第83.2話 令和元年7月28日(日)「昨日のこと2」麓たか良

 昨日のファッションショーは、日野から「長い夏休みの中の一日だけだから」と言われ無理矢理参加させられた。

 行って、見て、帰って来るだけだと言われ、それくらいならと渋々オッケーした。

 夏休みなんてヒマでダラダラ過ごすだけだ。

 ダチと喋る以外は、ボクシングジムに通うしか予定はない。


 久しぶりに会った日野はワタシの身体をジロジロと見て、少しは様になったかなとほざいた。

 余計なお世話だ。

 ジムでは筋が良いと褒められ、サンドバッグを叩くのは気持ちが良い。

 ジムに行ったり、トレーニングをしたりするのは面倒だが、強くなる実感があってやり続けている。


 その日野と親しげに話していた黒人の女がいた。

 ワタシからしたら見上げるような大女だ。

 それでいてボクサーのように引き締まった肉体をしていた。

 日野は彼女をみんなに紹介した。

 英語しか話せないから相手にするなと言っていたが、それよりも驚いたのはワタシと同じ歳ということだった。

 反則だろと思う。


 日野に聞くと空手を習いに来ていると言われた。

 彼女はワタシにも話し掛けてきたが、意味不明なので当然無視する。

 するとすぐに別のヤツのところに向かった。

 誰彼構わず話し掛けまくっていたが、誰も相手にしなかったので、しばらくすると日野と日々木だけに話すようになっていた。

 ワタシは日野と同じ班なので、離れる訳にもいかず、時々日野にこの黒人女のことを質問した。


「強いのか?」


「空手は初心者。でも、見ての通りフィジカルは化け物よ」


「お前とどっちが強い?」


 日野は目を細めて、「いまは私」と短く答えた。

 日野は化け物と言っていたが、それに勝てる日野の方がよっぽど化け物だろ。


「可恋は強かったよ」と日々木が話に加わり、そこに黒人女が英語で話し掛けてくる。


 ワタシはこの巨人を見ながら、どうやったら勝てるんだよと思っていた。

 数発パンチを当てたところで倒せるとは到底思えない。

 拳を握り締めてイメージするが、顎には届きそうにないし、ボディーを打って逃げ回るくらいかと思う。

 しかし、コイツのフットワークが巨体特有の鈍さを見せるとは考えられず、相手の間合いの広さを思うと一発当てるのも相当勇気が必要だろう。


 ワタシがお手上げと感じていると、日野が話し掛けてきた。


「戦ってみたいの?」


「あん?」と鬱陶しそうにワタシは返答したが、イエスともノーとも言えず困ったからだ。


「なんなら戦う機会を作ってあげるわよ」と日野は笑う。


「何が目的だ?」と聞くと、「別に。ただひとりで相手にするのは疲れるし、何より面白そうだしね」と答えた。


「戦ってやってもいい」と怖じ気づく気持ちを抑えて日野に言った。


 日野は頷くと、「彼女はレスリング経験者なの。でも、空手対ボクシングの打撃系限定で戦いましょう。彼女のフィジカルからすれば、例えガードしていても相当の破壊力があるから避けた方が無難よ。まだ隙はたくさんあるから、あなたがそこを突けるかどうかね」とベラベラと喋り始める。


「いいのか? そんなに情報を漏らして」と言うと、「こんなのハンディにもならないわ。体重差があるんだから、もっとハンディキャップつけないと面白くないじゃない」と肩をすくめ、「瞬殺されちゃったら意味ないしね」と悲しげな表情を日野は浮かべた。


 もの思いにふける文学少女のように頬に手を当て考え込む日野に、黒人女が声を掛けてきた。

 日野が何か話し、黒人女がワタシを見た。

 英語で何か言っているが、ワタシはただ黙って睨みつける。

 ワタシの威嚇は通じなかったが、黒人女のあからさまにワタシを侮った気持ちは伝わってきた。


「キャシーは右腕一本で勝つと言ってるよ」と日野が嬉しそうにワタシに言った。


「こういう時、何て言えばいい?」と日野に尋ねる。


「そうね、ファックユーでいいんじゃないかしら。それで半殺しにされても責任は取らないけど」と日野が済ました顔で言う。


 ワタシは黒人女の目を見て、「F××k you!」と罵った。




††††† 登場人物紹介 †††††


麓たか良・・・2年1組。俗に言う不良。日野に負けてから嫌々ながら従っている。


日野可恋・・・2年1組。麓にボクシングを勧めた張本人。


キャシー・フランクリン・・・14歳。可恋に勝つことが目標。

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