第65話 令和元年7月10日(水)「手芸部」原田朱雀
「ちーちゃん、手芸部の人集めホントどうしよ~」
お昼休みの家庭科室には、あたしとちーちゃんのふたりだけだ。
あたしは頭を抱えて目の前のちーちゃんに呼びかけた。
「陰謀だから。この学校に潜む闇の王が手芸部の設立を妨害しているの」
黙っていれば美人な、ちーちゃんがそうのたまう。
相変わらずの反応だ。
まったく役には立たないけど。
彼女の名前は鳥居千種。
あたしと同じ1年3組の生徒で、あたしの幼なじみ。
成績優秀で見た目も良いのに、二言目には陰謀がどうとか謎の組織がこうとか電波な発言をするせいで周りから完全に浮いている。
昔からこんな感じ。
中二が過ぎるまでは我慢するよ!
あたしは原田朱雀。
ちょっと厨二っぽい名前だけど、ちーちゃんからはすーちゃんと呼ばれている。
ちーちゃんが白虎とか名乗って他の戦士を集め出さなくて本当に良かった。
いま集めなきゃいけないのは戦士ではなく、手芸部の部員だ。
あたしの趣味は手芸で、この中学校で手芸部を設立しようと頑張っている。
「で、その闇の王はどうやって倒せるの?」
あたしの言葉にちーちゃんは剣を振るう真似をする。
あたしは頬杖をついて、それを眺めていた。
現在、手芸部の希望者はあたしたちふたりと、引っ込み思案なのをいいことに強引に誘ってOKをもらった隣りのクラスの矢口さんの3人。
生徒会で教えてもらったのは、4人で部の活動費が出ない同好会、5人で正式に部と認められるということだ。
すでに顧問は家庭科の橋本先生にお願いして承諾してもらってる。
あとひとりかふたり入ってくれれば万々歳なのに。
「2年生の帝国に乗り込むしかないわ」
「そうだよね~」
矢口さんを誘ったことに気を良くしたあたしたちは、1年生のぼっちや孤立してるような子に片っ端から声を掛けた。
しかし、待っていたのは無視無視無視の連続で、心が折れかけた。
男子にも声を掛けたけど、手芸部に入りたいと言ってくれるような子はいなかった。
1年がもう無理なら、次は2年。
そうは思っても、上級生相手に猪突猛進するのはあたしでも気が引ける。
「我々の手で光の女神を救い出し、この世界を闇の魔王から解放するのよ」
ちーちゃんが立ち上がり、右手を挙げて、人差し指を天井に向ける。
2年の教室はそっちじゃないけどね。
「光の女神かあ」
この学校で光の女神に相応しいのは、日々木先輩に他ならない。
まだ1学期の終わりだけど、1年生でもあの先輩を知らない人はいないんじゃないかと思う。
日本人には見えない恐ろしいほど白い肌と洋風の顔立ち。
妖精、精霊、天使、サーヴァントその他さまざまな呼び方をされている。
1年生の間には、見かけたらその日は幸運が訪れるなんて噂があるほどだ。
期末テストの後、日々木先輩が1年生の教室に来たことがあった。
あたしたち3組の教室にも来て学級委員の子と話をしていた。
ほんの数メートルの距離で日々木先輩を見ると、後光が差していた。
絶対、あれは人間じゃないよね。
そこだけはちーちゃんと同意見だ。
「でも、日々木先輩を手芸部に誘うなんてハードル高すぎなんですけど」
あの人の前に出たらカチンコチンに緊張して何も喋れないに違いない。
そうちーちゃんに言うと、ポンと手を打って「いいアイディアがある」と笑顔を見せた。
藁にもすがる思いで「どんなアイディア?」と尋ねる。
「放送室をジャックして、我々の窮状を知らしめ、この世界に正義を取り戻すの」
「ダメだこりゃ」
あたしは作業台に突っ伏す。
ちーちゃんに期待するだけ無駄だ。
「ならば、神々の最終兵器を使うべし」
「最終兵器?」
「当たって砕ける」
放課後、あたしとちーちゃんは急いで2年生の教室に向かった。
正確に言うと、あたしが強引にちーちゃんを引きずって行った。
アイディアを出してくれたんだから、せめて付いてきてくれないと。
お目当ては2年1組の教室。
階段に接しているので、廊下のいちばん隅でちーちゃんと寄り添って立っていた。
2年生が教室から続々と出て来る。
