第94話 令和元年8月8日(木)「キャシーとの一日」日々木陽稲

『キャシーはどんな服がいいの?』


『クレイジーなやつ!』


 わたしの問い掛けにキャシーが満面の笑みで答える。

 今日は可恋とキャシーと三人で横浜に来ている。

 キャシーは見た目は大人なのに中身は小学生並なので、はしゃぎ回るのを止めるのが大変だ。

 可恋がいくら言っても目新しいものを見つけると注意されたことを忘れて騒ぎ出す。

 キャシーが楽しそうだからいいかとわたしは思うけど、振り回される可恋の苦労は絶えない。


 明後日の土曜日からわたしは北関東の”じいじ”の家に行く。

 可恋も月曜まで一緒に来てくれることになった。

 キャシーは来週中には家族と東京に引っ越す予定で、こうして三人一緒に遊べるのも明日までだ。

 キャシーのことだからフラッと遊びに来ることもあるだろう。

 でも、この騒がしい夏休みに一区切りがつくような感じがする。

 今日はキャシーの望む横浜での買い物、うちでのパーティ、可恋の家でのお泊まりと予定目白押しとなっている。


『これなんかどう?』とキャシーに似合いそうなシャープなシャツを見せる。


『もっとエキサイティングなのがいいよ』とキャシーが手に取ったのは漢字が大きく描かれた安っぽいアロハシャツだった。


 よりにもよって、それか。

 ド派手な色合いで、描かれた漢字のチェイスも意味不明、本当に外国人観光客に売りつけるためだけに作られたような服だ。

 どう考えても似合わない。

 キャシーを思いとどまらせようと頑張ったが、わたしが言えば言うほどこれを買うの一点張りだ。

 わたしは助けを求めて静観している可恋を見た。


『キャシー、それを着るのはいいけど、それを着てる間は他人の振りをするって、ひぃなが言ってるよ。私にはそんな服を着るような知り合いはいないから別にいいけど』


『素晴らしいじゃないか。どうして分かってくれないんだ!』


 お互いの主張は平行線で、結局わたしたちの前では着ないという約束でキャシーはそれを購入した。


 その後はわたしの選んだ服を試着してもらう。

 キャシーも可恋も少し複雑な表情をしていたけど、わたしは満足だ。

 この中から一着プレゼントしたいなあと思っていたのに、キャシーはたまたま見つけたベルトを気に入ってしまった。

 ゴテゴテした意匠が付いていて男の子が好きそうなベルトだ。

 こういうのを厨二病ぽいって言うのかな。

 魔王とかそんなイメージ。

 仕方なく、そのベルトをわたしと可恋からのプレゼントとすることにした。


『キャシーはもっと格好いい服が似合うのに』


『最高に格好いいじゃないか、このベルト!』


 格好良さの基準が最後まで一致しないまま横浜での買い物は終わった。




 パーティはうちで行う。

 可恋の家ほど広くはないが、お姉ちゃんが料理を頑張ってくれるというし、両親にもちゃんと紹介していなかったのでこの機会にと思った。


 家に入る前に、すぐ近くの純ちゃんの家に寄る。

 スイミングスクールから帰っていた純ちゃんを誘い、その妹にも声を掛ける。

 うちもパッと見で姉妹と思われないことが多いけど、この姉妹も同様だ。

 長身で筋肉隆々の純ちゃんと違い、妹の翔ちゃんはごく普通の体格だ。

 小五の普通ということは、わたしとほぼ同じような背格好だったりする。

 わたしの知る翔ちゃんは無口なインドア派だ。


 わたしが手を引いて連れ出すと、外で待っていたキャシーが興味を示す。

 姉よりも更に大きなキャシーに迫られたら怖いだろうと、わたしは翔ちゃんをかばいつつ、『怖がらせないでよ』とキャシーに注意する。

 でも、キャシーはあまり人の言うことを聞かないので、可恋に間に入ってもらい家に連れて行った。


 4人を連れて家に帰ると、ゆえさんが迎えてくれた。

 お姉ちゃんのお友だちだ。

 笑顔がチャーミングで人懐っこい。


「パーティって聞いて押しかけて来ちゃった」とにっこり笑う。


 わたしは翔ちゃんをゆえさんに任せ、急いで着替えた。

 せっかくのパーティだから、それっぽい格好をしないと。

 わたしだけでも。


「かわいい!」とゆえさんが声を上げた。


 カジュアルなワンピースだけど、真紅で色鮮やかなものを選んだ。

 まとめていた髪も下ろして、紅をさし、上品なお嬢様イメージを醸し出す。

 かわいいより綺麗と言われたいところだが、こればかりはままならないものだ。


『いいね。とても印象的だよ』とキャシーは身振りも交えて言ってくれた。


 ワタシも買ったシャツに着替えていいかという言葉は無視して可恋の方を向く。

