第39話 昔の約束(前編)

 チャンスがお墨付きを得ると、エイミルを訪ねる。

「エイミルはん、ダンジョンとの話が付いたで。水道橋を完成させられる」


 エイミルは、いたく喜んだ。

「目処が付いたんだな。よし。なら、議会を盛り上げて、立派な水道橋を完成させよう」


「よろしゅう頼みますわ」

 チャンスは幸運の尻尾亭に戻ると、悪神アンリがやって来る。


「やりましたで、お墨付きが出ました」

 悪神アンリは残念そうな顔をする。

「そうか。やったのだな。自分の手で自分の首を絞めるような真似を」


「そんな展開には、なりませんって」

 悪神アンリは真面目な顔で請け合ってくれた。

「だといいんだがな。どれ、そのお墨付きは、私がダンタに渡してやろう」


「そうですか。お願いできますか。ほな、お願いします」

 チャンスが書状を渡すとアンリは去っていった。


 一週間後、冒険者が困惑顔で噂をする。

「知っているか? 水道橋の延長した先から、都合よく綺麗な水が湧いたそうだ」

「水が湧いたから、ダンジョン攻略の懸賞金もなくなるって話だぜ」


(ここまでは、計算通りやな)

 ほどなくして、水道橋は完成して街に綺麗な水が供給される。


 ダンジョンの入口のすぐ傍から湧いている水なので、最初は、警戒感もあった。だが、飲めるとわかると、不安は消えた。


 綺麗な水の供給により、街では水質が悪くなっていた不満は解消された。また、悪神アンリが気を廻してくれたのか、オアシスでも水量が増えて、オアシスの縮小は停まった。


 不安が解消すると、街の人々の心に、余裕が生まれた。エイミル穏健派の功績が注目される。すると、美味い話だけをする鷹派に対する信用が揺らいだ。街では「平和が一番」とささやかれた。


(大きな雇用が生まれ、財政は豊になった。環境悪化も改善され、貧者に対する救済が行われた。ええことずくめや)


 チャンスは幸運の尻尾亭で気分よく飲んでいた。

 いいだけ飲んだので、帰ろうとした。すると、怖い顔したゼルダが現れた。


「チャンス、大変な事態になったぞ。街の水道橋がピンチだ。鷹派の残党が再起を懸けて街の水道橋を壊そうとしている」


「何やて? そんな事件を起こされたら、街の皆が困る」

「私はこれから、集められるだけの冒険者を集めて、水道橋の破壊阻止に動く。チャンスは先に水道橋に入って、水道橋を守ってくれ」


「水道橋は全長九㎞もある。簡単には守れんで」

「犯人の狙いは、取水口だ」


「わかった」

 チャンスは冒険者ギルドから飛び出した。


 空を飛びダンジョンの入口に近くにある取水口に行く。取水口に着いたが誰もいなかった。

「何や? 誰もおらへんぞ。まさか、謀られたか?」


 酔いが吹き飛んだ。思えば、ゼルダが密談スペースに誘わなかった態度も妙だ。

(わいをここに誘導したゼルダはん、偽物だったかもしれん)


 チャンスは危険を感じて空に飛び上がろうとした。すると、チャンスを中心に半径十mの、赤い光のドームが形成される。


 ドームの天井にぶつかると、チャンスは叩き落とされた。武装した人間が次から次へとダンジョン内から現れた。


 チャンスは炎を吐いて、出てきた人間を牽制しようとした。だが、炎が出なかった。そのうち出てきた人間は五十人を超えてチャンスを包囲した。

 チャンスは大きくなろうとした。だが、赤く光るドームの中では巨人になれなかった。


(あかん。これ、普通の魔法やない。炎も吐けず、巨人にもなれない。魔精霊の力を奪う、特殊な奴や)

 真っ赤なローブを着た、白髪の老人が前に出てくる。老人の手には、青銅の古びた壺があった。


(あれは封印の壺や。まずいで)

