いっぱい食べて、大きくなってね。

砂竹洋

ぼくの大すきなお母さん

「お母さん、ごはん」


 ぼくがそう言うと、お母さんはごはんをくれる。


 お母さんは、いつもおいしいごはんを作ってくれるから、大すきだ。


 キッチンに行って、りょうりをはじめるお母さん。


 りょうりする時は、あぶないから近よったらダメなんだって。


 ずっといっしょにいたいのに。


 その時だけはいっしょにいさせてくれない。


 でも、がまんしなくちゃなんだ。


 ぼくは、お母さんが大すきだから。


 お母さんの言うことは、ちゃんと聞かないと。


 それに、ぼくがもっともっと小さいころに、お母さんが言ったコトバ。


「いっぱい食べて、大きくなりなさい」


 そのコトバを、ぼくはよくおぼえてる。


 だから、いっぱい食べて、大きくなるんだ。


 もっともっと大きくなって、お母さんをよろこばせてあげたいんだ。


 でもさいきん、お母さんはわらってない。


 ぼくの前ではわらってくれるけど、りょうりをしている今も、お母さんはかなしいかおをしている。


 ぼくはそのたびに、「元気だして、お母さん」って言うんだけど、そのたびにお母さんは「大丈夫、心配ないよ」ってやさしくわらってくれる。


 お母さんはたぶん、いっぱいがまんしているんだと思う。


 ぼくの前ではがまんなんて、しないでほしいのに。


 どうしてがまんするの?


 どうしてぼくにおしえてくれないの?


