第80.5話 令和元年7月25日(木)「帰途」日々木華菜

 1泊2日をTDLで過ごし、いまは帰りの車中だ。

 妹のヒナはわたしの横でぐっすりと眠っている。

 わたしもかなり疲労感があるものの、友だちとLINEでやり取りをしていた。


『これ、今日のヒナ。可愛いでしょ』


 絵文字をふんだんに入れた文章とともにヒナの写真を投稿する。

 今日は珍しくロリっぽい衣装だった。

 貴重なので、永久保存しておかないといけない。


『カナってホントにシスコンだね。でも、これ見たら気持ち分かる』


 ヒナの写真は流出が怖いので、信頼できる友だちにしかネット上では見せない。

 彼女はわたしの同中の友だちで、高校でも同じクラスだ。

 月と書いて「ゆえ」と読む変わった名前の持ち主で、親友だと思っている。


『昨夜のヒナと可恋ちゃんの衣装も素敵だったよ。死んでもいいと思うくらい』


 その時の写真は昨日のうちにゆえに見せた。

 ついつい夜遅くまで語り合ってしまった。

 その盛り上がりを忘れられず、こうして家に帰りつく前にLINEしている。


『さすがにそれはひくけど、でも、羨ましいな。わたしも生で見たかった』


『そういえば、今年の文化祭でファッションショーをやるんだって。可愛いヒナを見れると思うよ』


『マジ! わたしらの時は合唱ばっかだったのに』


『凄いよね。その分、苦労しているみたいだけどね』


 ゆえは中3の時に仲の良かったグループを誘って見に行こうと提案した。

 わたしも同意する。

 その後は夏休み中に遊びに行く計画、ゆえが始めたバイトのこと、買いたいもの、テレビの話題、友だちの噂話などとりとめのない話を延々と続ける。


『あ、そうだ。ヒナちゃんが背の高い黒人の女性と歩いてたって聞いたんだけど』


『可恋ちゃんの知り合いだって。わたしはチラッと会っただけだけど』


 わたしは帰って来たヒナを迎えに出た時に見かけただけで、話はしていない。

 ヒナはキャシーのことをたくさん話してくれた。

 ただ、英語しか話さないと言われて、少し怖じ気づいている。


『ヒナちゃんが英語ペラペラだったって聞いたんだけど、ホントなの?』


『うーん、ペラペラかどうかは別として、意思疎通は取れてるみたいね』


『凄いね。あー、ヤンキーとも心を通わしていたしなあ……ヒナちゃんって、そういう特殊スキルでも持ってるの?』


『特殊スキルって何よ。コミュニケーションスキルに全振りしている感じじゃあるけど』


『あー、わたしも欲しいわ』


『ゆえだってコミュ力高いじゃない』


『人並みよりは上だと思う。でも、ここから上げるのが難しいのよ』


 わたしはゆえのコミュ力の高さを羨んでいたが、ゆえはゆえで悩んでいたのか。


『ゆえくらいのコミュ力があれば十分だと思ってた』


『わたしくらいなら結構いるよ。将来武器にしようと思えば磨いていかないと』


 ゆえは周りの子よりも意識が高い。

 それを他人に見せたりはしないけど、わたしにはこうして話してくれる。


『武器か……。わたしも持たないと……』


『カナにはあるじゃん。料理上手いし、家事全般できるし。そういうのも十分武器だと思うよ』


『ありがと。元気出た』


 栄養士や調理師がわたしのいまの夢だ。

 それに向けてひとつひとつ前へ進もうとしている。

 他人の武器を羨む必要はない。


『ところで、英語の宿題見た? シャレになってないよね』


『見た。量も多いし、難易度も半端ないし……』


『噂だと休み明けの学力テストで英語だけ特別らしいよ』


『特別?』


『うちの学校って英語に力入れてるじゃない。だから、そこで英語の成績悪いと2学期は補習補習になるんだって』


『マジで?』


『部活やってる子の先輩情報だけど、複数から聞いてるから間違いないと思う』


 ゆえは英語に力を入れていることも志望動機だと言っていたが、わたしは近さや偏差値だけで選んだ高校なのでなかなか辛いものがある。


『勉強会しようか? お盆頃は親戚の家に行くから、その前後で』


『8月末になってからじゃ遅いよね。せっかく夏休みになったのに、定期的に勉強会開かないとなんて高校は大変だわ』


 バリバリの進学校ではないが、それなりに評判のいい高校だ。

 仕方ないんだろうな。

 ゆえから他に誘いたい人の名前を挙げられ、その何人かにOKを出す。


『とりあえず1回目はカナの家でいい? 生のヒナちゃんも見たいし』


 来週前半は札幌に行くので、来週後半で日程を調整することにする。


『ヒナちゃんによろしくね』という彼女のメッセージが届いた頃には自宅のすぐ近くまで帰って来ていた。


 わたしはゆえに『またあとで』と送り、ヒナを起こす。


「ほら、着いたよ」


 目を覚ましたヒナは辺りをキョロキョロと見回した。


「可恋ちゃんがいないと寂しい?」


 その様子をわたしがからかうと、ヒナは口を尖らせる。


「夢の中に可恋が出て来たからちょっと混乱しただけ」


「どんな夢だったの?」


「ひ・み・つ」


 ヒナは小悪魔っぽくそう微笑んだ。

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