第83話 令和元年7月28日(日)「昨日のこと1」藤原みどり

 昨日はファッションショーの引率で一日を終えた。

 生徒たちを引き連れて東京まで行って来たのだ。

 当初は私ひとりでの引率を覚悟していたが、日々木さんの父親や日野さんの知り合いの女性などが協力してくれることになり、移動はスムーズに行われた。

 特に日野さんの知り合い4人は全員私より歳下で、こちらの指示を素直に聞いてくれた。

 英語しか話せないキャシーさんは日野さんがずっと相手をしてくれたので、私は余裕を持って生徒たちに目を配ることができた。


 引率を手伝ってくれた女性たちの中には教職を目指す女子大生がいた。

 私が3年目だと話すと、私の体験談を聞きたがった。

 私にもそんな時期があったことを懐かしく思い出す。

 当時は希望に胸を膨らませていた。

 あの頃に思い描いていたように私は成長しているだろうか。


 昨日の引率でもっとも頭を悩ませたのは私の服装だった。

 中学校の教師として相応しい服装であることは当然だが、行き先はファッションショーである。

 あまり堅苦しいものだと浮いてしまいそうだ。

 とはいえ、生徒の手前、派手な衣装という訳にもいかない。

 小野田先生に相談したら、呆れた顔をされてしまった。

 他校の同期と相談し、いちばん良いスーツにスカート、中のブラウスを少しオシャレなものにしてバランスを取った。

 久しぶりにピアスを付け、新調したバッグを手に集合場所に向かった。

 引率のメンバーは日々木さんの父親を含めカジュアルな装いで、ひとり堅苦しい感じになってしまったが、日野さんからは「責任者らしくて良いと思います」と声を掛けられた。

 日々木さんは何か言いたそうにこちらを見ていたが、私の服装について触れることはなかった。


 無事に会場に着くと、スタッフの醍醐さんが迎えてくれた。

 実際に会うのは初めてだが、何度か電話などで連絡を取り合った人である。

 私より歳上で、スーツ姿が仕事のできるOLといった雰囲気を醸し出していた。

 物腰は柔らかく、歳下の私にも非常に敬意を持って接してくれる。

 普段はOLとデザイナーを兼業し、今回のイベントでは広報を担当していると言うように、小柄なのにもの凄いバイタリティが感じられた。

 以前お会いした今回の主催の女性と共に、私のこの業界へのイメージを変えてくれた人だ。


「今の中学生は凄いですね。やはり教育の賜物ですか?」


 醍醐さんにそう言われて、こそばゆく感じてしまう。


「日野さんは特別ですよ」と私は正直に思っていることを口にする。


「私たちの時代だと、彼女のような優秀な子がいても周りが出る杭を許さなかったですからね。こうして活躍している子どもを見ると、教育現場が変わったのを感じます」


 買いかぶられているし、日野さんを支えているのは担任の小野田先生や校長だ。

 それをそのまま話す必要もないので、「そうした方向への努力がもっと必要だと私も思っています」と言うに留めた。


 生徒たちが席に着くと、私は日野さんたちに呼ばれ、一緒に楽屋にご挨拶に伺う。

 主催の女性は「せっかく来ていただいたのに、忙しくてお相手できず申し訳ない」と頭を下げた。

 開演直前の高揚感が楽屋に充満している。

 怒鳴り声や叫び声も混じり、カオスな雰囲気だ。

 主催の名前を呼ぶ声もいくつか聞こえてきた。


「私たちのことは気にせず、準備を進めてください。楽しみにしています」と私は恐縮して伝えた。


 代わって現れたのはプロのモデルの本庄さんだった。

 スラリとした長身で、整ってはいるが個性的な顔立ち。

 なにより全身から溢れるオーラが感じられる。

 舞台に立つために派手めのメイクをして、髪もカラフルに染めている。

 普段の私なら眉をひそめてしまうところだが、彼女に対してはそんな思いは微塵も浮かばなかった。


 ずっと近くで見ていたいと思ったが、開演が迫り、私たちは席に戻る。

 私は頭がボーッとしていた。

 女性相手にこんな気持ちになったのは初めてだ。

 私が中学生だったら失神していたかもしれない。

 いまの私だって、一言も発せずにガクガクと膝が震えていたくらいなのだから。


 ショーが始まり、舞台に本庄さんが現れる。

 光と音に彩られ、彼女の魅力は増幅していた。

 ただ歩いているだけなのに、心が奪われる。

 格好いい。

 陳腐な言葉なのに、颯爽と歩く彼女にこれほど相応しい言葉はないと感じる。

 ショーが終わるまで、私は生徒のことを忘れ、本庄さんの姿をひたすら目に焼き付けた。


「先生」と呼ばれ、ハッとする。


 日野さんがもう一度挨拶に行くと言うので席を立った。

 自分の仕事を思い出す一方で、もう一度本庄さんに会えるかもしれないと心が浮き立った。

 高校生の頃に男性アイドルにハマったことがあった。

 短い期間だったけど、夢中になり、毎日がピンク色に見えた。

 いまはそれ以上に心を鷲づかみにされているかもしれない。

 初恋の時のようなトキメキさえ感じている。


 楽屋は開演前と同じような喧噪に満ちていた。

 やり遂げた充実感が溢れていた。

 私たちを多くのスタッフが歓迎してくれた。

 みなが笑顔で喜びを分かち合う感じだった。

 なんだか大人の文化祭を見ているようだ。


 最後にメイクを落とした本庄さんが現れた。

 素顔でもその目に潜む意志の力を感じられ、私の心を惹きつける。


「君たちの成功を祈るよ」と爽やかに語る彼女を見て、私は感激のあまりどうにかなってしまいそうだった。




††††† 登場人物紹介 †††††


藤原みどり・・・2年1組副担任。ファッションには疎いと自覚あり。


日野可恋・・・2年1組の学級委員。無難な服ばかり着ると陽稲に指摘されている。


日々木陽稲・・・2年1組。将来の夢はファッションデザイナー。奇抜な衣装に走り過ぎることがあると可恋から思われている。


醍醐かなえ・・・ファッションショーのスタッフ。デザイナー兼広報担当。可恋たちとの連絡係も。


本庄サツキ・・・プロのモデル。日本人ではトップクラス。

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