第7話 令和元年5月13日(月)「勉強」日野可恋
「うちの中学ってさあ、2年前まで無茶苦茶厳しかったんだよ」
「そうなんだ」
「お姉ちゃんが入学した時は、服装検査とか持ち物検査とか毎日のようにあって、大変だって零してたもん」
中間テストが金曜日に迫り、ひぃなと安藤さんと3人で勉強会をすることにした。場所は私の家。学校のすぐ前にあるので、こういう時は便利だ。
安藤さんにはノートや教科書から試験に出そうな所を選んで、写してもらっている。書いて覚える勉強法は効果に疑問の余地もあるのだけど、彼女の場合話を聞いて覚えるというのが苦手なので、付け焼き刃だけどテスト対策には丸暗記というやり方しか手を打てなかった。本人にもう少し勉強する意欲があれば……。
ひぃなに数学を教えるのが勉強会の主目的だった。他の科目は大丈夫というひぃなの言葉を信用しておく。前回教えた時は詰め込みすぎて、ひぃなは疲れ果ててしまった。今回はセーブして、休憩を挟むことを意識している。
「それで、わたしにはここの中学は絶対に無理だって言われたの」
そう言いながらひぃなは自分の髪をいじる。彼女の髪の色は赤茶けた感じで、「赤毛」と呼んでいいだろう。長い髪は繊細でふんわりとカールしている。普通の中学校だとアウトのところが多いだろう。
「素敵な髪なのにね」
私はひぃなの背後に回り、手で髪を梳く。ひぃなによく似合っているし、この髪を切ったり染めたりするのはもったいない。
「お姉ちゃんが2年に上がった時に校長先生が替わって、いろいろと緩くなったんだよ。生徒の自主性を重んじるとかなんとか」
「ほんと、よかったね」
「地毛証明書は出さなきゃいけなかったけど、髪のことは何も言われないし」
と言った後、ひぃなはテーブルに突っ伏して、「でもね……」と続けた。
「わたし、私立受験したんだ」
「そうなんだ」
「受験の準備してたし、通学もお父さんが車で送り迎えしてくれるって言ってくれたし、制服も可愛かったし、余裕で合格できるって言われてたし……」
「落ちたんだ」
ひぃなは「うー」と呻く。「試験がまったくできなかったの。というか、頭の中が真っ白で試験の記憶がほとんどないんだよね。緊張したまま行って、気が付いたら終わってたって感じで」と続けた。
「ひぃなが緊張するって意外」と私は正直な感想を述べる。「誰とでも仲良さそうに話すし、そんなイメージなかったなあ」
「よく言われるけど、会話って上手くいかなくても修正できるでしょ。始めからわたしを嫌ってる人はそれが伝わってくるし、そういう相手だと何言っても無駄だから。そうじゃない人なら、話すうちに色々と分かってくるし、そういうのを探り探り話していくのが楽しいんだよね」
「それができるのが凄いんだけどね」
「うーん、わたしには失敗できない一発勝負みたいなのの方が難しく感じちゃう。ピアノも習ってたけど人前で披露する時は必ずミスしちゃうし……。学芸会なんかでも必ずトチってたし、トラウマになっちゃってるもん」
「普段のテストでもそうなの?」
「受験の時ほどじゃないけど、後で見たらできたはずの問題を間違ってたりするしね」
「そっか」
「高校受験も心配だなあ……」
ひぃなは落ち込んだ声で呟いた。私は彼女の髪に触れながら問い掛ける。
「ひぃなって、自分が人と仲良く話したりできるのを才能じゃなくてテクニックって考えてる?」
「あー、そうだね、テクニックってほどちゃんと考えてるわけじゃないけど、才能だとは思わないなあ」
「試験や一発勝負であがらない、緊張しないっていうのも、性格や才能じゃなくて、テクニックなんだよ」
ひぃなが振り向いた。驚いた顔をしている。
「ひぃなが持っているテクニックは凄くレアで、みんながみんな羨ましがるようなものだけど、緊張しないテクニックは割と誰でも身に付けていたりするしね。まあ、みんながみんな自覚して身に付けてる訳じゃないだろうけど」
「性格のせいだと思ってた……」
「性格や慣れで緊張しない人もいるけどね。ただ、テクニックでも解決できるって感じかな」
「どうやればいいの?」
その切迫した声から彼女がこの欠点を深刻に考えていたことが伝わる。
「慣れも必要だし、すぐに改善できるって訳でもないけど……そうだなあ、ひぃなって試験始まる直前まで勉強してるでしょ?」
「うぅ……わかる?」
「ひぃなって真面目だし、それだけ試験を意識してるならそうじゃないかなって」
「当たってる」とひぃなが顔をしかめる。私は意識してニッコリと笑顔を作り、安心させるように語った。
「ギリギリまで覚えたり確認したりしたいって気持ちは分かるけど、休み時間は気持ちを切り替えた方がいいね。ひぃなだと、周りの人を観察したりするのがいいんじゃないかな。私とお喋りしててもいいけど」
「……観察」
「リラックスする方法は人それぞれだけどね。落書きだったり、瞑想だったり、お喋りだったり。周りを見てかえってプレッシャーを強く感じるようなら別の方法を試してみればいいし」
「……やってみる」
ひぃなは決意を込めた表情で答える。ひぃなには真面目すぎるところがあって、それは彼女の美点だけど、もう少し肩の力を抜いた方がいいと思う。私はひぃなの頭をポンポンと叩く。
「この前の勉強でも分かったと思うけど、1時間みっちり頭を使ったら相当疲れるから。その上、休み時間も勉強勉強だと集中力を持続させるなんて無理だよ」
私の指摘に思い当たる節があるのかひぃなは頭を抱えた。
「自分なりにリラックスする方法を探すことはテストに限らず大事だしね。家で勉強する時もメリハリをつけて、集中する時間とリラックスする時間のオンオフを意識してみるといいと思う」
「今日からやってみるよ」
私はじっとひぃなの目を見つめる。ひぃなが私の視線に気付き、何? という感じで目で問い掛ける。
「私を信じて。必ず克服できるようにしてあげる」
「何それ!」と言ってひぃなが笑う。私も笑い出した。
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