第38話 冥府神の城へ(後編)

 真新しいクリーム色の外套を被った身長百五十㎝ほどの人物が、城からふらふらしながら出てきた。謎の人物はチャンスにぶつかりそうになる。


「大丈夫か」とチャンスは謎の人物を抱きとめる。謎の人物は少女の声で。

「ごめんなさい。何も食べていなかったから」と、か細い声を出す。


 だが、少女は素早くチャンスから財布をろうとした。

 チャンスは気が付いたので、少女の手を取り上げる。


 少女の手は白く、綺麗だった。

「おっと、悪戯いたずらはいかんで」


 財布をるのに失敗した少女は、乱暴に掴まれた手を振りほどいた。

「勘のよい男ね」


「お宅は亡者じゃないようやし、何者なん?」

「私、わたしはチチェク。この城に囚われていた姫よ。お願い。この城から逃げるのを、手伝って」


 ばたばたと足音がして、鎧兜を身に纏った五人の兵士が現れる。

 チチェクはすぐにチャンスの後ろに隠れた。


 兵士が焦った口調で尋ねる。

「そこの男、ここら辺で、身長百五十㎝くらいの女の子を見なかったか?」

「それなら、さっき、わいの財布を掏ろうとした女の子が、それくらいでしたわ」


 兵士は驚き、急ぎ尋ねる。

「まさか、冥府銅貨が入った財布を盗られたのではあるまいな」

「いいえ、咄嗟とっさに防ぎました」


 兵士は安堵した。

「そうか、それはよかった。それで、少女は、どこに行った?」

(何や、兵士にはチチェクが見えないんか、これは魔法の一種やな)


「それなら、ここにと」チャンスは振り返って、チチェクの肩を掴んで、兵士の眼の前に置いた。


 目の前に置くと、さすがの兵士も気が付いた。

 兵士はほとほと困った顔で意見する。


「サロメ様。また、お城から逃げようとしたのですか。いい加減にしてください」

(何や、チチェクは偽名か。ほんまは、サロメ言うんやな)


 サロメと呼ばれた少女は、諦めたのか、フードを外した。

 フードを外すと、十五くらいになる少女の顔があった。


 サロメは白い肌をして、小顔で金色の髪をしていた。切れ長の目で、きっとチャンスを睨んだ。

「どうして、私を差し出す真似をしたのよ」


「だって、わいは冥府神サヴァロン様にお願いをしに来たんよ。そんな冥府神サヴァロン様の不利益になるような行動は取れんよ」


 四人の兵士がサロメを囲んで、頑とした口調で告げる。

「さあ、戻りますよ。サロメ様」


 サロメは四人の兵士に連れて行かれた。残った一人の兵士が、チャンスに礼を述べる。

「本当によかった。ここで冥府銅貨がサロメ様の手に渡っていたら、我ら五人の馘首くびが飛ぶところだった」


「それはよかったですな。それで、冥府神サヴァロン様にお会いして、お願いしたい用事があるんやけど、ええですか?」


 兵士は困った顔をした。

「冥府神サヴァロン様はお忙しいお方。今も面会を希望する客が五百人は待っている」

「それは、また繁盛してますなー」


「今回、世話になった。なので、できるだけ早く会えるように事務方に伝える。だが、期待はするなよ」

「五百人待ちかー。何日くらい掛かるんやろう?」


 兵士に待合室に案内される。だだっぴろい待合室には、亡者、精霊、妖精が大勢待っていた。


 受付に行き、名前を伝えると、六百八十五番の札を渡される。

 席に座ると役人が控え室に来て「二百番の方どうぞー」と呼ぶ声がする。

「今が二百番かー、六百八十五番は遠いのう」


 チャンスは、ただ黙って座って待った。面会者は用事によって時間が違う。

 どれだけ待てばいいのかと思うが、騒ぐわけにはいかない。

(急ぐわけではないけど、これ、一週間とか二週間は、掛かるかもしれんなあ)


 気落ちしていると、二百一番の次に「ミラクル・チャンス様」と兵士に名前で呼ばれた。


 返事をして立ち上がる。

「こちらへ」と兵士に連れて行かれた。兵士が進んだ先に大扉があった。扉を開けると、十五mほどの長いテーブルがある、食堂のような部屋だった。


 部屋の両脇に十人ずつ兵士が並んでおり、十名の給仕と五名の執事がいる

 上座に身長三mの男性が座っていた。男性は筋骨隆々で立派な髭を生やした、オレンジ色の肌の男性だった。


 格好は西の貴族が好んで着るような緑のワンピースに、サンダルを履きだった。

 執事の格好をした人物が、うやうやしく告げる。


「こちらは冥府神サヴァロン様である。失礼がないようにな」

(何や、ラッキーや。すぐに会えたで)


