令和元年6月
第26話 令和元年6月1日(土)「衣装作り」日々木陽稲
キャンプでわたしたちの班は仮装ダンスをやることになった。
子どもの頃に見ていたTVアニメのダンスを、衣装を着て踊る。
アイディアを出した可恋は乗り気で、ダンスだけでなく寸劇も班の男子たちと考えているようだ。
ステッキなどの小道具は、高木さんに相談すると貸してくれることになった。
高木さんの叔母さんカッコ独身がコレクションしているそうで、快く貸してくださるという。
衣装も貸してくれると言われたが、あまり本格的なものはかえって恥ずかしいし、折角なので手作りすることにした。
少しくらいはわたしも可恋にいいところを見せたい。
時間もないのでそんなに凝ったものは作れないが、わたしと可恋、純ちゃんの3人分の衣装の制作に張り切っていた。
これまで少しずつ準備をしていたので、今日の午後は可恋とお姉ちゃんに手伝ってもらいながら一気に完成までこぎ着けたい。
裁縫は好きだし、得意だと思ってる。
とはいえ、できることはまだまだ少ないし、イメージ通りのものを作る難しさはいつも感じている。
お姉ちゃんはわたしの手伝いをしてくれることが多いので、その実力をよく知っている。
手先は器用だし、同世代の女の子と比べても裁縫の腕は優れている方だろう。
料理も上手いし、いつお嫁さんに行っても大丈夫だねとわたしが言うと、嫌な顔をするけど、自慢の姉だ。
可恋は本人が「学校で教わったレベル」と言った通りに、裁縫は得意ではなかった。
心の中でガッツボーズをする。
可恋に勝てるものがひとつもないと辛いもの。
いつもはわたしが教えられてばかりだけど、今日はわたしが教える側でニヤニヤ笑いが止まらない。
それでも、一度教えたことは完璧にこなすので、油断はできない。
「裁縫の特訓をして、わたしより上手くなったりしないよね?」と可恋に尋ねると、「ひぃなが特訓しろって言ったら頑張るよ」と笑いながら答えた。
「絶対にそんなこと言わないから!」
わたしが叫ぶと可恋とお姉ちゃんが声を出して笑った。
でも、可恋が言うと冗談に聞こえない。
衣装作りは順調に進んだ。
可恋の提案でわたしの衣装だけマジックテープで留める形になったりと、予定外のこともあったけど、無事に完成した。
いかにも手作りって感じだし、細かな飾りはもう少し直したいなと思っている。
時間はもう夕方で、お姉ちゃんは慌てて買い物に行った。
入れ替わるように、純ちゃんがスイミングスクールが終わってわたしの家に来てくれた。
衣装合わせをして、3人でダンスの練習をする。
「可恋、上手いね」
わたしが褒めると可恋がニコリと笑う。
わたしと純ちゃんは子どもの頃によく踊ったダンスだけど、可恋は見ていなかったそうだ。
それなのに、すぐに覚えていちばん上手く踊る。
「安藤さんは、ここをこうして……」と可恋がいくつか指摘をすると、純ちゃんも見栄えのするダンスができるようになった。
わたしは自分では踊れているつもりなのに、可恋から合格がもらえない。
可恋が動画に撮り、それを見ると確かにひどかった。
「ひぃなは可愛いからいいよ……」と最後はほとんど匙を投げられてしまった。
可恋や純ちゃんも一緒に夕食。
その後、お父さんに送ってもらって可恋の家に行く。
木曜日のお泊まりは、行って、寝て、朝5時過ぎには可恋に送ってもらって帰って来るという慌ただしいものだった。
入浴時間もあったので、一緒にいたのは1時間あったかどうかだろう。
可恋は隣りでひぃなが寝ているだけで癒やされたと言ってくれたけど。
今日は可恋のお母さんが仕事で帰ってこないそうだ。
「大阪で一泊するから、一緒に来ないかって言われたんだけど」
可恋の家に着くと、そう言って肩をすくめた。
可恋は大阪出身だ。
「祖母の家に泊まってもいいしって。こちらに引っ越してから一度も帰ってなかったし……」
「どうして行かなかったの?」と聞くと、「疲れるから」と苦笑した。
「母も祖母もずっと一緒にいると疲れるんだよ。私もそうだけど、マイペースで他人を気遣わないから」と可恋が自嘲する。
「私は自分のペースを乱されるのが本当に苦手だから、旅行となるとかなり躊躇っちゃう。ひとりが気楽でいいとずっと思ってきた」
そう言うと可恋はわたしをじっと見つめた。
「だから、ひぃなは特別」
その言葉にわたしの鼓動が高鳴った。
わたしも可恋を見つめる。
可恋は穏やかな笑みを浮かべている。
静けさを打ち破ったのは可恋の一言だった。
「じゃあ、宿題やろうか」
ドッと力が抜け、やり場のない怒りが沸いてくるけどそれを笑顔で封じ込める。
そうだよね。
宿題やらないといけないよね。
わたしの家を出る前に忘れないように念を押していたよね。
可恋のバカ!
宿題を終わらせ、お風呂に入るともう就寝の時間だ。
ずっと一緒にいても、可恋とは話し足りないと思ってしまう。
もっと可恋のことが知りたい。
広々としたダブルベッドの上で、わたしは可恋に話し掛ける。
「旅行が苦手なら、キャンプも苦手?」
「昔だったらサボってたね」と可恋は軽い口調で答えた。
「わたしのために来てくれるの?」
「ひぃなのためでもあるけど、私もキャンプを楽しみにしているよ」
可恋のその言葉がどこまで本当なのか、わたしにも分からなかった。
でも、キャンプで可恋とたくさん楽しい思い出を作ろうと思った。
可恋の言葉を本当にするために。
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