第32.5話 令和元年6月7日(金)「事情聴取」高木すみれ

 講堂での全校集会の後、教室に戻り、事情聴取を受ける生徒のひとりとしてあたしの名前が呼ばれた。

 昨日日野さんから聞いていたので、心の準備はできていたけどドキドキしてしまう。

 他の生徒は会議室に呼ばれたのに、なぜかあたしだけ校長室に呼ばれた。


「失礼します」


 中で待っていたのは、キャンプの時に会った警察官だった。

 続木と名乗ったその女性はにこやかに笑って席を勧めてくれた。

 横の方に制服姿の婦警さんが座っていて、何かを書いている。


「話を聞くだけだから、緊張しないでね」


 続木さんはあたしの緊張をほぐすように優しい声で話してくれるが、そうは言われても緊張してしまう。

 色々とやましさだってある。

 中学生なのに18禁の同人誌を描いていたり、マンガの参考にするために怪しいサイトを見ていたり、日野さんと日々木さんのヌードのデッサンって児ポ法に引っかからないかと心配したりと。

 コミュ力のあるオタクと自称しているものの、所詮はオタクの悲しさで、こういう時にちゃんと話せるか不安でいっぱいというのもある。

 まあこんな経験は滅多にできないので、良いネタが拾えないかと思ってしまう気持ちもあったりはするのだけど。


「クラスのレクリエーションが終わってすぐに更衣室に行きました」


 あたしは二日前の記憶を思い出しながら話し始めた。


「事前に聞いていましたが、レクリエーションの時にも終わったらすぐに来てと日野さんに言われました。更衣室に行くと、風呂場に隠れてスマホで撮影して欲しいと言われて驚きました。できるか不安でしたし、見つかったらどうしようとビクビクしていましたが、日野さんが更衣室を出てすぐに渡瀬さんが入って来ました。灯りが点いていなくて暗がりの中でスマホの灯りを頼りに、渡瀬さんはゴミ箱のところと脱衣籠のところで何かゴソゴソとしていました。そして、あたしに気付くことなく出て行こうとしました。すると、日野さんが入って来て、あっという間に渡瀬さんの手足をタオルで縛り、風呂場に連れて来て閉じ込めました」


「そこはなかったことにしましょう」


 あたしは話を遮られて驚いた。

 でも、日野さんを庇うためだと思い納得した。


「日野さんに、20分ほど後に三島さんを連れてくるように松田さんに頼んで欲しいと言われました。渡瀬さんに聞かれないようにこっそりとです。それからキャンプ場の駐車場に行って警察の方をここに案内するように言われました」


 続木さんはひとつひとつ頷いて聞いてくれる。


「松田さんのところに行きました。日野さんの言葉を伝えると、松田さんは驚いていましたがすぐに承諾してくれました。その後、あたしは駐車場に行きました」


 ここから先のことは続木さんも知っていることだと思ったのに、話を続けるように促された。


「あたしはそこにいらっしゃった警察の方々を更衣室まで案内しました。……すぐには中に入らずに裏手に回って盗み聞きしていました。……三島さんが更衣室に入ると、入口に戻り中の様子をうかがっていました」


 盗み聞きをしたり、中の様子をうかがったりしていたのはいま目の前にいる続木さんだけど。


「警察の人が中に入り、渡瀬さんと三島さんを連れ出しました。田村先生と小野田先生もすぐに付いて行きました。残った生徒たちは日野さんに口止めされて解散しました」


 ダメな作文のようにダラダラと話しているなあと心の中で思いながら話を続ける。

 マンガに描くならメリハリが必要なんだけど。


「あたしは日野さんに呼び止められて更衣室で録画したSDカードを渡しました。日野さんはそれを持ってロッジから出て行ったみたいでした。他の人たちはそれぞれ自分たちの部屋に戻りました。あたしの班の部屋にいたふたりはスマホでゲームをしていました。お風呂が使えなくなったことを伝えて、あたしは寝ました。かなり疲れていたんだと思います。すぐに眠っちゃいました」


「ありがとう」と続木さんに言われて肩の力が抜ける。


 渡瀬さんが仕掛けていた時の様子をもう少し詳しく聞かれ、それから渡瀬さんや三島さん、谷先生についても質問された。

 あたしはこの3人とはほとんど喋ったことがなかったのでそう答えた。


 最後に雑談のような感じで日野さんのことを聞かれた。

 あたしが日野さんのことを語るなんて恐れ多いと思ったので、当たり障りのない答えしか返せなかった。

 それでも班長会議であたしが落ち込んでいた時に言葉を掛けてくれたことを話すと喜んでくれたみたいだった。

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