第36.5話 令和元年6月11日(火)「文化祭の提案」藤原みどり

 放課後、溜まっている仕事を片付けていると小野田先生に呼ばれた。

 見ると日野さんたちが職員室の扉のところに立っていた。


「ついてきてください」


 小野田先生にそう言われ、後に続く。

 職員室を出て向かった先は校長室だった。

 扉をノックし、小野田先生が中に入る。

 私や日野さんたちも後に続く。


 校長は普段より疲れた表情をしていた。

 50歳ほどの渋い男性だが、キャンプの一件以来老けたように見える。

 それでも生徒たちに対しては穏やかな顔を向ける。


「文化祭の内容が決まりました」


 日野さんが淡々と話し始めた。

 この子は緊張というものを知らないのかと思ってしまう。


「ファッションショーをやります」


 思わず「えっ!」と声が出る。

 慌てて口に手をやるが、誰も私に注目することなく話が進んでいく。


「演劇のようなものと考えてください。衣装を着て、舞台に立ち、音楽などで演出する。ファッションショーという演目です」


「面白いね」と校長が喜んだ。

 目尻が下がり、この提案を本気で気に入っているように見えた。

 以前、校長が小野田先生を通じて合唱以外の提案をするようにけしかけていた。

 日野さんはそれに応えた形だ。


 一方、小野田先生は難しい顔をしていた。

 ひとつ息を吐いた後、重い口を開いた。


「反対意見がかなり出そうですが、前向きに検討しましょう」


 その言葉に日野さんが「よろしくお願いします」と頭を下げ、それを見て日々木さんと安藤さんが頭を下げる。


「生徒たちへのサポートは藤原先生に一任します。話し合いなどにも積極的に参加してあげてください」


 小野田先生が私に向かってそう言った。

 小野田先生は反対する先生方への対応で精一杯ということなのだろう。


「分かりました」


 話が終わり、生徒たちが校長室を出て行く。

 私も続こうとしたら、小野田先生に呼び止められた。


「田村先生に報告ですか?」


「なっ! 単にテストの打ち合わせです」


 図星を突かれて、私は慌てた。


「田村先生に傾倒するのは構いませんが、彼女も3月に移動ですよ」


「え!」


 そんな話は聞いていない。


「本当です。谷先生のことで責任を取るのは私と小野田先生、田村先生の3人です」


 それまで黙っていた校長が私に語った。


「一緒について行きたいなら止めませんが」と小野田先生が冷たい声で言った。


 田村先生は同じ国語担当なので顔を合わせる機会が多い。

 話すうちに、教師の権利や環境改善に取り組む田村先生に賛同するようになった。

 谷先生のような異常な人のせいで田村先生まで責任を取らされるのは間違っていると思う。


「ついて行きたい訳ではありません」


 田村先生は尊敬するものの、ついて行く気はさらさらない。


「ファッションショーに反対ですか?」と小野田先生が訊いた。


「だって、中学生に相応しいと思いません」


 私は率直な感想を言った。


「だったら、日野さんを説得してみなさい」


 さすがに「あの子、怖いです」なんて言えない。


「……分かりました」


 日野さんを直接説得することは難しいが、クラスに反対派を作って多数決で反対に持ち込むことはできないかなと漠然と考える。


「行っていいですよ」と小野田先生に言われて校長室を出る。

 田村先生の元に足を向ける気にはならなかった。

 期末テストも近い。

 私は目の前の仕事を片付けることを優先した。

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