第40話 昔の約束(後編)

 チャンスは、ゼルダにお願いした。

「ゼルダはん。さっそく、お願いがある。似顔絵を描くことにけた、キャリアの長い絵描きを探してきてほしい」


「魔術師の似顔絵を描いて探すの?」

「似顔絵なら、わいかて描ける。わいが探してほしい人材は、描かれた老人の似顔絵から若い時を想像して描ける絵描きや」


 ゼルダが眉をひそめる。

「魔術師はかつての知り合いなのか?」

「残念ながら、そうや。以前にゼルダはんは、何で人を助けるのかって以前に訊いたな」


「古い約束で、もう約束した相手は誰もいない、って聞いたわよ」

「わいな、昔は凶暴な魔精霊やったんや。それが、ある時、改心した」


 ゼルダがしんみりした顔で呟く。

「そんな歴史があるのね」


「そんで、六人の魔術師と一つずつ、盟約を結んだんや。そのうち、クレメントと結んだ盟約が、二十四人の人間を助ける約束やった。せやから、敵の魔術師は残り五人の内の誰かやと思う」


「残りの五人の内の誰だったかを特定したいのね。わかったわ。想像力が豊かな似顔絵の描き手を、探してあげるわ」


 ゼルダは翌日にキャリア四十年の似顔絵描きの老人を探してきた。

 チャンスは敵の魔術師の顔を描いてみせる。

「この、似顔絵の男の若い時の顔を想像して描いてほしい、できるか?」


 似顔絵描きはチャンスを上目使いに見る。

「できます。ですが、旦那、料金は弾んでいただきたい。なにせ、技術がいる仕事ですから」


「これでどう」とゼルダが優しい顔で金貨を一枚渡す。

 似顔絵描きは金貨を財布に仕舞うと、にこにこしながら仕事に取り掛かる。似顔絵描きは十年前、二十年前、三十年前、四十年前、五十年前と想像して、若い頃の似顔絵を描いた。


 五十年前の顔を見てチャンスは、はっとなる。

「ディーンや! あの老人は、ディーンやったのか」


 ゼルダが興味を示して尋ねる。

「ディーンとは、何者なの?」

「盟約を結んだ魔術師の一人や。だが、ディーンは死んだはずや」


 ゼルダが控えめ態度で質問してきた。

「どういう死に方だったか、聞いていいかしら?」

「ディーンの村は悪神アンリのとのゲームに負けた」


 ゼルダが心底、気の毒そうな顔をした。

「悪神アンリのゲームに負けた以上は、恐ろしい災いが起きたのね」


「ディーンの村は流行病を封じ込める対応に失敗した。そこでディーンは、村人ごと村を焼き払うことで、他の村を救おうとした。もちろん、ディーンも焼き払う対象に入っていた」


