第93話 令和元年8月7日(水)「会議」千草春菜
猛暑が予想されていたので朝9時に教室に集合したが、それでももう気温は30度を越えていた。
文化祭の進捗状況を確認する会議は暑さの中で始まった。
各班のリーダーが進み具合を報告する。
そして、夏休み中の目標を発表し、あっさりと終わりそうだった。
今日は松田さんや日野さんが来ていない。
松田さんは家族で旅行中なので、代役に須賀さんと田辺さん。
女子は、日々木さんとその付き添いで安藤さん、私と高木さんの以上だ。
男子は舞台、照明、音楽の各担当者で計四人が参加している。
女子はウォーキングの練習を各自継続することが夏休みの目標となっている。
日々木さんが女子の家を回って持っている服をチェックしたいと言っていたが、文化祭は10月末なので夏服ではなく秋物から冬物をチェックした方がいいのではと文化祭前の時期に変更された。
私は衣装の管理が担当なので、忙しくなるのは運動会が終わってからになりそうだ。
女子で例外は高木さんで、ポスター制作を頼まれている。
構想はできているという話なので、あとは描くだけだと意気込んでいる。
男子はファッションショーの見学以降かなりモチベーションが上がったそうだ。
彼らにとってファッションショーはなんだかよく分からないものという感じだった。
それが、実物を見て具体的にイメージできるようになったと話している。
夏休み中も頻繁に学校に来て、いろいろ活動しているらしい。
日野さんからのチェックを受けているというから、特にこの会議を開く必要はなかったのではと思ってしまった。
「特に問題がないようなら、話し合って欲しいことがあるって、可恋から言われているの」
暑さの中、もう終わろうという空気が流れているところで日々木さんが口を開いた。
司会役の須賀さんも困惑した表情で「何ですか?」と尋ねた。
日野さんからと聞いて、私も思わず身構えてしまう。
「クラスの中に温度差があるじゃない。文化祭に対して。頑張ってる人もたくさんいるけど、あんまりやる気のない人もいるよね。そういう人たちをどうすればいいか話し合って欲しいって」
日々木さんが言い終わっても、しばらく誰も何も言わない。
沈黙の中で、どう仕切っていいかとおろおろしている須賀さんに、私は助け船を出す。
「女子はまだウォーキングの練習だけだから、温度差ってあまりないかな。うちの班だと塚本さんはファッションショーに乗り気だけど、三島さんは有志で参加する合唱の方がメインになってる感じ」
「わたしの班も優奈とひかりは合唱があるけど、クラスの方もちゃんと協力してくれると思う」
「うちは……純ちゃんと麓さんが無関心と言えば無関心だね。ふたりともそういうキャラだから仕方ないけど」
私に続いて須賀さんと日々木さんが各班の状況を説明した。
一方、男子は現在進行形の問題なので、かなり具体的な発言があった。
まったく参加しない生徒はいないものの、温度差はかなりあるみたいで、リーダーからはそれがよく分かるという。
「ファッションショーって女子向けだから乗り気じゃないのかな?」
「単にめんどくさいだけじゃね?」
「自分の好きなことは熱心にするけど、そうじゃないとガラッと態度変える奴もいるしね」
「日野さんがいるから仕方なくやってる子はいるね」
「準備で頑張った生徒を表彰するとか言ってるけど、クラスでいちばん頑張ったなんて狙えないし」
「言われた分だけでもキチッとやってくれりゃいいよ」
「意見は言わないくせに、無駄なお喋りはする奴とか邪魔なだけだし」
「正直、やる気のないヤツの相手してるより、自分でやった方が楽だよね」
「だよなあ、動く奴は自分から動くし、動かない奴は言っても動かないから」
「女子はいまは暇だから、そういう男子のやる気を引き出す役をするとか?」
「うーん、どんな話をしたらいいか分かんないよ?」
「ちゃんとお話しすれば分かってもらえるんじゃないかな」
意外と活発な議論になった。
直接話すという意見が多く出たが、お盆の前後は活動も休みなので、また改めて話し合おうということになった。
会議の後、日々木さんが女子に声を掛けた。
これから学校の正門前にある日野さんのマンションに行くので、一緒にどうかと。
日野さんは自宅でキャシーの相手をするために不参加だったそうだ。
高木さんが真っ先に手を挙げ、私も興味をそそられて行くと答えた。
須賀さんもとても乗り気で、躊躇う田辺さんに一緒に行こうと声を掛けていた。
行ったことのある高木さんがそのリビングの広さを興奮気味に語った。
外の日差しは焼けつくようだが、正門を出たところにあるマンションなのですぐに到着する。
日々木さんと安藤さんはとても慣れた様子だった。
オートロックを開けてもらって入った先は絨毯などもかなり豪華で高級感がある。
騒がないように気を付けてエレベーターに乗り、降りてすぐのところに日野さんの部屋があった。
玄関では日野さんとキャシーが出迎えてくれた。
