第54話 令和元年6月29日(土)「カラオケ」須賀彩花

 今日はみんなでカラオケ。

 昨日優奈が言い出して、日々木さんがその提案に乗ったことで実現した。

 美咲や日野さんは乗り気という感じじゃなかったけど、優奈や日々木さんにねだられると仕方ないという顔で同意した。

 いちばん喜んでいたのはひかりだった。

 わたしや綾乃はいつものようにみんなが行くならついて行く。


 集合場所で最も目立っていたのは日々木さんだ。

 小雨交じりの中、白いパラソルに白いサマードレス、花柄のジャケット。

 そこだけ別の世界のように輝いている。

 晴れた日の横浜港とかなら絵になると思うけど、この平凡な郊外の駅前だと少し浮いて見える。


 その横に立つ日野さんはワイシャツに男物のようなジャケット、ジーンズ姿で格好良さが際立っていた。

 シンプルな服装なのにスタイルや姿勢が良いからモデルのように見える。

 今日は大きめのサングラスを掛けているので、いつも以上に男性っぽく見えた。


 美咲も気合いが入っている。

 いつもシンプルにまとめている髪をワイドにして、上品な高校生っぽい感じになっている。

 ブラウス、ベスト、カーディガン、ロングスカートはどれも品があり、お嬢様らしい美咲によく似合っていた。


 優奈は短めのキュロットからのぞく生足がらしい感じだ。

 ジャンパーを着込んでいるがそれでも今日は肌寒い。

 太ももを手でこすって、寒い寒いと零している。


 ひかりはセーラー服っぽいシャツの襟元を見せつつ上からサマーセーターを羽織って可愛らしい感じに仕上がっている。

 パンツもスラッとした足によく似合い、サンダルから見えるネイルのシールが優奈とお揃いだ。


 綾乃は黒いパーカーのフードをかぶり、下は黒系のチェック柄のミニスカート。

 パーカーはかなり大きめで、その裾がスカートの裾よりも長い。

 一見パーカーの下に何も穿いていないように見えるのでギョッとする。


 わたしは悩んだ末に長袖シャツにパンツ、寒かったのでジャンパーと無難に落ち着いた。

 うちのクラスはおろか、うちの学校で美少女ベストテンに名を連ねそうな6人と一緒なのだから、少しくらい気合いを入れたところで目立たないよねと悟ってしまった。


 美咲、優奈、綾乃とは一緒にカラオケに行ったことがあるけど、他の3人とは初めてだ。

 小雨が降っていたので、全員揃うとすぐにカラオケ店に向かう。

 優奈の選んだ店に入ると、男性店員がニヤついた顔で迎えた。

 日野さんがサングラスを外して近付くと、その顔が強張っていた。


「日野って便利だねー」と優奈が囁く。

 いつもの4人だと優奈が率先してこの役をしてくれる。

 しかし、優奈だと見下されることも多い。

 しつこいナンパに迷惑したこともあったので、優奈の意見に同意してしまう。


 部屋に案内され、適当に席に着く。

 日野さんと日々木さんはカラオケは初めてというので、優奈がいろいろと説明している。

 一方、ひかりはタッチパネルに飛びついていた。


「最初は慣らしでみんなで歌える歌入れる?」


「渡瀬さんが歌いたがってるし、別にいいんじゃない」


「可恋は合唱嫌いだから、いらないんじゃないかな」


 優奈の言葉に日野さんと日々木さんが答え、「じゃあ、なしでいいね」と優奈。


「最初の一巡はひとり一曲ずつでいいよね?」と優奈が主にひかりに向けて言った。


 ひかりは少し哀しげな表情を見せただけで、納得して頷いた。


「ほら、一番手で歌っていいから」と優奈がひかりの背中を叩いた。


 イントロが流れる。

 すぐにひかりが歌い出す。

 普段の可愛らしい声とは全然別人の声のように聞こえる。

 英語の歌詞を厚みのある歌声で紡ぐ。

 聞き馴染みのある曲……Jupiterだ。

 声量は申し分ない。

 音程もばっちり。

 情感も籠もっていて、雄大に歌い上げていく。

 上手すぎるんですけど……。

 合唱部ってみんなこんなに上手いの?

 それともひかりが特別なの?


