第80話 令和元年7月25日(木)「TDLの中心で愛を叫ぶ」日々木陽稲
可恋は、TDLなのに着ぐるみのキャラクターたちとの接触を巧みに避けている。
手を繋ぐくらいなら平気だけど、それ以上身体に触れられることを好んでいない。
潔癖症と呼んでもいいだろう。
可恋も空手をしている時を除くとそういう傾向があると自覚していた。
彼女の場合、自分の身を守る必要に迫られての行動でもあるのだけど。
一方で、可恋を病弱と言っていいかはとても迷う。
病気に罹りやすく、罹った時は重篤になりやすいという話だが、日頃の行動の積み重ねで病気を防いでいる。
わたしが紫外線に非常に気を付けているように、可恋は身体を冷やすことを警戒しているし、水分補給なども常に注意を払っている。
これだけ努力しても冬場になるとウイルスに負けると可恋は嘆いていた。
しかし、健康な時の可恋は病弱さを微塵も感じさせない。
運動神経は抜群だし、体力もある。
純ちゃんやキャシーのような筋肉美を誇る訳ではないが、可恋曰く必要な筋肉は十分に身に付けているそうだ。
ジェットコースターにいくら乗ってもケロッとしている可恋を見て、誰も病弱だと思うまい。
「遊園地がこんなに楽しいなんて思わなかったわ。ストレス発散にもってこいね」
初めての遊園地を楽しむ可恋に付き合う周囲の方が大変だった。
今日は、アトラクションはわたしとお姉ちゃんが交代で可恋に付き合っている。
純ちゃんやキャシークラスの体力がなければとてもひとりでは付き合いきれない。
「可恋が楽しんでくれて、わたしも嬉しいよ」
わたしがそう言うと、可恋は自然な笑顔を見せた。
可恋はどちらかというと表情に乏しい方だ。
可恋のことを怖いと感じている人も少なくない。
大柄だし、ちょっと冷たい感じの切れ長の目で見つめられると、そう思うのも仕方がない。
笑顔も見せるが、作っている感じが分かる人には分かってしまう。
トレーニングや空手の話など、本当に好きなことを語っている時はこんな自然な笑顔を見せるのに、それを知っているのはごくわずかだろう。
「次はあれに乗ろうか?」と可恋が指差す。
「たまには陽子先生を誘ってみたら?」と提案すると、可恋は顔をしかめた。
それでも、わたしがまだ回復していないことに気付いたのか、「そうだね、誘ってみる」と同意してくれた。
「たまにはお母さんに甘えてみたら?」と笑って言うと、「別にいいよ」と可恋はそっぽを向いた。
今日はちょっとの移動でも可恋が甲斐甲斐しくエスコートしてくれる。
昨日わたしがエスコート役に回ったというのもあるが、今日のわたしの装いが最大の理由だろう。
わたしの衣装はふしぎの国のアリスをモチーフにしたものだ。
水色のワンピースに白のエプロン。
清楚な白のハイソックスに黒のストラップシューズ。
そして、黒のリボン。
金髪ではなく赤毛だけど、普通の日本人がやるよりは遥かにアリスっぽいだろう。
ただでさえ幼く見えるわたしは、この手の衣装を普段は着ない。
ただ、前に可恋がこういう衣装が似合いそうと言っていたので、今日はサービスのつもりで選んだ。
昨日はわたしの我が儘に付き合ってもらったので、そのお返しでもある。
どう見ても小学生だが、そこは忘れることにした。
エスコート役がアトラクションに行ったので、わたしは家族と休憩だ。
お姉ちゃんは呆れ気味に「可恋ちゃんは元気だわ」と話す。
「初めての遊園地だもの、あれくらいは普通でしょ」
いつもの可恋ならもう少し周りに気を使って行動するが、昨日今日は自分の欲望を優先する感じがある。
このところキャシーに振り回されてばかりだったから、少しは振り回す側に回ってもいいよね。
そこから家族の話題は初めての遊園地についてとなり、わたしはすぐに疲れて眠ったことや身長が足りなくて乗り物に乗れなくて泣いたこと、お姉ちゃんは帰りたくないと駄々をこねたことなどを両親から暴露された。
そんな昔話に花を咲かせていたら、可恋がお母さんの手を引いて戻って来た。