 ゼルダが同情した顔で慰める。

「辛い仕事をしたのね」

「せや。その時、ディーンは、わいが躊躇って村人を一人も逃がさないように。わいから意識を奪って強制的に従わせる方法を悪神アンリから教えてもらった」


 ゼルダが一度、目を閉じて、深く息を吐く。ゼルダが目を開くと、決意の籠もった顔をする。

「決まりね。ディーンを探して討ちましょう」


 チャンスには優しかったディーンが変わった可能性に胸を痛めた。

「でも、なぜ、あのディーンが、わいを使って水道橋の破壊なんかを?」


 部屋に困惑顔の文官が入ってくる。

「ゼルダ様。ディーンなる者が、ゼルダ様に面会を求めて来ていますが、どうしますか?」


 ゼルダが険しい顔で言い放つ。

「随分と大胆な敵ね。向こうからやって来たわよ」

「ディーンのやつ、すっかり強気やのう。でも、これは早期に決着するかもしれん」


「よし、中庭にお通しして」

 文官はかしこまって出て行った。


 チャンスは勝機が見えたので、確認する。

「ゼルダはん、一緒に行ってくれるか? ゼルダはんとなら、ディーンを倒せる気がする」


 ゼルダが剣を腰に下げる。

「当たり前でしょう。チャンスを見捨ててはおけないわ」


「ゼルダはんが味方だと、心強い。ゼルダはん、もしディーンがゼルダはんに危害を加えるような真似をしたら、わいを無視して、容赦なくディーンの心臓を一突きにしてくれ」


 ゼルダは真剣な顔で受け合ってくれた。

「わかった。約束するわ」


 ゼルダとチャンスが中庭に行く。

 ディーンが椅子に腰掛けて、穏やかな顔をして待ってた。

「久振りやな、ディーン。すっかり老け込んで、すぐにわからんかったで」


 ディーンは優しく微笑んだ。

「チャンスは覚えておいていてくれたんだね。もう、僕を知る者はチャンスだけだ。どうだ。また昔みたいに一緒にやろう。今度はもっと上手くやる」


「残念やな。もう魔精霊は引退や」

 ディーンの微笑みは、どこまでも優しい。


「引退はない。できないと表現したほうがいいかな。チャンスは覚えていない。だが、鷹派の五十人の兵士はチャンスが焼き殺した。水道橋も破壊さした」

「何や? 犠牲者は冒険者ではなかったんか?」


 ディーンは穏やかな、顔で事実を突き付ける。

「チャンスはこの国ではもう重罪人だ。仮に正直に僕が申告しても、人を焼く魔精霊の恐怖を、この国の人間は忘れない」


「それでも、わいは引退したんや」

「なら、仕方ない。苦労して冥府から冥府銅貨を集めて帰ってきたんだ。そこのお嬢さんと戦ってもらおう。拒否権はない」


 チャンスは炎の壁になると、ゼルダとディーンの間に立ち塞がった。

 ゼルダは剣を抜いた。


 ディーンが薄ら笑いを浮かべたところで、チャンスは細身の剣になる。

 ディーンまで一直線の道が開けた。ゼルダがディーンに剣を投げつける。


 慌てたディーンは、辛うじて剣をかわす。

 ゼルダは走り込み、細身の剣となったチャンスを拾った。


 ゼルダは容赦なく、ディーンの心臓を、武器化したチャンスで一突きにした。

「なぜ、僕の命令を聞かない」とディーンが驚愕する。


 チャンスは人型に戻って告げる。

「あんな、ディーンはん。わいな、クレメントとも盟約を結んでおった。クレメントは、二十四人の人間を助けろと、わいに命じた。ゼルダはんは、その二十四人のうちの一人や」


 ディーンの顔が苦しげに歪む。

「そうか、盟約は絶対。相反する指示を受けた場合、どちらかが無効になるのか。チャンスは僕の指示が無効になるほうに賭けたのか。よくもまあ、確率が五分五分なのに勝負に出たな」


「五分五分やないよ。アンリのおやっさんの性格を読んだ。アンリのおやっさんの性格なら、ディーンが盟約者になる時から、この未来を知っていた。そう考えたから、わいは決断できた」


 ディーンは苦渋に満ちた顔で呻いた。

「僕はまた、悪神アンリに踊らされたのか」


 ディーンは、さらさらと風化するように、塵となって消えた

 身なりのよいふとっちょな中年男性が飛んできた。


「大変だ。ゼルダさん、大使館の入口に、百人からなる兵士が集まって、チャンスを引き渡せと要求している」


「この人は誰?」とチャンスが訊く。

「大使よ」とゼルダから返ってきた。


「とりあえず、私は武装するわ。相手が百人なら、武器と防具があれば倒せるわ」

「あかんやろう。そんな、わいが出て行けば、済む話や」


 ゼルダは頑として言い放つ。

「そうは簡単にいかないわよ」


 文官が駆けてきた。

「大変です。兵士が群集と冒険者に取り囲まれました。人はどんどん集まってきます」


「え、何でや? どうして街の人が、わいのために?」

 ゼルダが素っ気ない顔で教えてくれた。

「チャンスの活躍はチャンスが知らないだけで、けっこう有名になっていたのよ」


「そんな。いつ、誰が吹聴したん?」

「チャンスがいない時に、アンリと名乗る吟遊詩人が酒場で高らかに英雄譚を歌っていたわよ」


(これは、おやっさんを楽しませてきた褒美かもしれん。または、魔精霊の産みの親なればの親心かもしれん。せやけど、これ、下手すると、また街に混乱が生まれるやろう)


 大使がおどおどした顔で告げる。

「何だかよくわからんが、アウザーランドが巻き込まれるのは困る。ゼルダくん、どうにか、ならないか?」


「しようがないわね。いいわ。兵士には無事に帰れるように、群衆のリーダーと兵の指揮官に話を付けてくるわ。チャンスは、部屋で待っていて」


 文官に部屋に戻されて、部屋から出ないように忠告される。

 しばらくすると、段々と大使館の周りが静かになっていったので、安堵する。

(さて、どうしたものかのう)


 騒動から一ヶ月が経過した。チャンスは結局、犯罪者のままだった。だが、チャンスは捕まらなかった。


 煉瓦職人組合のジェマルがチャンスをアウザーランドから来た煉瓦職人のミラクル・ワンダとして迎え入れてくれた。

 チャンスは今、煉瓦職人のワンダとして泥に塗れて、今日も煉瓦を焼いている。

【了】

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炎の魔精霊の甘口冒険譚~引退しても忙しかった~ 金暮 銀 @Gin_Kanekure

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