 歌い終わっても余韻を味わうような沈黙があった。

 そこからの絶賛の嵐。

 特に美咲や日々木さんが凄い凄いを連発している。

 ひかりが照れている横で、ひとり優奈だけは「この次ってめちゃくちゃ歌いにくいじゃん」と嘆いている。


 優奈の選曲は乃木坂46。

 優奈らしくそつなく歌った。

 でも、ひかりの後は辛かった。

 決して下手じゃないし、盛り上げる感じも作っていたのにひかりのインパクトの前に霞んでしまった。


「これからはひかりはみんなが歌い終わった後じゃないと」とぶつぶつ言いながら優奈が席に座り、「次は?」と問い掛けると日野さんが手を挙げた。

 成績優秀スポーツ万能の日野さんの歌ということでみんなの注目が集まる。

 イントロで曲名が分かった。

 いまカラオケでもっとも人気がある曲。

 米津玄師の曲を歌い始めた。

 男性の曲なので女性が歌うのは難しいが、日野さんの低音は魅力的だ。

 声量もあるし、音程もバッチリ。

 サビの高音も綺麗。

 ただ惜しむらくは淡々と歌っている感じで、ひかりのような情感が籠もる感じが足りていない。

 いや、ひかりが凄すぎたので、これでも普通なら十二分に上手いと思うのだけど。


 それでもほとんど全員が日野さんの歌をうっとり聴き惚れていた。

 特に日々木さんは潤んだ瞳で日野さんを見つめていた。


 次は美咲。

 選んだのはあいみょん。

 わたしもあいみょんにするつもりだったので、曲がかぶらずにホッとする。

 美咲は堂々と歌っている。

 感情を込めてはいるものの、お世辞にも上手いとは言えない。

 本人に自覚がないようなので、それを教えた方がいいのかわたしたちの悩みの種となっていた。


「美咲って意外と下手なのね」


 歌い終えた美咲に面と向かってひかりが言い放った。


「ひかりと比べたらみんな下手だよ」とわたしが慌ててフォローする。


 気まずい空気の中、わたしの番が回ってきた。

 練習通り、練習通り、と言い聞かせながら、あいみょんの歌を歌った。

 可もなく不可もなくというのがわたし自身の評価だ。

 ひかりから下手と言われなかったので安堵していると、日野さんから「上手いね」と不意打ちのように言われた。

 お世辞だと分かっていても嬉しかった。


 綾乃が入れたのは聴いたことのないボカロの曲だった。

 彼女はたいていマイナーな曲を歌う。

 しかも、1曲歌ったら終わり。

 小さな声でボソボソと歌うので聞き取りづらく、知らない曲なので上手いかどうかも分からない。

 そこまで下手だとは思わないんだけど。


 最後が日々木さん。

 注目が集まる中でニコニコと余裕を見せている。

 日々木さんは日野さんに耳打ちをして、日野さんは困った顔で頷いた。

 日々木さんだけでなく、日野さんもマイクを握った。

 イントロが流れる。

 聴いたことがある曲だ。

 日々木さんが英語で歌い出す。

 あ、美女と野獣だ。


 日々木さんはひかりや日野さんほど上手いとは感じない。

 でも、音程はしっかり取れているし、英語の歌詞を情感豊かに歌っている。

 ひかりや日野さんが別格過ぎるだけで、優奈やわたしよりも確実に上手い。

 声が幼い感じだけど、それ以外に欠点らしい欠点はない。


 男性パートを日野さんが歌う。

 歌詞を見ながら歌っているので、ところどころつまずいている。

 それでも、日々木さんに歌いかけるような感じなので、グッと心が揺さぶられるようだった。

 わたしはほぼ完璧だった米津玄師の歌よりこちらの日野さんの方が好きだなと思った。


 歌うことに夢中のひかりを残して、雑談タイムとなった。

 美咲が「日々木さん、お上手ですね」と褒めると、「映画が好きだから、映画音楽だけは興味があるの」と日々木さんが答えた。


「ピアノやってたからある程度はね」と日々木さんが謙遜すると、日野さんが「松田さんはピアノ習ってないの?」と聞いた。


「お琴を少々」という美咲の答えに全員が絶句した。


「日野さんはどれくらい練習したの?」とわたしが質問すると、「カラオケに行くことに決まったから昨日の夜に一夜漬けで2曲覚えた」と答えてくれた。


 それだけでも驚きなのに、「美女と野獣はこの前ひぃなと一緒にDVDを見ただけだから、無茶振りもいいとこだよ」と苦笑する。


「何、それ、自慢?」と優奈が睨むと、「声楽やってる人に昔、特訓してもらったから音程なんかは大丈夫だけど、それ以上は好きじゃないとダメだね」とひかりの方を見て日野さんが言った。


 納得したのか優奈が「それにしても、ひかり、上手すぎだよね」と話題を変えた。


「ソフトテニス部に入部するって話は?」と日野さんが聞く。


「保留中」


「そっか」


 合唱部に未練がないようなことを言ってたけど、やっぱり辞めたくないのかな。

 優奈と日野さんが頭を悩ませているのを見て、わたしじゃどうしていいか分かんないやと思ってウーロン茶を飲んでいたら、優奈におでこをペチンと叩かれた。


「彩花もひかりの友だちでしょ。一緒に考えてよ」


 そうだよね。

 わたしにもできることがあるかもしれないよね。


「ごめん」と謝りつつ、わたしは優奈を少し見直した。

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