 可恋はニコリと微笑んで『美しいよ』「とてもひぃならしい」となぜか英語と日本語の両方で褒めてくれた。

 可恋のその作り笑いは本心を語っていない証なので、わたしは可恋にだけ分かるようにむくれてみせた。

 それに気付いた可恋は肩をすくめる。


 お母さんが仕事から帰ってきた。

 その直後に三谷先生が手土産を持って来てくださった。

 これで全員が揃ったのでパーティを始める。

 初対面の顔合わせが多いので、簡単な自己紹介をしてもらおうかと思ったのに、お腹を空かせたキャシーが待ち切れないと言い出して、なし崩し的に始まった形だ。


 パーティと言っても和気あいあいとお喋りしながら料理を食べるだけだ。

 人数が多いので、食卓とリビングに別れ、時折席替えをしながらお話をする。

 わたし、可恋、三谷先生が代わる代わるキャシーの通訳を務め、英語と日本語が飛び交うパーティになった。

 キャシーの話の大半は食べ物や空手のことで、そこに今日買ったシャツやベルトの自慢が混じる。


 わたしはゆえさんや三谷先生から写真を撮られまくった。


「可恋ちゃんもおめかしすればいいのに」とはふたりの弁だ。


 もちろんわたしも同意見である。

 今回は”じいじ”の家へ来てもらうお願いを聞いてもらった直後なので頼めなかったが、次の機会は必ずと心に誓った。

 終わり間際には可恋のお母さんの陽子先生もいらして、大いに盛り上がった。




 お父さんとお姉ちゃんがゆえさんを送って行き、わたしは可恋、キャシー、陽子先生と可恋のマンションに向かう。

 夜でも蒸し暑い。

 着替えたばかりのシャツはすぐに汗でにじんだ。


「可恋のお祖母ちゃんってどういう方なんですか?」


 わたしは横を歩く陽子先生に気になっていたことを聞いてみた。

 可恋が逃げ出したいと言うほど苦手ってなかなか想像ができない。


「そうね、一言で言ってしまえば大阪のおばちゃんかな。ズケズケ言うし、デリカシーの欠片もないし、大ざっぱでマイペース。私でも歯が立たない時があるもの」


 陽子先生は笑って教えてくれた。


 わたしがお風呂をもらっている間、可恋とキャシーはトレーニングをしていた。

 わたしが髪を乾かしている間に、ふたりが続けて入る。

 キャシーはシャワーだけだし、可恋も烏の行水ですぐに出て来る。


 前回はキャシーは客間で寝たが、今回は可恋の部屋で寝ることになった。

 とはいえ、大きく豪華な可恋のベッドもビッグサイズのキャシーが寝ると狭く感じてしまう。


『キャシーの下敷きになったひぃなが死にかねないので、わたしとひぃなは下で寝るから、落ちてこないように』


 可恋のあまりの言いように、わたしは呆然としたけど、キャシーは無邪気に喜んでいた。

 この豪華ベッドを独占できる喜びが勝っているようだ。

 可恋がマットを敷いてくれた。

 普通の布団サイズなので、可恋のベッドよりも当然小さい。

 いくらわたしが小柄でも、これだと可恋とかなり密着することになる。

 わたしは顔が赤くなっているのに、可恋は平気な顔だ。


「今日のドレスくらいに赤くなってるよ」と可恋が囁く。


 わたしだけがドキドキするなんて、なんだかズルいよ!




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・中学2年生。独学でファッションの勉強をしている。


日野可恋・・・中学2年生。普段の陽稲のファッションセンスは認めつつ、時々暴走するよねと感じている。


キャシー・フランクリン・・・14歳。アーミーファッションや髑髏マークって格好良くて最高だよね。


日々木華菜・・・高校1年生。以前はよく陽稲の選んだ服の着せ替えをさせられた。それがなくなり心底ホッとしている。


野上月・・・高校1年生。かなりぶっ飛んだパーティに参加できて喜んでいる。


安藤純・・・中学2年生。陽稲の幼なじみ。お腹いっぱい食べられたので幸せ。


安藤翔・・・小学5年生。純の妹。ふしぎの国に連れて来られた気分。気を使ってくれる人ばかりだったので(姉とキャシー除く)、楽しい一夜を過ごすことができた。


日々木実花子・・・陽稲と華菜の母。接客で英語を使う機会があるので少し対応ができる感じ。ちなみに陽稲の父は英語は本当にカタコトのみ。


三谷早紀子・・・可恋とキャシーの通う道場の師範代。キャシーの保護者として挨拶に伺った。


日野陽子・・・可恋の母。可恋が日々木家の帰省について行くことの挨拶も兼ねて伺った。

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