第25話 令和元年5月31日(金)「班長」高木すみれ

 班長会議では日々木さんを始め、あたしに気を遣ってくれる人がいるからあまり負担に感じない。

 でも、班の中での話し合いは非常に疲れる。

 森尾さんと伊東さんは意見を言ってくれたりしないし、ちょっとでも面倒だと思うと露骨に嫌な顔をする。

 男子も雑談ばかりでまともに話し合いをしない。

 女子3人がオタクということで、馬鹿にするような言葉を投げつけられたりもする。

 キャンプが間近に迫ってきたというのに、いまだにレクリエーションの出し物が決まっていない。

 今日の班長会議で報告して承認してもらわないといけないのに。


 あたしの提案は無視された。

 ダンスだとか合唱だとか簡単なものでお茶を濁すだけでいいと思ったのだけど、それすらやる気がないようだ。

 ずるずると何も決まらないまま過ぎていき、練習する時間すら残ってないというのに。

 キャンプ当日に恥をかくと思わないのかな。


 そもそも班長を引き受けたことが間違いだった。

 普段この3人でいることが多いので、3人で班を組むように言われればこの3人で組むのが自然の成り行きではある。

 しかし、この3人で組むとあたしが班長を押しつけられてしまう。

 森尾さんも伊東さんも自分が班長をする気なんてさらさらないし、あたしが班長をやって当然と思っている。

 それに逆らってまで班長をやらないという決断はあたしには下せなかった。

 このふたりとは同じ美術部だけど、1年の時はクラスが違い、それほど仲良くはなかった。

 2年で一緒のクラスになり、ぼっちを避けるために一緒にいる。

 友だちと呼べるかどうか微妙だと思っているのに、それでも孤立するよりはマシと思ってしまう自分が嫌になる。


 どうすんの、これ。

 他の班が盛り上がっているように見える中、この班だけは会話もほとんどなく、白けた雰囲気が漂っている。

 出るのはため息だけだ。

 沈黙に耐えかねたのか、男子ふたりがコソコソと話し始め、笑い合っている。

 ……ガキばっか。

 そうは思うけど、そんなガキを注意すらできないあたしもガキだ。


 そこに、フラッと日野さんが来た。


「決まった?」とあたしに聞く。

 あたしは申し訳なさにうなだれながら、首を振った。

 日野さんは肩をすくめると、他のメンバーを見回した。


「決まらなかったら、全員班長会議に参加してね」


 男子の班長を除く4人はあからさまに嫌な顔をしたが、日野さんはまったく動じない。


「なんなら、私が決めてあげようか?」とニコリと笑う。


 あたしも含め班員全員が注目する中、「そうね、ひとりずつ、みんなの前で一曲歌ってもらおうかな」と笑顔のまま言った。


 みんな、口々に「無理」とか「嫌」とか言い出した。

 その声が大きくて、他の班の人たちもこちらを気にしている。


「どうするかはあなたたち次第だけど、何もしないで済むとは思わないことね」


 日野さんのその言葉に全員黙り込んだ。

 表情は変わらないのに、言葉に込められた冷たい空気に身体が固まる。

 もしかして、無茶苦茶怒ってるんじゃ……。

 あたしは去って行く日野さんの背中を見て、そう思った。


「ちゃんと決めようよ」


 ホームルームの時間は残り少ない。

 あたしの呼びかけに反応したのは男子の班長だけで、他は依然として黙り込んだままだ。

 他の班からの視線はどう見ても好意的なものではない。

 先延ばししてもいずれツケを払う時が来るのは明白なのに、なんでこんなに鈍感なんだろう。

 男子の班長と話し合い、合唱をやることは決まった。

 さすがに異論は出ない。

 でも、歌う曲が決まらないまま時間切れとなった。


 今日は金曜日。

 キャンプは来週の火曜日からだ。

 土日に練習する気もなさそうな他のメンバーを見て、あたしはつい言ってしまった。


「他の班はもっと真面目になってるよ。キャンプで惨めになるのはあたしたちだけよ」


 涙が零れた。

 班長なんてやるんじゃなかった。

 誰も何も言わずに、班の話し合いは終わった。




 中学生になって、あたしは美術部に入った。

 美術部は事実上漫研と認識されている。

 学校への持ち込みが禁止されているマンガの持ち込みもある程度は許容されているし、文化祭で絵を描いて発表する以外はほぼ自由という雰囲気だった。

