第41話 令和元年6月16日(日)「父の日」日野可恋
朝方までは肌寒かったのに、その後ぐんぐんと気温が上がった。
暑いのは平気だが、このような急激な気温の変化は堪える。
午前中から、うちでひぃなや安藤さんと期末テストの勉強会をしたが、エアコンを入れるかどうか迷った。
テスト前なのでスイミングスクールでの練習が禁止されている安藤さんのために、テスト範囲のキーワードを集めたプリントを作っておいた。
「忙しいのにありがとうね」とひぃなに感謝されたが、安藤さんには私の手が届かないところでのひぃなの護衛をお願いしているので、この程度の協力は惜しいと思わない。
それにこのプリントは他の人にも使い回すことができる。
安藤さんは成績が悪いと練習の制限がされてしまうということで、テスト前は集中して勉強している。
その集中力の高さはかなりのもので、勉強へのモチベーションがあればもっと成績が良くなるのにと思う。
いまのところ、定期テストは暗記で乗り切れるし、高校も推薦の話があるらしいからいいけど。
「ひぃなは勉強大丈夫?」
私が聞くと、ひぃなは親指を立ててニコリと笑った。
数学しか見ていないので他の教科は本人任せだが、試験で緊張して実力を発揮できないなんてことがなければ大丈夫だろう。
「可恋は何の勉強をしてるの?」
「法律」
ひぃなが眉間に皺を寄せる。
「可恋って5教科以外はどうなの?」
「そこそこ取れれば十分でしょ」
ひぃなは私の返答に不満を隠さない。
「やろうと思えばできるよね?」
「私は何ごとにも優先順位をつけるタイプだから」
私がそう言って微笑むと「知ってる」とひぃなは諦め顔で肩を落とす。
お昼は牛肉と野菜の炒め物やスープなどを作った。
安藤さんが一緒なので、ボリュームも考えて献立を決めた。
「ひぃなの分。頑張って食べてね」
「ちょっと多くない?」
「私や安藤さんの半分くらいだよ」
ひぃなの食事量もかなり改善された。
それでも身体のサイズやカロリー消費量の違いがあるので無理させないように調整している。
安藤さんは面白いように食べてくれる。
スポーツ選手にとって食べられることも才能のひとつだ。
私も彼女につられるように食が進んだ。
ひとりでの食事だと食べることを義務に感じてしまうこともあるが、最近はそういう思いをすることが減っている。
私や安藤さんが食べ終わっても、ひぃなはあと少し残していた。
「無理しなくてもいいからね」と声を掛ける。
食べることがストレスになってはいけない。
ひぃなは「大丈夫」と言って箸を運ぶ。
食べ終わるまでのんびりと待つ。
ひぃなが食べているのを見ているだけで癒やされるから退屈しない。
「ひぃなは少し休んでてね」
「ありがとう」
食べ終わった食器を片付け、洗い物を済ませる。
ダイニングに戻ると、ひぃながうとうとしていた。
「眠い?」
「ちょっと」
「昨夜眠れなかった?」
心配になって尋ねた。
昨夜はひぃなを怖がらせてしまった。
危険を知らせるためだったし、細心の注意を払ったつもりだったけど、それがトラウマになってしまったとしたら大変だ。
「少しだけね」
「怖かったから?」
「それより、お風呂で少しのぼせたせいかも」
そういえば初めてふたりで一緒にお風呂に入った。
入る前は元気だったのに、入るとすぐにひぃなは顔を真っ赤にしていた。
照れてるだけかと思っていたので、のぼせていたのなら今後はもっと気を付けないといけない。
「少し横になる?」
私の言葉に素直に従って、ひぃなはリビングのソファでお昼寝をした。
私と安藤さんはその横にクッションを置いて、そこで勉強を続けた。
2時間ほど経ってひぃなが目を覚ました。
水分補給を兼ねて、私や安藤さんも休憩を取る。
「今日って父の日でしょ」
私から切り出した。
ひぃなからは言い辛い話題だと思った。
「ひぃなのお父さんだけにって訳じゃないんだけど」
私は小さな紙包みをひぃなに手渡した。
「いつもご馳走になっているからそのお礼ね」
「いいのに」と恐縮するひぃなに「渡す相手がいないから」と私は微笑んだ。
父からは養育費を受け取っているが、物心ついてからは会っていないし、向こうは再婚して子どももいる。
「栞なの。色違いが4枚入っているから」とプレゼントの中身を明かす。
ネクタイなんかはひぃなが贈りそうだし、お世話になっているので家族四人分用意しようと思った。
ひぃなからは以前ノートのお礼としてブローチをもらったことがあったのに、私からは特別な贈り物をしていない。
ひぃなより先にひぃなのお父さんに贈り物をするというのもどうかと思うし、ひぃなへ贈るには何かそれなりの口実が欲しい。
そんなことを考えた挙げ句、この贈り物に決まった。
「あと、母から、近いうちにご家族ご一緒にお食事をしませんかって。中華街あたりどうかなって言ってるんだけど」
「中華街ならよく行くお店があるから、お父さんに聞いてみるね」
結局、勉強を再開することなく、遅くならないうちにひぃなを送ってもらうことになった。
私もスーパーマーケットに買い物に行くので一緒に家を出る。
「安藤さん、ひぃなをよろしく」
安藤さんはしっかりと頷いてくれた。
「また明日ね」とひぃなが笑顔で手を振った。
「うん、また明日」と私も手を振り返す。
少しだけ寂しさを感じる時間。
私はひとつ息を吐き、歩き出した。
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