第63話 令和元年7月8日(月)「相談」須賀彩花

 7月なのに肌寒い。

 今日は梅雨の中休みといった感じで晴れ間が見えているというのに。

 中学生が関わる痛ましい事件が他にもあったせいか、学校周辺から報道陣の姿が消えた。

 学校内にあった少しおかしなムードも感じなくなった。

 2年1組の教室の中は、夏休みが間近に迫ってきたからか、ようやく賑やかな雰囲気を取り戻していた。


「綾乃」


 休み時間、わたしは物静かな友だちに話し掛ける。


「元気?」


「……微妙」


 ここしばらく綾乃に元気がない。

 この一週間はどうしてもひかりに目がいきがちで、美咲も優奈もあまり気にしていなかったと思う。

 綾乃は自分からそんなことを話すタイプじゃないし。


「美咲に相談する?」


 綾乃が首を横に振る。

 彼女が元気がない理由はわたしにはよく分からない。

 わたしでは相談相手にならないと思っていた。


「自分で言いにくければ、わたしから美咲に言おうか?」


「彩花がいい」


「え?」


 びっくりした。

 始めは何のことだか気付かなかった。

 だって、わたしが相談相手になるなんて。


「わたしでいいの?」


 綾乃が頷く。


「わたしなんかで力になれるかどうか分かんないよ?」


「聞いてくれるだけでいいから」


 そう言われて断れるわけがない。


「分かった」


「今日、彩花の家に行くね」


 わたしは頷いた。

 信頼されていることに心が浮き立つ。

 でも、同時に、ちゃんと力になれるのか不安でもあった。




「私、ひかりのことが嫌いなの」


 わたしは帰宅して大急ぎで自分の部屋を片付け、綾乃を迎え入れた。

 彼女が買ってきてくれたスナック菓子を広げて、ジュースを出す。

 そして、綾乃が最初に言った言葉がこれだった。


「嫌いかあ……」


 わたしはのけぞりながら相づちを打つ。


「別に盗撮したからといった理由ではなくて、性格が」


 分からない話ではない。

 ひかりは美咲や優奈への態度と、わたしや綾乃への態度が異なる。

 悪気があるというより、好きな子に対しては忠犬のように振る舞うのに、それ以外の子にはさほど関心を示さない感じだ。

 わたしには少しずつ懐いてくれている感じがするけど、綾乃はひかりと積極的に関わらないから距離が縮まらない。


「変わった子だよね」


 わたしの言葉に綾乃が頷いた。

 変わった子と言えば、綾乃もそうだ。

 聞き上手だけど、無口だしマイペース。

 飄々としていて、他の子のことを高みから眺めているような印象だったのに、いま目の前にいる綾乃はわたしと同じ中学生という感じだ。


「ひかりはもっと話をすれば態度を変えると思うよ」


「……難しい」


 わたしより何でもできる綾乃がこんなに落ち込むなんて意外だった。


「美咲や優奈に言って、ひかりに注意してもらおうよ」


 わたしの言葉では無理でも、美咲や優奈の言葉ならひかりは言うことを聞くだろう。

 綾乃への態度をもう少しどうにかすれば……。


「彼女の問題というより、私の気持ちの問題だから」


「嫌いかあ……」


 誰だって好きとか嫌いとかはある。

 わたしの力で綾乃の気持ちを変えられるとは思えない。


「どうしたいとかある?」


「もうすぐ夏休みだし、当分はこのままかな。美咲や彩花のことは好きだから」


 面と向かって好きだと言われて嬉しく思う。

 それだけに、なんとか力になってあげたい。


「やっぱり美咲に相談した方が……」


「美咲には心配かけたくない。彩花は気付いてくれたから話したけど」


 綾乃の気持ちはよく分かる。

 でも、ちゃんと言葉で伝えないととも思う。

 わたしだったら……

 わたしだったら、どうしただろう。


 良い解決策が浮かばず、かける言葉も出て来ない。

 綾乃も黙ってジュースを飲んでいる。


「彩花に聞いてもらえて、少しスッキリしたよ。ありがとう」


 飲み干したグラスを置いて、綾乃がそう言った。


「全然ダメだよ。もっと綾乃の力になってあげたいのに……」


 ダメだ。

 少し涙声になっていた。

 わたしが泣いてどうするんだ。


「そんなことない。彩花、最近変わったと思う。今の彩花になら話を聞いてもらいたいと思ったし」


「そう、……かな」


 自分では分からない。


「みんな、彩花のこと、大切な友だちだと思ってると思うし、私も」


「ありがとう」


 涙がポロポロと零れてくる。

 なぜかわたしの方が慰められている。

 でも、わたしを見る綾乃の顔が少し元気そうに見えたから良かった。

 鼻水まで出て来たけど、わたしは頑張って笑顔を作る。


「本当にありがとう。わたしも綾乃のこと好きだよ。大事な友だちだと思ってる」




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・松田美咲のグループのひとり。美咲の幼なじみ。他のメンバーより容姿などが劣っていることを気にしている。


田辺綾乃・・・松田美咲のグループのひとり。周りからは不思議系と認識されている。


松田美咲・・・グループのリーダー。育ちの良さが光り、容姿も性格も良い。一方で、細かいところに気が付くタイプではなく、視野が狭い面も。


渡瀬ひかり・・・最近美咲のグループに加わった。可愛いが、天然で、周りからは危なっかしいと思われている。


笠井優奈・・・松田美咲のグループのひとり。サブリーダー的な立ち位置。口は悪いが、友だち思い。

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