど、お父さんやお母さんの前だと娘だし、お祖父ちゃんの前だと孫だよね。わたしやヒナの前だと従姉妹……というより妹みたいな感じだね。桂夏ちゃんのいない時はお姉ちゃんじゃなくてもいいんだよ」


 華菜お姉ちゃんにそう言われた後、お父さんは「ごめんね、気付いてあげられなくて。香波はお姉ちゃんとして本当によくやってくれているよ。でも、わたしたちの前ではもっと甘えていいんだよ」と、お母さんはわたしをギュッと抱き締めて、「あなたも桂夏もわたしたちの大事な娘よ」と言ってくれた。




 陽稲お姉ちゃんはわたしだけでなく、小3としては背の高い桂夏よりも背が低く、そのことを気にしている。

 見た目だけだと妹のように見えるのに、周りのことに良く気が付くし、大人の人とのやり取りもすごくしっかりしている。

 何より、何も言わなくてもわたしの気持ちを分かってくれると感じる。


 そのことを質問すると、「みんな言葉には出さないけど、自分の気持ちを知って欲しい、分かって欲しいと思っているの。それが少しずつ表情や態度、言葉遣いなどににじみ出てくるから、なんとなく分かるのよ」と陽稲お姉ちゃんは答えてくれた。


「香波ちゃんだって、桂夏ちゃんのことなら分かるんじゃない?」と言われて、確かに桂夏に対してなら言葉に出さない気持ちをある程度は感じることができると思った。


「大切なのは、その人に興味を持つことかな」と陽稲お姉ちゃんは笑って言った。


 陽稲お姉ちゃんたちが帰る時は空港まで見送りに行った。

 別れることが寂しくて桂夏が泣き出し、わたしまでつられて泣いてしまった。

 次の冬休みか春休みにまた会えると約束してもらって泣き止んだけど、それだって随分先の話だ。

 それでもお姉ちゃんだからわたしは桂夏を慰め、頑張って笑顔で見送った。


 帰りの車の中で、お母さんが陽稲お姉ちゃんのことをいろいろと話してくれた。

 桂夏は泣き疲れて眠っていた。

 陽稲お姉ちゃんは特別だ。

 妖精みたいな外見で、本当にわたしと同じ人間かと思ってしまうことがある。

 無表情でじっとしていたら、実は人形で、生きていないんじゃないかと感じたこともある。

 その外見のせいで、陽稲お姉ちゃんもその家族も苦労しているらしい。


「特別だったことで良かったこともたくさんあったでしょう。でも、わたしとしては普通がいちばんって思っちゃうわね」


 お母さんはそう言って話を終えた。




 夏休みが終わる直前にサプライズがあった。

 華菜お姉ちゃんと陽稲お姉ちゃんがうちに来たのだ。

 次に会えるのは半年先だと思っていただけに本当に驚いたし、嬉しかった。

 お友だちに会うためだそうで、二日目はずっと出掛けていていなかったけど、夜にはお友だちをふたり連れて帰って来た。


 キャシーさんは黒人の女の人で、ものすごく背が高く、とても格好良かった。

 日本語は喋れないと言われ、ちょっと怖い感じがしていた。

 でも、笑顔が子どもっぽくて親しみが湧いた。

 わたしや桂夏を抱き抱えて、振り回したり、肩車したりしてくれた。

 そのうちに一緒にドタンバタンと大騒ぎして遊び、お母さんに叱られてしまった。

 泊まる部屋がなかったので、キャシーさんは陽稲お姉ちゃんたちとお祖父ちゃんの家に行ってしまったけど、動き疲れてわたしも妹もすぐに眠ってしまった。


 そして、昨日。

 陽稲お姉ちゃんは最初キャシーさんたちと空手大会に見学に行くと言っていた。

 華菜お姉ちゃんが、わたしたちと次に会えるのは早くても半年後だから今日は一緒に遊ぼうと言ってくれた。

 陽稲お姉ちゃんも分かったと言って、空港に行くまでずっと一緒だった。


「ごめんね、友だちと一緒に行きたかったんでしょ?」とわたしが言うと、「大丈夫よ。あれは駆け引きなの。ちゃんと見返りをゲットしたから」と陽稲お姉ちゃんは嬉しそうに言った。


 ゴールデンウィーク前や夏休みの始めに来た時より、なんだか陽稲お姉ちゃんが伸び伸びしているように感じた。

 陽稲お姉ちゃんが楽しそうだと周りにもそれが伝わって来て、わたしも楽しくなる。

 陽稲お姉ちゃんはそんな特別な力を持っているんだろうな。

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