 入部してすぐに3年生の先輩にあたしは描いたマンガを見せたことがある。

 その人は「凄いね」と褒めてくれたけど、同時に「他の子には見せない方がいいよ」と忠告してくれた。


 美術部はオタクの巣窟と化しているが、その大半はマンガやアニメ、ゲームを楽しむだけのオタクだ。

 マンガを描く部員はほんの一握りに過ぎない。

 描いている子は、描かない子を見下していた。

 描かない子は、描いている子を口先では褒めたりするけど、裏では陰口を言い合ったりしていた。

 そこには明らかな壁があった。


 あたしは忠告に従い、マンガではなく絵を描いていると言って、どちらの側にもつかなかった。

 実際に顧問の先生から指導を受けている。

 双方から一定の距離を取り、美術部内での位置は確保できた。

 しかし、どちらとも親密な関係にはなれず、時にはコウモリのようだと感じることもある。

 同人大手を主催する叔母から紹介される人たちに比べて、美術部の部員から得るものはほとんどなく、顧問の指導以外にメリットを感じなくなってきている。


 更に、現部長に「次の部長は高木さん、やってね」とみんなの前で言われたことも苦痛だった。

 部長は今の美術部で描かない派の中心にいる人で、違法ダウンロードしたマンガを誇らしげにみんなに見せるような人だ。

 あたしは母や叔母から話題作のマンガはほぼどれでも借りて読める恵まれた環境にあるので、批判できなかった。

 そんな自分が嫌になるし、部長なんて荷が重い。

 こんな6人だけの班ですら、まとめることができないのに。




 放課後の班長会議で、日々木さんがあたしを心配そうに見ているのに気付いた。

 涙は止まったけど、目は赤く充血しているんだろう。

 最初の議題はあたしの班のレクリエーションの出し物の件だった。

 まだ決まっていないのはうちの班だけだから、当然の話だ。

 男子の班長が合唱に決まったと報告する。

 しかし、曲目を聞かれて黙り込む。

 多くの班長たちが不快な表情を浮かべている。


「明日学校に来てもらうしかないですね」と松田さんが言った。

 藤原先生に許可をもらい、他の班長たちからも賛同を得た。


「来ないと言うのであれば、わたしが家まで行って説得します」


 松田さんがやる気に満ちている。

 あたしには逆立ちしたってできそうにない。

 やはりリーダーはそれくらいできないとダメなのだろう。

 それにつられるように男子の中からも協力するという声が上がった。


 男子のふたりは既に下校してるという話で、藤原先生が電話してくれることになった。

 森尾さんと伊東さんはまだ美術部にいるはずだ。

 あたしは立ち上がり、ふたりに伝えてくると言って駆け出した。


 予想通り美術室にふたりがいた。

 あたしはさっき決まったことをふたりに告げる。

 もの凄く嫌そうな顔をするが、来ないと松田さんが家まで行くと言うと、渋々OKした。

 あたしは教室に引き返す。

 早足で歩きながら、何やってるんだろうと肩を落とす。

 あたしができることなんてこれっぽっちだ。


 教室の前の廊下になぜか日野さんが立っていた。

 あたしが近付くと、「あなたが頑張っている姿はみんなが見てるから」と小声で言った。

 驚いて日野さんの顔を見ると、「さあ、入りましょう」と笑顔を見せた。


 明日の土曜日、あたしの班の全員と班長会議の男女のリーダー、そしてソフトテニス部の顧問の仕事がある藤原先生に代わって小野田先生が来ることが決まった。

 曲目を決めるだけでなく、練習するところをしっかり見張ってくれるそうだ。

 その後、他の議題を話し合い、いつもより長い班長会議が終わった。


「高木さんは頑張ってるよ」と日々木さんが声を掛けてくれる。


「もっとガツンと言いなさい」と千草さん。


「明日はサポートするから頑張りましょう」と松田さん。


 藤原先生からは「こういう苦労が成長に繋がるんですよ」と言われた。


 また泣きそうになったけど、なんとか耐えた。

 日野さんに「ほら、行こう」と背中を押され、あたしはよろけるように歩き出した。

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