第46話 令和元年6月21日(金)「日野との対決」山田小鳩

 期末テストが終わって、校内には弛緩した空気が漂っている。

 しかし、この生徒会室は例外だった。


「2年生と3年生には協力を取り付けたわ」


 狭い生徒会室の中央に立つ日野が目を細めて私に言った。

 私は自分の席に座って、その報告を聞く。


 前回ここで日野たちと話し合ったのは先週の木曜日だ。

 1週間以上あったとはいえ、テスト期間中で動く暇などないと思っていた。


 ……拙速に過ぎるんじゃ。


 私は驚きを隠して冷静さを取り繕う。


「1年生を紹介します」


 私の言葉に日野が頷く。

 対人関係の苦手な私にとっては面倒なことだが、生徒会の1年生にお願いして大至急手はずを整えなければならない。

 月曜の朝には紹介しろと日野の顔に書いてあるように感じてしまった。


「如何様に説得したか拝聴してもよろしいですか」


 何かの参考になるかと軽い気持ちでそう尋ねた。


「2年はひぃなのネットワークがあるので。ちょうどテスト期間ということもあり、試験問題の予想と引き換えに同意してもらった」


 日野は淡々と話す。

 ノートの一件があって、彼女の頭の良さは他のクラスにも広まっている。

 次の文化祭実行委員会で合唱禁止の提案への協力を得るというかなりハードルの高いお願いに本当にそれだけで了承してもらえたのか疑問の余地があるが、日野がこれ以上のことを話すことはないだろう。


「3年は母が勤める私立大学の学生との協同企画という提案を校長に認めてもらったので、すんなりと協力を得られたわ」


 意味が分からない。


「大学生サイドはフィールドワークを学ぶという建前で中学生の文化祭に参加してもらう。中学生サイドは超一流大学の学生と交流が図れる。間もなく正式なものとして承認されるわ」


 呆然とする私を見かねて、日野が説明してくれた。


「3年でなくても良かったんだけど、面白いくらいに飛びついてくれたわ」


 有名私大の学生が自分たちの文化祭に関わってくれるというのは一部の生徒にとってはかなりワクワクすることだろう。

 そして、その一部の生徒は発言力のある生徒だと予想できる。


 もはや合唱禁止にしなくても、かなり大きな変化がある文化祭になることは決まったようなものだ。

 そして、親のコネがあるとはいえ、とんでもないことを考えると呆れてしまう。

 普通の中学生にとって、家と学校が生活の全てだ。

 学校の中の問題は学校の中で解決することしか考えない。

 私は日野が普通の中学生にない視点を持っていることを羨ましく思った。


 私が自分の考えに沈んでいる間に、日野は今後の日程について言及する。

 基本的に唯々諾々と教師に従うだけの生徒会だが、今回のような臨時の会合では教師の許可を得て日程を調整する。

 その説明をしながら、私は焦りを覚えた。


 日野に協力しようと思ったのは、校長の語る生徒の自主性を尊ぶ姿勢に共感したからだ。

 生徒会も改革して生徒の自主性に関与できる組織にしたい。

 そんな私の想いはまったく形になっていなかったが、日野の力を借りることができれば前へ進むことができるかもしれないと思った。

 けれども、私がもたもたしているうちに日野はひとりですべてやり遂げてしまう勢いだ。

 私は生徒会の名前を貸すくらいしか彼女を手伝えていない。


「有志により合唱を企画するのは如何でしょう」


 私が絞り出したのはこんな提案だった。


「クラスや部活以外でも発表は容認されていますが、バンド活動等が認可されないため名目だけの規則と化しています。合唱を希望する生徒の救済に対する大義名分とすることができます」


「つまり、教師サイドから合唱をやりたい生徒がいるのにと指摘されたときの言い訳ね」


 日々木が小首を傾げたので日野が補足した。


「文化祭で合唱をしたいから合唱部に入れというのも筋違いだから有志による企画は面白いと思うけど、当てはあるの?」


「……全力で遂行します」


 単なる思い付きだったので、協力を頼む人物の目星は立っていない。


「適材適所でやればいい。無理する必要はないから」


 日野がそんな私を見透かして言った。

 私は歯を食いしばる。

 ここで甘える訳にはいかない。

 日野に無能と見切られることだけは避けたい。


 私は小学校時代いじめに遭った。

 勉強はできたが、対人関係に難があり、無視や陰口は絶えなかった。

 不登校の時期もあり、中学への進学時に学区外のこの学校を選んだ。

 幸運なことに、ここで日々木と出会った。

 私は彼女に救われた。


 私はキャラという鎧を着ることで居場所を作った。

 相変わらず対人関係はうまくいかないことも多かったが、日々木がサポートしてくれた。

 そんな私は何かを成し遂げたくて生徒会に入った。

 生徒会は思っていたような組織ではなかったが、少しずつ周りに認めてもらえるようになった。


 私はもっとできる。

 日野や日々木相手に胸を張って話したい。

 子どもっぽい強がりだと笑われるかもしれないけど。

 私は立ち上がった。


「心配無用。必要な時は自ら申告します」


 日野は有能だ。

 私なんかよりもずっと。

 生徒会の改革も日野の手を借りなければ一歩も進まないかもしれない。

 だが、日野に頼り切ってはダメだ。


 日野相手に対等に話し合おうとする重圧はかなりのものだったが、なんとか終わった。

 対等という判定は相当甘いと思うが、それでも今の自分にできることをすべて出し切った感じがする。


「小鳩ちゃん、ごめんね。色々と大変なことになって」


 話し合いでは一言も発しなかった日々木が気遣ってくれた。


「否。我が願望の為なれば協力は惜しまず」


 虚勢を見破るように「大丈夫? 疲れてない?」と日々木は心配する。


「ファッションショーが成功したら、見返りは期待していいわ」


 日野らしい言い回しだ。

 私は仁王立ちで見得を切った。


「その代価、高くつくぞ」


 日々木と日野は揃って吹き出した。

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