 そんなとき、お母さんはこう言うんだ。


「坊やが居るから、お母さんは幸せなんだよ。何も気にしなくていい。お母さんがいっぱい我慢しても、坊やがお母さんを癒してくれるの」


 ――そうなんだ。ぼくはいるだけでいいんだ。


 だったら、ぼくがわらってなきゃ。


 お母さん。ぼくは、ここにいるよ。


 ぼくは元気だよ。


 ぼくは、いっぱいたべて、もっともっと大きくなるよ。





 ……………………






「っつってもまぁ、デカくなりすぎだろあれは」


 目の前の男は、私の子を見ながらそんな事を言ってきた。

 なんて失礼な男なんだろう。殺してやろうか。


「礼儀正しくしても殺すんだろ? あいつらみたいに」


 男は、私の後ろに積まれた死体の山を指さして、そう言った。

 そんな、私を快楽殺人者みたいに言わないで。やりたくてやってるわけじゃないんだから。仕方が無かったの。


「仕方がないって? 違うな。そういうのは――自業自得ってんだよ!」


 何故か激昂した男が、私に向けて右手に構えたゴツい銃の引き金を引いた。

 銃で撃たれたら、普通に死んじゃうじゃない。

 ――先に殺そうとしたのは、そっちだからね。


 銃声と同時に、私の体はもう動いていて。

 目の前の男の頭を、無慈悲に叩き潰していた。





「それじゃあ坊や、たーんとお食べ」


 私は用意したを、洞窟の奥で大人しく待っていた坊やに持っていく。


「ありがとう、お母さん。いただきます」


「はい、召し上がれ」


 ちゃんと食べる前に挨拶も出来る。こんなに良い子に育ってくれて、お母さんは嬉しいわ。

 坊やに言った事は嘘でも何でもない。私は坊やが居るだけで幸せになれる。

 この子を守る為なら何でもできる。この子を育てるためなら、なんだってする。

 拾った頃は、あんなに小さかったこの子が。

 今ではもう、大人を一口で口に入れられる程に大きくなった。


 ――わかってる。この子は人間じゃない。

 人間は、こんなに大きくならない。

 人間は、こんなに肌が青くない。

 人間は、角なんて生えない。

 人間は、●●を食料にはしない。


 全部全部、わかっている。

 それでも、私はこの子を自分の息子だと思っている。

 本当の息子は、二年前に死んでしまったけど。

 葬式の後、悲しみに暮れる私の前に現れたこの子を、私は息子の生まれ変わりだと信じた。

 だって、目元がそっくりだったから。

 この子は、息子に違いないって――そう信じた。


 夫は、そんな私に愛想を尽かして出て行った。

 夫の最後の言葉はこうだ。


「そんな化け物を育てるなんて、何を考えてるんだ!」


 その言葉を聞いた途端、私の目の前が真っ赤に染まって、頭の中が沸騰して、信じられないくらい力が湧いてきた。

 その力で、私の夫は


 最初は訳が解らなかった。

 私は普通の人間だったはずなのに。

 その力を手に入れた瞬間、体は羽の様に軽くなり、腕を振るえば簡単に物が壊れた。

 私の夫も、元の形が分からないくらいに壊れた。

 それと一緒に、私たちの家も壊れた。



 その日から、息子は色んな人から命を脅かされるようになった。

 近所の人が、その時の私の姿と、異形の息子の姿をはっきりと目撃してしまったからだ。

 最初は、警察。

 次に、何とかの特殊部隊。

 それから少し時間を置いて、変な連中が襲ってくるようになった。


 その連中は私にこう言った。


「その子は悪魔の子です。後の事は我々専門家にお任せして、どうか真っ当な人生を歩んでください」


 悪魔の子、だなんて。なんて酷い事を言うんだ。

 そう思った瞬間、私はその連中の首を刎ねていた。


 次に来た奴らがこう言った。


「あなたは、その子の保護者として認識されている。その悪魔の子は、保護者に力を与えて自分を守ってもらう習性があるのです」


 こいつらも、私の子を悪魔の子だなんて。なんて酷い奴らなの。そんな事を平気で言えるアンタの方がよっぽど悪魔じゃない。

 そう思った時には、私は血溜まりの中に居た。


 その次は、見たことも無い武器を構えた連中がやってきた。


「もう、あなたを守る事は不可能だと判断します。よって現時刻をもって、討伐対象を悪魔の子並びにあなた本人とします」


 まーた悪魔の子って言った。それに、討伐って言った?

 殺すって事だよね。じゃあ私も遠慮しないわ。




 …………




 そんな風に戦闘を繰り返しながら、私たちはなるべく安全な所を探して旅をしていた。

 ようやく見つけたこの洞窟も、遂に奴らに見つかっちゃった。また新しい拠点を探さないと。

 私は坊やを連れて、闇夜に紛れて洞窟を抜けだすことにした。



 ――でも実は、最近はもう、疲れてきた。

 坊やが悪いんじゃない。これは私が悪いの。

 私が警察を殺しちゃったから、こうやって逃亡する羽目になっている。


 こんな事にこの子を巻き込んでしまった事が、情けなくてたまらない。

 ――最近になって、思うようになったことがある。


 そもそも、本当にこの子には私が必要なのだろうか。

 ここまで大きく育ったら、もう自分で自分の身を守れるような気がする。

 でも、敵が現れると私は本能的に立ち向かってしまう。


 それが、母という存在だから。

 命をかけて、守らなければならないから。


「ここだ! 一気に囲めぇ!」


 そんな声と共に、黒いコートを着た連中が私たちを取り囲んだ。

 まずい。洞窟に居ればまだ坊やを守れたけど、こんな開けた場所で守りきれるだろうか。


「観念しろ。もうお前らは、十分に世界の脅威だ。ここで排除させてもらう」


 リーダー格の男が言った。

 討伐だの排除だの、私たちは害虫でも何でもないのに。

 目の前が真っ赤に染まり、頭が沸騰する。

 ――その時。


「もういいよ。お母さん」


 坊やが、言った。

 何がもういいの? 大丈夫、お母さんはまだ戦えるよ?

 そう言って、坊やを安心させようとした瞬間だった。



 坊やの右手が、私の体を掴んで――



「バイバイ、お母さん」



 ――私の体を頭から飲み込んだ。





 …………







 以上が、人類の脅威と化したXが誕生した経緯になります。

 まだ力を使いこなせない赤子のうちは、その力を「保護者」と認識した相手に譲渡し、戦わせる。その間に力を十分に蓄え、己の力を自覚的に発揮出来る様になった頃合いを見て、その「保護者」を食らい、最初に譲渡した力を取り戻す。このやり方で、Xは己の身を守り、高めていくものだという事です。

 このレポートが、人類に貢献できることを信じ、ここに残します。Xを、この世界から根絶できる日を願って。

               ――X討伐連合・第七師団 藤堂 雅彦

 

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いっぱい食べて、大きくなってね。 砂竹洋 @sunatake

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