 冥府神サヴァロンは威厳のある声で告げる。

「客人よ。この度は城から逃げようとする我が娘を捕まえてくれて感謝する。急ぎのようなので、休憩中での面会となったが、いいか?」


「へえ、難しい用件やないので、すぐ済みます。ユガーラの街の北に冥府神サヴァロン様を信奉するダンジョンがあります」


 執事がチャイムを鳴らすと、空中に地図が現れる。

 冥府神サヴァロンは地図を確認する。

「確かに、我が信奉者が経営するダンジョンがあるな。それで?」


「そのダンジョンに水を分けてもらおう、との話になりました。水を分けてもらうのに、条件が付きました。貧民救護院において貧しい人を命の煌きを冥府神サヴァロン様に捧げよ、となりました」


 冥府神サヴァロンは少し不思議がる。

「別段、問題になる話ではないぞ」

「そう承諾してくれると、嬉しいです。ただ、ダンジョンから冥府神サヴァロン様がお喜びになる墨付きを貰ってこいと命じられました」


 冥府神サヴァロンはいとわずに承諾してくれた。

「これしきの案件でお墨付きなど、出す必要は感じない。だが、娘のサロメが迷惑を掛けたそうだから、書状を発行してやろう」


「ありがとう、ございます。用件はそれだけです」

 冥府神サヴァロンは真面目な顔をする。

「では今度は、わしの用件を伝えよう」


(タダで書状は出んか、何をさせられるんやろう?)

「何でしょうか? 無学非才の身ゆえ、できる仕事は限られますが」


「娘のサロメのことだ。娘が地上に出たがって困っている」

「冥府銅貨を手に入れて地上に渡りたがっていましたからな」


 冥府神サヴァロンは頑なな態度で命じた。

「娘を地上になぞ出すわけにはいかん。そこで、ミラクルよ。お主、娘に地上には何も面白いものなぞないと教えてはくれまいか」


(外に出したくない親御さんの心はわかる。せやけど、サロメさんも逃げ出すまでに考えているなら、無理に止めれば危険や。余計な悲劇を生むかもしれんのう)


「それは、できません。嘘を教えれば、サロメさんの思いは一層に強くなります」

 冥府神サヴァロンは不快感も露に脅す。

「ミラクルよ。ここは冥府だ。わしの思惑一つで、お前を恐ろしい牢の中に入れる決定もできるのだぞ」


「わいを牢に入れても、サロメ様の思いは変わりませんやろう。それに、ここには地上を知る亡者が大勢やって来ます。亡者からの話を聞けば、サロメ様の思いは、ますます強くなります」


 冥府神サヴァロンの表情は厳しかった。

「わしに逆らうのか」

「逆らうも何も、未来を暗示しているだけですわ。それなら、いっそ気が済むように優秀な御付の者を付けて、地上も見せたほうが納得すると思います」


 冥府神サヴァロンは苦い顔をする。

「ミラクルよ。お主まで、そんな説教をするのか」

「へつらって嘘を吐いても、よいことはありまへん。可愛い子には旅をさせろ、ですわ」


「お前の教えたい内容はわかった。納得はできんがな」

「子供はいつまでも子供やないですよ。段々と成長していくものです」


 冥府神サヴァロンは不機嫌な顔で席を立つと、休憩室を後にした。

 執事に待合室で待つように指示される。


 四時間ほどぼーっと待合室で待つと、執事がやって来る。

 執事は素っ気ない顔で告げる。

「御所望の書状です」


 中身を確認すると問題なかったので背負い袋に入れて、チャンスは冥府神サヴァロンの城を出た。


 船着場まで飛んで行く。渡し守がいたので、これ幸と声を掛ける。

「現世に戻りたい。頼めるか?」


「冥府銅貨が六枚、必要だよ」

 財布から冥府銅貨を六枚出して、渡し船に乗る。


 船に乗った途端に、辺りが真っ暗になった。

「何や?」と思っていると、明るくなった。

 チャンスは冒険者ギルドの入口に立っていた。

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