第55話 令和元年6月30日(日)「テーマ」高木すみれ

「ありがとう。わざわざ来てくれて」


 出迎えてくれた日野さんに案内されて、広々としたリビングに入る。

 いつ来ても気後れしてしまう高級感のある部屋だ。

 ソファに座っていた日々木さんが立ち上がって歓迎してくれる。


 温かい紅茶を淹れてくれた日野さんが「後はよろしく」と言って自分の部屋に入っていった。

 日々木さんによると、日野さんは読書に集中するそうだ。


「それで、相談というのは?」


 昨夜、日々木さんから文化祭のことで相談があると連絡が来た。

 夏に向けて依頼されている原稿があるものの、まだ時間には余裕がある。

 あたしは即座に承諾した。


「ファッションショーのテーマを決めかねているの」


 困った顔で日々木さんが告げる。


「日野さんは……」とあたしは日野さんの部屋の方を見た。


「可恋にばかり頼っていられないし、可恋からもわたしに任せるって言われているの」


 日々木さんの言葉にあたしは頷いた。

 日野さんの能力の高さは誰もが認めるところだけど、任せきりは良くないとあたしも思う。


「でも、どうしてあたしなんですか?」


「それは、やっぱりクリエイターだし」


 いやいやいやいや。

 クリエイターだなんて恐れ多い。


「そんなたいしたものじゃないですよ」


「あんなに素晴らしい絵を描いているじゃない。謙遜しなくていいよ」


 そう言ってもらえるのは嬉しい。


「ファッションなんて分かりませんよ?」


「無理?」


 日々木さんは上目遣いにこちらを見る。

 彼女がそんな顔をしたら誰も断れないよ。


「……頑張ります」


「ありがとう!」


 日々木さんが喜んでいるのを見るだけで来た甲斐があった。

 ファッションに詳しそうな松田さんや笠井さんの方が向いてると思うけど、できる限り力になろうと決意する。


「それで……、ファッションショーのテーマでしたっけ……」


「そうなのよ」


「どこまで考えてるんですか?」


「可恋から言われているのは中学生らしくってこと。でも、どういう風に考えたらいいか分からなくて……」


 まだ何も決まってないようだ。


「えーっと、どんなファッションショーにしたいかイメージはあるんですか?」


 日々木さんは腕を組んで考え込んだ。


「1部2部みたいに構成して、可愛いとか格好いいとかコンセプトを変えたいかな」


 数分考えて出て来た答えがこれだった。


「統一するようなイメージはありませんか? 表現したいものでもいいです」


「うーん……」


 再び長考に沈む。

 最近、森尾さんや伊東さんと会話する時に、辛抱強くと心がけているのでその経験が生かせた。


「文化祭は10月末だから、最新の冬物のトレンドを入れたいかな」


「最新の冬物のトレンドですか?」


 そう言われてもさっぱり分からない。

 日々木さんは具体例を挙げて語り始めた。

 色についてはかろうじて話についていけたが、その後のデザイナーの話やニューヨークはどう、パリは、ミラノはと言われても置いてけぼりだ。

 オタク同士の会話ではままあることなので、とりあえず満足いくまで話してもらうことにする。


「日野さんからは中学生らしくって言われているんですよね?」


 あたしが指摘すると日々木さんは呻いた。

 本人もいまの内容が中学生らしさとは無縁だとは自覚しているようで安心する。


 しかし、困った。

 否定するだけというのもよくないと思う。

 でも、あたしじゃファッションは分からない。

 あたしも頭を抱えていたが、三次元が無理なら二次元で考えるしかない。

 スマホでお気に入りの絵師のイラストを表示する。

 美少女の絵だけど、ファッション重視なので参考にならないかな。


「こういう感じはどうですか?」


「絵は上手いし、女の子は可愛いけど、服装はもうちょっと攻めた感じが欲しいよね」


 ……攻めた感じ。

 さっぱり分からない。


「こんな感じ」と日々木さんが服のデザインを絵に描いた。


「あー、なるほど……でも、中学生らしさはどこに?」


 美少女が着ても似合うとは思うけど、大人っぽくて中学生らしさは感じられない。


「うー……」とまた日々木さんが呻いている。


 あたしも同人誌の作画の依頼などで、描きたいものと描かなければならないものとの差に頭を悩ませたことがあった。

 ただあたしの場合は、マンガは仕事という割り切りもあった。

 絵画でこういうことが起きると、あたしももっと悩んだだろう。


「中学生らしさって何?」と日々木さんが叫ぶように言った。


 漠然としたイメージはあっても言葉で説明することが難しい。


「中学生に相応しい清潔感みたいなものでしょうか……」


 あたしは歯切れ悪く答える。


「この絵は清潔感がないの?」


 さっき描いた絵を示す。


「中学生というよりはもっと大人っぽい感じがするので……」


「大人に憧れるのも中学生らしさじゃないの?」


「それはそうですが……」


「わたしはいつも中学生らしくないって言われるわ。日本人らしくないとも。らしくってなんなのよ!」


 日々木さんは見た目的に小学生に間違われやすいし、見た目的に日本人に見えない。

 可愛くて妖精のようだと周りは褒めそやすが、コンプレックスでもあるんだとあたしは思った。


 結局、何も決まらないまま時間が過ぎ、ふたりが疲れ果てた頃に日野さんが部屋から出て来た。


「どうだった?」


 ふたりの顔を見て結論を察していそうなのに、わざわざ聞いてきた。

 ふたり揃って首を振ると、「そっか」と日野さんが言った。


「中学生らしさについて、まとまりませんでした」


 あたしが報告すると、日野さんはニコリと微笑んだ。


「時間はたっぷりあるから、しっかり話し合って。あと数人増やしていいから」


 うげーって思ったが、こういうところは叔母の黎さんに似ている。

 簡単に答えを教えないことも愛情だとよく言われる。


「ひぃな」と日野さんが優しい声で呼びかけた。


「プロになりたかったら、自分のやりたいことをやるのではなく、自分が求められていることをやらなきゃいけない。ひぃなには何を求められているか読み取る力がある。後は、それをどう自分の中で折り合いをつけていくか考えることだよ」


 日野さんの言葉はあたしにも強く刺さった。

 あたしの場合は何が求められているかを黎さんが懇切丁寧に教えてくれている。

 いまはそれでいいが、将来は自分の力でそれをやらなければならない。

 そのためにはちゃんとコミュニケーションを取る能力を身に付けることが必要だ。


「ファッションショーのテーマはポスター制作にも関わってくるので、この件は高木さん中心によろしく」


「わ、分かりました」


 大変だけど、これはあたしの成長にとってもプラスになると思う。

 日野さんは落ち込む日々木さんの頭をポンポンと叩いて元気づけている。

 それを見ながら、ポスターの図案や美術部で発表する絵など、文化祭に向けて自分の気持ちが盛り上がっていくのを感じていた。

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