第23話 令和元年5月29日(水)「守ってもらって」日々木陽稲
今日は可恋が早退した。
大学病院で検査があるからと、お昼に帰った。
何事も平気な顔でこなす可恋が、毎月の検査は大変なのよと顔をしかめていたのが印象的だった。
教室内に特に変わった雰囲気はないけど、近隣の市での痛ましい事件を受けて、朝のホームルームでも担任の先生から注意が促された。
可恋は「交通事故や自然災害の方が被害に遭う確率は高いし、警戒してもすべてを防げる訳じゃないから。いつも通りに気を付けていれば大丈夫だよ」とわたしを安心させるように言ってくれた。
それでも早退する時には「一人にはならないように。できるだけ安藤さんと一緒にいてね」とわたしに言って、純ちゃんにも何か言葉を掛けていた。
わたしは小さな頃から危なっかしい子だとよく言われた。
知らない人とも平気で話すし、仲良くなってしまう。
相手に悪意があるかどうか分かると自分では思っているけど、信じてもらえないことが多い。
お姉ちゃんのように信じてくれる人にも、それでも心配させないでと言われてしまう。
家族や純ちゃん、今は可恋にもわたしは守ってもらっている。
過保護に感じることもあるけど、そういう人たちのお蔭で安心して暮らせているのだと感謝している。
キャンプのことも、可恋がいろいろと動いていることは知っている。
わたしが知らされていることはほんのわずかで、もっと教えて欲しいと思う。
とはいえ、わたしが知ったところでできることはほとんどない。
今は可恋を信じて、可恋の言う通りにしようと心がけている。
可恋が帰った後の昼休み、高木さんと千草さんがお喋りしに来てくれた。
おそらく可恋が頼んでいたのだろう。
松田さんにも「何かあれば、知らせてね」と声を掛けられた。
普段ふたりきりで話していて、周りに関心を持たない渡瀬さんと三島さんもこちらの方をちらちらと見ていた。
他愛ないお喋りをして昼休みを過ごし、可恋が不在の寂しさを埋めることができた。
放課後は班長会議だ。
月曜に話し合った各班のレクリエーションの出し物を確認することがメインの議題だった。
まだ決まってない班や、考え直した方がいいんじゃないかという班もあって、話し合いは熱を帯びた。
わたしたちの班は仮装ダンスに決まっていたので報告する。
うちの班の男子はいわゆる「オタク」と呼ばれる人たちで、出し物を決める話し合いでも全然発言してくれなかった。
純ちゃんもこういう話し合いでは期待できない。
困っていたわたしを助けてくれたのはやはり可恋だ。
提案は仮装ダンスで、わたしが着る衣装は子ども向けアニメの魔法少女のものがいいと言うと、それまで関心を示さなかった男子たちが口々に意見を出し始めた。
「大丈夫?」と可恋に聞くと「衣装チェックするし平気でしょ」と面白がっていた。
そういう問題じゃなくて、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。
わたしは可恋や純ちゃんも仲間に引きずり込むべく、男子たちにふたりの衣装についてもその手のものにしてもらうように頼んだ。
「どんな衣装か楽しみ!」と松田さんが目を輝かせる。
まさか魔法少女だなんて言えなくて、わたしは笑って誤魔化す。
班長会議ですんなり承認され、あとは準備を頑張るだけだ。
本当に恥ずかしいんだけど……。
予定の話し合いが終わり、最後に松田さんが「質問や話し合っておきたいことがあれば」と他のメンバーに打診した。
「お風呂の順番ってどう決めるの?」
突然の質問は、これまでほとんど会話に加わらなかった渡瀬さんからだった。
月曜日は本当に会議に無関心といった雰囲気だったのに、今日はわたしや松田さんに視線を向けていた。
何か聞きたいことがあるのかなと思っていたのだけど、お風呂のことか……。
藤原先生によると、宿泊施設は男女別に各クラス15人が泊まれるロッジのようなところだそうで、お風呂場は共用で無理をすれば一度に5人が入れると教えてくれた。
うちのクラスは男女ともに15人ずつだから、5人で3つのグループに分けるか、班ごとに入るかで多数決を取ることになった。
5人で3つのグループだと時間に余裕はできるけど、女子は千草さん以外は班ごとの方に手を挙げた。
お風呂はやはり親しい子と一緒がいい。
わたしも可恋や純ちゃんと別になるのは嫌だし。
入る班の順番は後日くじで決めることになった。
お風呂から上がり、自分の部屋に戻ると、可恋から電話が掛かってきた。
もう夜9時を過ぎている。
いつもなら可恋は寝ている時間なのにと思いながら電話に出た。
「どうかしたの?」
何かあったのかと心配になる。
「……担当の先生とケンカした」
珍しくムスッとした声で可恋が答えた。
「え! 何それ?」
「4月から新しいお医者さんに担当が代わって、最初の検査の時にいろいろと不快な物言いをされたのよ。だから、担当を変えて欲しいって要望を出してたんだけど、それを知って今日は開口一番生意気だと言われてね」
「うわぁ……」
「1対1では話にならないと思って、第三者を呼んでくださいって言い続けて、そこで一から説明して……もうそれだけでくたくただったわ」
「大変だったね」
「最後は母を呼んで担当を替えてもらえることになったけど、病院替えた方が良かったかも」
「可恋、平気?」
「うーん……あんまり平気じゃない」
可恋らしくない弱気な声だった。
「ひぃな、明日泊まりに来ない?」
「明日!?」
これまで可恋の家に泊まりに行ったのは週末の土曜日だけだった。
「癒やしが必要」
冗談めいて可恋は言うけど、わたしにはかなり本気に聞こえた。
「分かった。許してもらえるように説得してくるね。後でメール送るよ」
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみ!」
わたしは髪を乾かすのも忘れて部屋を飛び出した。
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