苦いチョコレート

@cu_ya

苦いチョコレート

 思わず、だった。口をついて出た一言だった。「お前も」は言いすぎだったかもしれない。彼女は少し傷ついたように見える。見えた。ほんの一瞬、瞳の奥が寂しく揺れた。だけどすぐに気丈に振る舞っておどけたりしている。

「あはは、きついなぁ。甘いのだめなのはわかってたんだけど、なんていうか、縁起物?風習?だしさ。」

 やめろよ。怒ってしまえよ。愛してくれって怒鳴ったらいいじゃないか。

 そうあるべきだ、なのに彼女は笑顔のまま、怯えたような上目遣い。癖、だ。相手の様子を見てそれに合わせるのが癖だった。いたたまれなくなって視線をそらしてしまう。彼女の前ではどうしても加害者になってしまう。だから、だからこそ終わりにすべきだ。

 冬も終わり、春を前にした2月は驚くほど寒く。駅前のカフェはコートを着た客がちらほらしていた。斜陽が差し込む窓の外は道行く人の息も白く染まっている。

 沈黙に耐えかねたのか、彼女がメニューを開いてよこす。決して視線を遮るわけでなく、控えめに。視界の端で見えるように、しかし自分が見やすいようにこちらを向けて。

「コーヒー、好きだよね?たしか、こないだ飲んでたのは。これだっけ?」

 たしか、他の店でも同じのだったよね。えっと、勘違いだったかな?私思い込み激しいから。

 言ってて自信がなくなってきたのか最後の方は声が小さすぎてなれていないと聞き取れないほどだ。いや、あってる。よく覚えていたな。半年以上も前のことを。

「あぁ、そうだな。じゃあ、これ、2つ」

 ちょうど近くを歩いていた店員を呼び止め、人差し指と中指を立ててやる。

 かしこまりました、から、お待たせしました、まで会話は無かった。

「実はね。私、少し苦手かも。」

 へへへ、と笑う声には限界が来ている。無理にはにかんで、彼女は自分が持ってきた「それ」に手を伸ばすと、ひとかけら口に含んで

「でもね。こうやって。溶かしながら飲むと甘くて飲めるんだよ?邪道かなぁ」

「悪かったよ。苦手だったんだな」

 悪かったよ。すまない。俺はわからないんだ。君が好きなものも、どうしたいのかも。なんでそうやって、平気な顔をしてこの場にいれるのかも。だって、破綻しているじゃないか。このままだと、君は傷ついて、俺はどうしたら良い?

「償えないんだ、これ以上」

 君の好意に償えないんだ。

「今日はありがとね?無理言って。待ち合わせしてくれて。手作りの、見てくれただけで嬉しいから。甘いの持って帰るね。私甘党だし」

 なら、なおさらそれは食べられないだろう。彼女はきれいに装飾された包み紙に、持って来たソレをしまう。そのままカバンに突っ込むと立ち上がる。

 じゃあ、またね。と後ろ姿を見送った。苦いチョコレートをもたせたまま俺は何もできずに、罪を一つ増やすだけだった。

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