「歳は取りたくないわね。昔はこの程度の乗り物で疲れたりなんてしなかったのに……」
「きっと運動不足」
陽子先生の愚痴に可恋が口を挟む。
「これでも同世代の中じゃマシな方よ。あなたみたいな運動オタクには分からないだろうけど」
運動オタクと名指しされた可恋は眉をひそめた。
ふたりの会話を見ていたわたしは気になったことを尋ねてみた。
「陽子先生も可恋も関西生まれで関西育ちですよね。方言って出ないんですか?」
「相手によって使い分ける感じかな」と陽子先生。
「大阪弁を使った方がいい相手、いい状況ってあるから、そういう時にね。それ以外は標準語の方が仕事をしやすいしね」
可恋は大阪弁を使った方がいい相手に入らないのかと思っていると、可恋は「相手が使ったらこっちも使う感じかな」と答えた。
可恋が方言を話すイメージが湧かないので使って欲しいなとおねだりすると、可恋は「そのうちね」と素っ気なかった。
「あかんよ。陽稲ちゃんにそんな態度取ってどないすんの?」
陽子先生が流暢な大阪弁で可恋に語り掛けた。
可恋は肩をすくめ、「ええ加減にして」と普段と違うイントネーションで返答した。
「もっとちゃんと大阪弁喋ったらな」と陽子先生が催促すると、可恋は「もう終わり」とキッパリ断った。
照れている可恋にわたしは吹き出してしまった。
「そんなに笑うこと?」
「ごめんね、あまりにもイメージにあってなくて、つい」
可恋は困ったように頭をかく。
わたしは笑っちゃいけないと思えば思うほど止まらなくなってくる。
「ごめん、ほんとに。でも、止まらなくて……」
「謝らなくていいよ」と言った可恋はわたしの耳元で「だって、ひぃなのことが大好きだから」と囁いた。
わたしは頭の中が真っ白になった。
一瞬にして顔が熱くなる。
思わず両手で火照った顔を覆う。
指の間から見た可恋はニヤニヤと笑っていた。
「良かったね。笑いが止まって」
「な、な、何よ、それ! からかったの!?」
「チェシャ猫のように笑ってるだけだよ」と可恋はアリスにちなんだ言い訳をする。
「可恋はずるい」
ひとりだけ余裕があるなんて。
「今頃気付いたの?」と可恋のニヤニヤ笑いは続く。
「いいわよ。わたしだって、言うんだから!」
わたしは立ち上がり、両足を踏ん張った。
TDLの中心で愛を叫んだっていいじゃない。
可恋の顔を見ても、余裕の表情のままだ。
わたしができないと思っているなら大間違いだ。
「わたしは、可恋が、好きだああああああああああああああ!」
わたしの小さな身体でできるかぎりの大絶叫だった。
多くの人の視線が集まる。
わたしはどうだと言わんばかりに胸を張った。
しかし、周囲の視線は照れや恥じらいではなく和むような温かいものだった。
……あ。
わたしの服装を思い出す。
誰がどう見ても小学生のコスプレ姿だ。
目の前の可恋はいつも高校生に見られるし、今日もそう見える服装だ。
これは……自爆。
子どもがふざけてお姉さん相手に好きだと叫んだように見られてしまった。
事情を知っているはずの家族も小芝居を見た後のような和みようだった。
当然、可恋もニヤニヤと笑ったままだった。
可恋はわたしに近付くと頭を撫でてくれる。
子ども扱いしないでと言う気力もなく、それを受け入れる。
そんなわたしの耳元で可恋は「ありがとう」と囁いた。
やっぱり可恋はずるい。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・中学2年生。キャシーから純ちゃんの娘かって訊かれたけど冗談のはず。
日野可恋・・・中学2年生。高校生に間違われるのは普通で、大学生や社会人に間違われることも。
日々木華菜・・・高校1年生。外見は歳相応に見られることが多い。可恋には外見以外でも勝てる気がしないと感じることが多くなった。
日野陽子・・・可恋の母。大学生と接しているので気分は自分も大学生だが、さすがに身体はついていかない。
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