第22話 令和元年5月28日(火)「噂」千草春菜

 キャンプの班のメンバー5人でレクリエーションの出し物について話し合った。

 男子はクラスの中心と言える3人組で、仲が良く、話し合いでも積極的に意見を出してくれる。

 私と塚本さんが話しやすいように気を遣ってもくれるし、話し合いは和気あいあいといった雰囲気になった。

 とても楽しい時間だった。

 なんだか思い描いていた理想の学校生活って感じ。


◆    ◆    ◆


 先週、班分けの顔合わせをした時は最悪の気分だった。

 すでに他の班のメンバーが確定し、残った3人が集められた。


 その時になって、二人組の渡瀬さんのところに入れてもらったり、塚本さんと、松田さんの4人グループから余りそうな須賀さんを誘って班を作ったりすればよかったと後悔した。

 積極的に動けばできたはずだ。

 できなかったのは積極性がなかったせいではなく、単に出遅れたから。

 私はいつもそう。

 決まってから、ああしていれば、こうしていればと考えてしまう。


 日野さんに連れられて来た麓たか良は、私と塚本さんを睨むように見て、黙ったまま自分の席に戻って行った。

 彼女に視線を向けられただけで、1年の時に受けた様々な嫌がらせを思い出して胃がキリキリと痛む。


「班長は千草さん、お願い」と日野さんが言った。

 私は仕方なく頷く。


「塚本さんは料理できるよね?」と日野さんが塚本さんに話し掛ける。

 塚本さんは「簡単なものなら」と答えた。

 各班にひとりは料理ができる子がいて欲しいから助かると日野さんが微笑む。


「麓さんはキャンプに来るかどうかも分からないので、いなくても大丈夫なように準備してね」と日野さんが小声で言った。


 言われて初めて、その可能性に気付いた。

 麓ならキャンプをサボるかもしれない。

 1年の時はクラスに何人も麓の仲間がいた。

 しかし、このクラスでは麓は孤立している。

 私は光明が見えた気がした。


 それにしても、と私は日野さんを見る。

 麓がこのクラスで孤立しているとはいえ、それは彼女が暴力を振るわない理由にはならない。

 麓が問題を起こさない理由があるとすれば、麓よりも強い人がいて、その人が麓を見張っているからとしか考えられない。

 そして、このクラスの中で麓が従っているのは日野さんだけだ。

 さっきだって、嫌そうにしていたけど日野さんと一緒に顔合わせにやって来た。


 日野さんって何者なんだろう。

 頭が良くて、運動ができて、見栄えが良くて、日々木さんと仲が良く、教師の受けも良く、麓よりも強い。

 まるでマンガの登場人物みたい。


「何かあったら、私に知らせてね」と日野さんが言って、班分けの顔合わせが終わった。

 去って行く日野さんを見ながら「日野さんと麓さんってどういう関係なんだろう」と私が呟くと、隣りにいた塚本さんの顔がさっと変わった。


「何か知ってるの?」と訊いても、塚本さんは激しく首を振るだけだ。

 どう見ても何か知っていそう。

 私はなんとか聞き出そうと試みたけど、彼女は口を割らなかった。

 それでも、何かがあったことだけは確信できた。


◆    ◆    ◆


 麓は寄って来ないし、これまであまり接点のなかった塚本さんと話す機会も増えた。

 男子の班との組み合わせは当たりくじを引いたような感じだったし、班長会議では日々木さんと話すことができた。


 休み時間には松田さんが来て、以前に笠井さんが私を揶揄したことを謝った。


「本当は優奈も一緒に謝るべきだと思うんだけど……」と済まなそうにする松田さんに「全然気にしてないから」と私は言った。

 そりの合わない相手なら、お互い無関心で十分だ。


 そこに日野さんがやって来た。


「ちょっといいかな?」と言うと、返事を待たずに「私、明日は早退するのよ」と続ける。


「病院で検査があるからなんだけど、ひぃな――日々木さんのことを見守っていて欲しいの」


「それは構わないけど……」と松田さんの返答にかぶせるように、私は「何かあるの?」と訊いた。

 松田さんも困惑した表情だし、私も似たような顔だろう。

 ちょっと警戒しすぎでしょ?

 そんなわたしたちに、声を潜め「誰にも言わないでよ」と言いながら「実はキャンプで男子の何人かが何かを企んでるって噂があって……」と日野さんが打ち明けてくれた。

 噂話に疎い私だけでなく、松田さんも驚いている。


「あくまでも噂よ。誰がターゲットって話でもないし、つまらないイタズラ程度のことかもしれないし……。でも、男子の中に……」とチラッと日野さんが松田さんを見る。


「…………優奈……」と微かな声で松田さんが呟いた。

 何か心当たりがあるのだろうか。

 すぐに「気を付けておくね」と言って、松田さんが笠井さんたちのところに戻って行った。

 その様子を見て、噂の信憑性が高いように私は感じた。


「協力できることがあれば言ってね」と私が日野さんに言うと、「うん、ありがとう」と答えた。

 そして、去り際に「絶対秘密にしてね」と日野さんに言われた。


◆    ◆    ◆


 キャンプの班での話し合いが終わってから、私は同じ班の男子に相談した。


「噂で聞いたんだけど……」という枕詞の後に「キャンプで男子が何か企んでるって……」と言い切る前に、男子のひとりに喋るなという感じに人差し指を立てる仕草をされた。

 塚本さんは何ごとかと興味津々だけど、男子三人はすでに知っているような素振りだった。


「日野さんに聞いたの?」と問うと、「藤原先生から相談された」と意外な名前が出て来た。

 男子からは絶対に秘密だよと念を押された。

 私は驚きながら、頷いた。


 教師が動いているのなら、ただの噂だとは思えない。

 実際に何が起きるのか想像できないし、私に何ができるのかも分からない。

 とりあえず。

 私は日々木さんを守ろうと心に決めた。

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