特にこちらを気にした様子はないが、それでも緊張する。
たまに胡散臭そうに見られると、逃げ出したくなってしまう。
なかなか現れないことに不安を感じ始めた頃に、あの愛らしいお姿が廊下に出現した。
おお! と思うが身体が動かない。
ああ、どうしよう。
このままだと日々木先輩は帰ってしまう。
何をしにここまで来たか分からない。
それなのにあたしは硬直したまま身じろぎすらできなかった。
その時、あたしは吹っ飛ばされた。
ちーちゃんが全力であたしの肩を押していた。
あたしは受け身も取れずに廊下に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
目を開けると日々木先輩があたしの顔を覗き込んでいた。
こんな近くで見ても肌はきめ細かく美しかった。
「だ、大丈夫です!」
慌てて立ち上がろうとして、自分の頭を支えてくれる別の先輩の存在に気付いた。
大柄で怖そうな先輩だけど、あたしが立つのを手助けしてくれる。
「ケガはしてない? こんなところで遊んじゃ危ないよ?」
日々木先輩が心配そうに声を掛けてくれる。
あたしは一世一代の勇気を振り絞る。
「あ、あの……日々木先輩にお願いがあって来ました」
「わたしに?」
「一年生?」
日々木先輩の声にかぶせるように、あたしを助けてくれた先輩が聞いてきた。
「はい。1年3組の原田朱雀です。こちらは同じクラスの鳥居千種です。あたしたちは手芸部を作ろうと部員集めをしているところです。日々木先輩はファッションに興味をお持ちとうかがったので、できれば入部していただけないかと思い、来ました」
精一杯自分の思いを伝える。
「すごいね」
日々木先輩はニコニコとあたしの話を聞いてくれた。
それだけで舞い上がるような気持ちになった。
「ふたりだけなの?」
「いえ、もうひとりいます。あとひとりで同好会、ふたりで正式に部と認められます」
興味深そうに聞いてくれる。
手応えがあると言っていいのだろうか?
「どういった活動を考えているの?」
「あたし以外は初心者なので、そんなに難しいことはできないと思っています。でも、文化祭には何か発表したいと考えて、できれば夏休み前にメンバーを集めたいと」
「しっかり考えてるんだね」と日々木先輩が褒めてくれた。
「顧問は決まってるの?」とさっきの怖い先輩が日々木先輩の横に立って聞いてきた。
「橋本先生が引き受けてくださることになっています」
「ハッシーか……」
目を細めそう呟いた怖い先輩に「いい先生だよぉ」と日々木先輩がたしなめた。
「問題ありますか?」
あたしは恐る恐る尋ねる。
「基本を大事にするいい先生だよ。初心者には向いてると思う。ただわたしは感覚でやっちゃうから、よく注意されるだけ」と日々木先輩が笑う。
そして、日々木先輩はあたしの両手を握って、優しく言葉を掛けてくれる。
「顧問の先生がどうとかじゃなくて、興味はあるんだけど入部はできないと思うの。ごめんね」
「いえ、話を聞いてくださっただけでも嬉しかったですから」
「でも、2年生で手芸に興味がある子には心当たりがあるから、わたしから声を掛けてみるね。必ず集められるかは分からないけど、頑張ってみるよ」
「ありがとうございます」
あたしは思い切り頭を下げる。
日々木先輩の手はとても小さくて温かかった。
††††† 登場人物紹介 †††††
原田朱雀・・・1年3組。趣味は手芸。自分ではごく普通の女の子だと思っている。
鳥居千種・・・1年3組。成績優秀で美人なのに厨二病という残念系。朱雀とは幼なじみ。
矢口まつり・・・1年4組。引っ込み思案。朱雀に振り回される未来しか思い浮かばない不幸少女。
橋本風花・・・家庭科教師。ちょっと神経質で細かなことにうるさい。
日々木陽稲・・・2年1組。裁縫は大好き。でも、入部すると迷惑をかけそうかな?
日野可恋・・・2年1組。怖い先輩とだけ認識された。
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