ラフな姿の日野さんはキャシーと並ぶと大学生っぽく見えた。
「あー、涼しい」と日々木さんはくつろいだ声で言った。
「凄い……」と声を漏らしたのは須賀さん。
私も声には出さなかったが同意見だ。
「松田さんの家とは違う感じなの?」と私は須賀さんに聞いてみた。
「美咲の家とは方向性が違うかな。あっちは普通の家より少し広い程度なんだけど、高級そうなものがいっぱい飾られている感じ。こっちはあまり物はなくてシンプルなんだけど、それができるのが贅沢って思っちゃうよね」
須賀さんの比較はなかなか興味深かった。
オープンキッチンでダイニングとリビングが一体になっているから広々と感じるし、余計なものがないためスッキリした印象を受ける。
リビングにテーブルとクッションが用意してあり、私たちはそこに座る。
日野さんはアイスティーを振る舞ってくれた。
「熱い方がよければ言ってね。用意するから」と日野さんは微笑むが、みんな暑い中にいたため冷たい飲み物を所望した。
一服した後、代表して須賀さんが日野さんに会議の報告をした。
日野さんが話し合うように言った温度差の問題は明確な結論が得られなかったと説明する。
「うちの班はもっと厳しいかもです」
高木さんが申し訳なさそうに言った。
そういえば高木さんは先ほどの話し合いではほとんど発言していなかった。
「ウォーキングの練習もサボり気味ですし、あたしの言うことはいまだに聞いてもらえなくて……」
高木さんはそう言って肩を落とす。
「以前より会話はできるようになって、仲良くなったとは思うんですが、ふたりを変えることはあたしには無理かもしれません」
「そんなの誰にだって無理だよ」
高木さんの深刻そうな話しぶりに対し、日野さんは軽い感じで話す。
「そもそも温度差はあって当たり前だし、進捗に響かなければさほど問題じゃないから」
日野さんの言葉を聞いて、先ほどの議論はなんだったのかと思ってしまう。
「じゃあ、どうして、さっき……」と会議の参加者の気持ちを代弁して高木さんが訊いてくれた。
「せっかく集まったのに、ものの数分で終わったら来た甲斐がないでしょ」
日野さんは笑ってそう答えるが、こんな種明かしをされたら話し合ったことが無駄に感じてしまう。
「ただし、問題意識は共有しておきたかった。主に男子で起きてる問題だけど、そういう問題があると知っておくことは大切だからね」
一転して、真面目な顔で日野さんがそう語る。
相変わらず食えない人だ。
少なくとも私は今後この問題を気になってしまうだろう。
「解決法ってないの?」と日野さんに聞いてみる。
「温度差をゼロにはできない。だから、考えられるアプローチとしては、やる気のない人を無害化させるかやる気を引き上げるのかふたつ。邪魔さえしなければいいと割り切れれば楽だよね。やる気を引き上げるのは、労力に見合う価値があるかどうか……」
「それはひどいよ」と日野さんに日々木さんがツッコミを入れる。
日々木さんは英語でキャシーの相手をしながら、こちらの話もしっかり聞いていた。
「うーん、万能って訳じゃないけど、低いコストでやる気を引き上げる方法もないことはないよ。それは、みんなが楽しんでやること。本気で楽しんでいると、やる気がない人も自分もやってみようと思うかもしれない。まあ天の邪鬼だと余計にやる気をなくすだろうけどね」
日々木さんにツッコまれた日野さんは笑いながらそう語った。
冗談っぽい発言だが、結構本気かもしれないと私は感じた。
「ウォーキングの練習をサボってる件は、私の名前を出していいし、出来が悪いと居残り特訓するとか言っておいて。最低限のラインを決めて、それ以上のことは本人任せにしないと周りが大変だからね」と日野さんは高木さんにアドバイスした。
文化祭の話が終わったのを見計らって、私はキャシーに向き直る。
この日のために英会話を特訓してきた。
受験とは直接関係ないけど、日野さんや日々木さんがキャシーと親しげに話す姿に憧れたから。
先ほど日野さんが言った通り、彼女たちの楽しそうな姿に私はやる気を出したのだ。
『キャシー、私の話も聞いてくれる?』
††††† 登場人物紹介 †††††
千草春菜・・・2年1組。衣装管理担当。夏休みは夏季講習に通っていた。
日々木陽稲・・・2年1組。衣装デザイン担当。
須賀彩花・・・2年1組。文化祭実行委員でモデル担当の松田美咲の代役。
田辺綾乃・・・2年1組。彩花の付き添い。
高木すみれ・・・2年1組。ポスター担当。原稿の締め切りに追われていたがようやく時間ができた。
安藤純・・・2年1組。陽稲の付き添い。
日野可恋・・・2年1組。総指揮という立場だが、個別の作業はできるだけ口を挟まないようにしている。
キャシー・フランクリン・・・14歳。ファッションショーに飛び入り参加させろと言って可恋に却下された。
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