第36話 令和元年6月11日(火)「文化祭の提案」日々木陽稲

「良かったね、渡瀬さん、元気そうで」


 可恋が教室に残る生徒を追い出すのを見ながら、わたしは松田さんに声を掛けた。


「本当に」と松田さんが微笑む。


「声を掛ける時はとても緊張しましたが、勇気を出して良かったです」


 松田さんがホッとした表情でそう語った。

 わたしは微笑み返す。

 他の生徒がいなくなったので、可恋が窓際に来るようにわたしたちを呼んだ。


「他の子にも注意を払ってあげてね」


 移動しながら、わたしは松田さんに小声で語り掛けた。

 松田さんのグループに渡瀬さんが入り、不安そうな顔を見せる子がいて気になっていた。

 松田さんは少し驚いて「はい」と頷いた。


 わたしが適当に席に着くと、可恋が隣りに座った。

 松田さん、千草さん、高木さんも椅子に座る。

 放課後、可恋が話があると言って残ってもらったメンバーだ。


「ちょっとした相談なんだけど」


 可恋はすぐに本題に入る。


「文化祭のことなの」


 わたしを除く3人は怪訝そうな顔になった。

 それはそうだ。

 文化祭は10月末にある。

 いまはまだ6月上旬。

 4ヶ月も先の話だからピンと来ないのも分かる。


「変わったこと……過去に例がないようなことをやろうと思ってるのよ。そうすると、意外と時間がないの」


 可恋がスケジュールを説明する。

 来週、期末テストがある。

 その1ヶ月後から夏休み。

 8月末に夏休みが終わり、その1ヶ月後に運動会。

 10月上旬に中間テストがあり、下旬に文化祭。


「テスト明けから文化祭まで3週間あるから、普通の発表ならそれで十分だと思う。合唱とかだとね」


 みんなが頷いた。


「2学期が始まったら運動会の創作ダンスのために時間を取られるでしょ?」


 可恋は1年の3学期に転校してきたから知らなかったけど、去年は毎日のように練習があって大変だったとわたしが可恋に伝えている。


「テストや運動会のことを考えると、2学期はテストが終わってからしか時間が取れないし、夏休み中に何度も集まるのは難しいよね。なら、1学期の期末テスト後の1ヶ月を有効利用したいなと思って」


 3人が納得の顔を見せる。


「それで、何をするのです?」


「ファッションショー」


 松田さんの質問に間髪入れずに可恋が答えた。

 3人は驚きの声を上げる。


「建前で言えば、ファッションショーという演劇。衣装を着て、舞台に立ち、音楽などで演出する。同じようなものね。セリフがない分、演劇より楽かな」


 可恋がニコリと笑う。


「提案したのは可恋だけど、わたし、どうしてもやりたいの。協力して欲しいの」


 わたしは立って頭を下げる。


「驚きましたが、反対ではありません。本当にできるのなら、楽しそうですし」


 松田さんがわたしを見て言った。

 高木さんも賛同するように何度か首を縦に振った。


「でも、できるの?」


 千草さんが可恋に鋭い目を向けた。


「もちろん、難しい。クラスの同意、学校の許可、準備、すべてがこれからだし、前例がないから大変。クラスが一致団結しないと成功しないと思う。勝算はあるけど、決して高くはないわね」


「それでもやるのね?」と千草さんが確認する。


「面白そうじゃない」と可恋がわたしを見て言った。

 他の3人の視線もわたしに集まる。


「日々木陽稲の初めてのファッションショーを見てみたくない?」


 可恋の言葉に顔が真っ赤に火照った。

 自分の鼓動が聞こえる。

 可恋から話を聞いた時はただ単に面白そうと思っただけだったのに、今の言葉を聞いて責任感や緊張が押し寄せてくる。

 しかし、それは悪い感覚じゃなかった。

 むしろワクワクするような気持ち。


「わたし、頑張る」


 温かく見守るような視線が注がれているのが分かる。

 わたしはストンと腰を下ろし、少し恥ずかしくなって俯いた。

 そんなわたしの肩に可恋が手を置く。

 可恋を見ると、ニヤニヤと笑っていた。


「それで、これからどうするの?」


 話を変えるために、わたしは大きな声で言った。


「まずは、クラスの合意だね」と可恋がいつもの表情に戻って話し始めた。


「いきなり全員を協力的にさせるのは無理だけど、賛成はしてもらわないと始まらない。松田さんと高木さんは自分のグループで賛成してもらえるように話して欲しい。千草さんは塚本さんにお願い」


 3人が同意する。


「麓さんと三島さんには私から話す。三島さんはいつ登校するか分からないので、学校に来てからだけど」


「男子は?」とわたしが訊くと「明日、私とひぃなで男子の中心メンバーに話を通そうか」と答えた。


「ファッションショーの具体的なイメージってあるのですか?」


 松田さんの質問に、「モデル役は女子全員にやってもらいたいと思ってる。男子は裏方に回ってもらうことになりそう」と可恋が回答した。


「準備の面から言うと、モデル、服、裏方の3つを分担してやってもらおうと思う」


 そう言って、可恋が3本の指を立てた。


「モデルは当日は出演の順番の管理くらいだけど、姿勢良くちゃんと歩くための練習が欠かせないから、ひたすらウォーキングの練習だね」


 可恋がニコリと笑う。

 3人はフンフンと頷いているけど、可恋のスパルタが炸裂しそうでわたしは戦々恐々だ。


「服は、女子に持ち寄ってもらったり、レンタルしたりと考えてる。管理が大変だけど、ほとんどは2学期の中間テストが終わってからになると思う」


 空き教室を借りてそこに保管できないか聞いてみると可恋が続けた。


「裏方は音楽や照明、舞台の飾り付けなどかなり人手が必要になりそう。モデルとの兼任は無理だから、男子に担当してもらうね」


 ランウェイ――キャットウォークとも呼ばれる舞台から観客席に張り出した細い道を作れるかどうかで悩んでいると可恋は語った。


「モデルは松田さん、服は千草さんがメインで担当して欲しい」


 松田さんと千草さんが頷いた。

 松田さんはグループのメンバーも多いし、彼女が率先して動けばついてくる人も多いだろう。

 千草さんは塾で忙しいので短期で済む服の担当の方が向いてそう。


「裏方は男子に任せるけど、私がフォローします。高木さんには宣伝用のポスターを制作して欲しい」


「ポスターですか?」


「それっぽい、格好いいのがいいね。そういうのがあるとみんな盛り上がるだろうし」


「が、頑張ります」


 可恋の言葉にわたしも納得する。

 気持ちを盛り上げることは大切だ。


「ワクワクしますね」と松田さんもやる気を出している。


「当日の仕事としては、ひぃなに習って私と高木さんはメイクをできるようにしておこう」


 わたしも舞台用のメイクはよく知らない。

 勉強しておかないと。


「一度、本物のファッションショーの見学ができたらいいなと思ってるけど、夏休みあたりかな」


 こうして話し合いが終わった。

 計画を語り合ういちばん楽しい時間だったかもしれない。

 これからは現実の壁が待ち構えているんだろう。

 でも、乗り越えたい。

 このワクワク、ドキドキを文化祭の場でみんなに伝えたい。

 みんなと共有したい。


 可恋と一緒ならできるとわたしは信じる。

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