 老人が壺を開けると、チャンスの体が中に引き込まれそうになる。チャンスは抵抗したが無駄だった。


 チャンスの体は壺の中に吸い込まれた。チャンスの意識はそこで途切れた。

 次に目を覚ました時にはベッドの上だった。

「何や? どうなっているんや? わいは壺の中に封印されたはず。あの壺の中から自力では出られんはずや」


 部屋を見渡すと、六畳ほどの小さな部屋でベッドがあるのみ。窓には鉄格子が嵌まっていた。


 武器を探すが武器になるようなものは見当たらなかった。服はいつもの服ではなく、白い服を着ていた。


「わけがわからん。でも、よくない事件が起きた気がする」

 チャンスが何も思い出せなかった。すると、床に直径二mの穴が開いた。


 穴から真剣な顔のヘンドリックが姿を現した。

「チャンス、迎えに来たぞ」

「迎えってどういう状況や?」


「チャンスは水道橋を破壊して、警備に駆けつけた人間を殺した罪で捕まっている。このままだと、裁判で死刑になる」

(やはり、とんでもない展開になっていたのう)


「どうやら、鷹派の連中を甘く見ておった。でも、ここで逃げれば、罪を認めたも同じや」


「そんなぬるいことを言っている場合じゃない。やつらの手口は、ユクセルの時に見たはずだ」

「裁判で戦うだけ無駄か」


 ヘンドリックは真摯に頼んだ。

「頼む。俺と一緒に逃げてくれ」


 ヘンドリックも怪しかった。だが、ユクセルの情報を知っていたので、信じた。

チャンスは逃亡を決意した。穴に入って進む。


「この穴は、どこに通じているんや?」

「大丈夫だ。アウザーランドの大使館まで掘ってやるよ」


(大使館の中か。町中よりは安全かもしれんが、絶対やない)

 ヘンドリックが掘った斜めの穴を登る。いつか見た中庭に出た。


 中庭にはゼルダが待っていた。ゼルダの表情は、芳しくなかった。

「とんでもない事態になったな」

「わいが水道橋を壊したのは、本当なんか?」


「覚えていないのか? チャンスは巨人になって、水道橋を破壊したんだ。冒険者も目撃している。兵士の死人も出た」


 チャンスの気分は滅入った。

「意識を奪われて操られてしもうたか」


 ゼルダが険しい顔で尋ねる。

「操られた状況を立証できる人間はいるか?」

「敵の魔術師だけや。でも、わいを封じて意のままに従わせられる術者や。かなり高位の魔術師やで。捕まえるのは大変そうや」


 ゼルダが考え込む。

「さて、これからだがどうする? この町に潜伏しても、いずれは見つかるぞ」


「ユガーラの街を去るしかない。操られたとはいえ、街の人間に迷惑を掛けた結果には、変わりがない。それに、魔精霊に恐怖を抱けば、もう街の人間はわいを受け入れられん」


 ゼルダは悲しそうな顔をする。

「街の人間のために働いてきたのに、街を去るか。悲しい結末だな」

「しゃあないわ。これも、わいが望んで辿り着いた結末や」


 ゼルダは優しい顔で誘った。

「チャンスが受け入れるのなら、私は何も言わない。どうだ? アウザーランドに来ないか?」


「いや、アウザーランドには行かん。ゼルダはんに迷惑が掛かる」

 ゼルダの顔は冴えない。

「なら、どうするんだ?」


 チャンスの覚悟は決まっていた。

「街を去る。だが、街を去る前に、わいは操った魔術師と決着を付ける」

「魔術師を捕まえても、正直に証言してくれるとは限らないぞ」


「わいの無実の罪を晴らすのは無理かもしれん。でも、魔術師との決着は生きていくなら避けては通れん」


 ゼルダが力強く申し出た。

「よし、ならば、私も協力しよう」


「ええのか? 危険な相手やぞ。それに、操られたら、今度はゼルダはんを襲うかもしれん」


 ゼルダは毅然とした態度で宣言した。

「その時はその時だ。私の行く道は私が決める」

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