第79話 令和元年7月24日(水)「TDL」日野可恋

「実は、遊園地に行くのって初めてなの」


 私がそう言うと、ひぃなやお姉さんの華菜さんがびっくりしていた。


「えー、そうなの?」


「機会がなかったってこともあるし、興味がなかったってこともあるし……」


 小さいうちは病気が理由で行けなかったが、小学生の高学年くらいからは行こうと思えば行くことはできた。

 ただ私の身体のことを知ってる友だちからは誘われなかった。

 彼女たちの保護者も付き添う時に何かあったらと思うと私を引率することを躊躇ってしまうだろう。

 私の家族は自分の仕事や趣味を優先する人だったので、遊園地よりも仕事場や趣味仲間の集まりに一緒に行かないかと誘うことが多かった。

 それよりも家にひとりでいることを私は望んだ。

 通っていた空手道場の子ども向けキャンプや自然教室には参加したが、遊園地はおろか観光地もほとんど行ったことがなかった。


「今回はいっぱい思い出を作ってね」と助手席のひぃなのお母さんが言ってくれた。


 現在ひぃなのお父さんが運転して、TDLに向かっているところだ。

 後部座席に、私、ひぃな、華菜さんが座り、他愛のないお喋りをしている。

 ここ数日、強制的に英語を喋らされているので、精神的な疲労感はかなりのものだったが、いまはとてもリラックスできている。

 私の母は夕方から合流する予定なので、それまではひぃなの家族と一緒に回る。


「TDLは初めてって聞いたけど、遊園地が初めてだったなんて、本当にびっくりだよ。わたしが遊園地の楽しさを可恋に教えてあげるね」


「TDLならヒナがそんなに力を込めなくても、誰でも楽しめると思うよ」と華菜さんが茶々を入れる。


 そして、私には「わたしたちは年に1回くらい来ているし、今日の予定もバッチリ組んでいるから任せてね」と頼もしげに言ってくれた。


 ひぃなも華菜さんもTDLだからかいつもより気分が高揚しているように見えた。


「よろしくお願いします」と私はニッコリと微笑んだ。




 昼間は蒸し暑くはあったが、幸い晴れ間が多く、雨を気にせずに楽しめた。

 ひぃなは紫外線対策に気を配っていたが、私は水分補給に気を付けていた。

 夕方になっても気温はあまり下がらず、屋内で涼みながら休憩を取ることになった。

 そろそろ母が合流する時間だ。


「可恋ってタフだね」とひぃなが疲れた顔で言った。


「そう? ひぃなはお疲れのようだけど大丈夫?」


「しばらく充電中。今日は夜が本番だから」と不敵な笑みを浮かべた。


 これなら大丈夫だろう。


「華菜さんは大丈夫ですか?」


「平気、平気。最初にオーバーペースで入って、途中からぐったりするのはいつものことだから」と苦笑する。


 ジェットコースター系の乗り物に生まれて初めて乗った。

 風を切る爽快感に夢中になり、それ系のアトラクションに乗りたいと言ったせいで、ふたりに無理をさせてしまった。

 キャラクターにはさほど愛着はないが、アトラクションにはすっかりハマってしまった。

 ここじゃなくても、ひたすらジェットコースターに乗り続けていたいと思うほどだ。


 母と合流し、ホテルにチェックインする。

 少し早めの夕食の後、パレードを観覧する予定だ。


「可恋、ちょっと来てくれる?」とひぃなに呼ばれた。


 彼女と華菜さんの部屋に案内され、トランクケースから取り出した衣装を手渡される。

 前にもあった光景だ。

 中華街の悪夢再びかと思ったら、案の定だった。


「これ、可恋の分ね」


「さすがにこれは……」


 衣装を手で広げてみた。

 これを着るのは勇気が必要だ。


「お願い。可恋が着てくれないと、わたしの衣装が意味をなくしてしまうの」


 ひぃななら何を着ても似合うと言って断ろうかとも思ったが、彼女の潤んだ瞳を見ると断りにくい。

 チャイナドレスのように露出の多い服ではないので、ひぃなが喜ぶのならいいかと思ってしまう。

 キャシーのことで迷惑も掛けていたしね。


「分かったよ」


「可恋、ありがとう!」


 その衣装は、まるでシンデレラが舞踏会で着たような純白のパーティドレスだった。

 レースの飾りが幾重にも広がり、清楚でいてゴージャスなドレスだ。

 私に似合うかどうか微妙な気がしたが、肘まですっぽり隠す真っ白いシルクのロング手袋など小物もばっちり用意してあるので、ここはひぃなの好きにさせることにした。

 髪は軽く梳いただけだが、大きなイヤリングを付け、顔にもしっかりと化粧をしてくれる。

 ガラスの靴をイメージした光沢のあるメタリックカラーのパンプスまで用意してあった。

 最後にティアラをはめて完成した。


「急いで着替えて来るから、ここで待っていてね」と言い残して、ひぃなが部屋を出て行く。


 スマホを見て時間を潰していると、ひぃなが戻って来た。

 白の長袖シャツの上に黒のチョッキ。

 黒のスーツパンツに蝶ネクタイ。

 今日はワンテールにした三つ編みだったのを結い上げてショートのように見せている。

 完全に美少年に変身していた。

 それも執事姿で、ウォーキングの指導の影響か背筋をビシッとして様になっている。

 ひぃなはトレーニングウェアを除くと、スカートばかりで女性的な装いが多いので、こんなユニセックスな衣装だと倒錯的な雰囲気が出て来る。


「どう?」とひぃなが自慢げに聞いてきた。


「驚いた」と正直な感想を漏らす。


 気を取り直してちゃんと褒めないとと思ったが、私の率直な感想が気に入ったようだ。

 ひぃなは小さくガッツポーズをしてから、私をエスコートしてくれた。

 ひぃなが真面目なので、私もプリンセスになったつもりで楚々として振る舞う。

 ひぃなの家族からは「美しい」「素敵」とべた褒めされた。

 私の母は「びっくりしたわ」と目を丸くするだけだった。

 私は母の言葉にカチンときたが、ひぃなが「びっくりするほど美しいって意味だよ」と取りなしてくれる。


 レストランでもパレードの場でも注目を浴び続けた。

 しかし、中華街よりは場違いな感じがなくて助かった。

 ひぃななら中華街でチャイナドレスは場違いじゃないって言うだろうけど。


 キャシーに唆されて、忍者だかくノ一だかのコスプレを言い出さないようにひぃなに釘を刺しておかないと!




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・中学2年生。新しい楽しみを知った14歳。


日々木陽稲・・・中学2年生。アトラクションよりも雰囲気を味わうのが好き。コスプレっぽいこともその一環。


日々木華菜・・・高校1年生。可愛いものが好き。

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