第37話 冥府神の城(前編)
チャンスはゼルダに空飛ぶ絨毯に乗せてもらって、狂気の谷に向かった。
狂気の谷の上空に行くと、ゼルダは申し訳なさそうな顔をする。
「すまない。チャンス。こんなことしかできなくて」
「ええって。場所が場所や。ゼルダはんかて、狂気の谷の底に下りていけば、無事ではすまない。それに、帰りの渡し賃は一人分しかない。二人で行けばどちらかが帰ってこられん」
「それはそうだが、他に私にできる仕事はないのか」
「なら、幸運の尻尾亭で待っていてや。きっと朗報を持って帰ってくる。ほな、行ってくるで」
チャンスは耳栓をすると、笑って空飛ぶ絨毯から飛び降りた。
足から炎を噴射させて谷に下りる。谷に開いた大穴から下に向かって進んで行った。
人が並んで通れるほどの暗い道を、チャンスは下りて行った。
谷の底から聞こえる人の気を狂わす怪音波も、耳栓のおかげで聞こえなかった。また、モンスターや狂気の谷の住人にも会わなかった。
暗い道も四時間ほど掛けて下りると、直径二十mほどのドーム型の空間に出た。
空間の真ん中には直径五mの穴があり、横に石碑が建っている。
石碑には『ここより下は冥府。ゴミを捨てるな』と書いてあった。
(ついに、冥府の入口や)
穴の底を覗く。遙か下で赤い光が灯っていた。
チャンスは意を決して、穴に飛び込んだ。体が落下する。だが、いくら時間が経っても赤い光は近づいてこなかった。
おかしいと思って、炎を噴射した。加速したが下に着かない。天を見上げれば真っ暗だった。
(これ、まずいやつや。冥府で道に迷ってしもうた)
チャンスはどうしたものかと考えてた。すると、目の前に突如、大きな火が灯った。
炎は全長十二mの人型の巨人になった。相手は恐ろしい鬼の顔をした炎の魔神だった。
炎の魔神は、意地の悪い笑みを浮かべる。
「人間か精霊か知らん。だが、俺の住処に足を踏み込むとはいい度胸だ。誰の許しを貰ってここに来た?」
(これは答を間違えると、やっかいな事態になるね)
チャンスは堂々と答えた。
「わいは、ミラクル・チャンスいう魔精霊です。アンリのおやっさんの命令で冥府神サヴァロン様に会いに行く途中ですわ」
アンリの名を出すと、炎の魔神の顔が歪む。
「何だと? アンリの指示だと? ったく、あいつと関わると、碌な事態にならん」
(アンリのおやっさん、さすがに顔が広いな。ええ意味とは限らんけど)
チャンスは下手に出て話す。
「あの、先を行っても、ええですか? といっても、どう進んだらええのか、わからんけど」
炎の魔神は手招きする。
「本当に、どうしようもない奴だな。いいぞ、道を教えてやる。こっちだ」
炎の魔神に従いていくと、ものの数分で地面に到達した。
地面には他にも炎の魔神が四人で車座に座っていた。
(上から見えた灯の正体は、炎の魔神か。わからん奴には、いつまで経っても、下りられん。わかっている奴は、すぐに降りられる仕掛けなんやな)
炎の魔神が一点を指差す。
「この先をまっすぐ進むと、冥府神サヴァロン様のお城がある。途中、危険な獣や鳥もいるが、魔精霊なら問題ないだろう」
「ご親切に、ありがとうございます」
炎の魔神は嫌そうな顔で指示する。
「わかったら、とっとと行ってくれ。面倒事は御免だ」
チャンスは全長十二mの炎の巨人になった。空を飛んで示された方角に向かった。
途中、茨の森、針の谷、毒の沼地などがあった。だが、空を飛ぶチャンスには、関係なかった。
毒の沼地を抜けると、真っ赤な荒野があった。荒野を抜けると、海のような場所に出た。
(これが、冥府にある大河やな。噂やと、ここは船で渡らんといかんらしい)
空を飛んでも超えらそうだった。だが、大河には恐ろしい化け物が住んでいると、昔に聞いていた。
また、さっきのように、進めど進めど先に行けない罠があると困る。なので、素直に船を捜した。
上空から探すと、白い灯が見えた。行ってみると、船着場だった。
船着場には全長四十mの大きな帆船、十人乗りの手漕ぎボート、二人乗るのがやっとの渡し舟があった。
チャンスは人間サイズに戻る。
船着場には十人しか客がいなかった。客は皆、疲れ果てていた。
(帆船はまだ人が集まらんから出ない。手漕ぎボートは客が漕ぐとするなら、危なっかしい。すると、早く渡りたいなら渡し舟やろうか)
灰色のローブを着てフードを目深に被った、渡し舟の船頭らしき人間がいた。
渡し守に尋ねる。
「冥府神サヴァロン様のお城に行きたいんやけど、どの船が一番早くに着きますか?」
「俺の渡し舟が一番早いね」
声の調子からして、渡し守は若そうだった。
「なら、大人一人をお願いできますか」
渡し守はチャンスの頭の天辺から足元まで見る。
「あんた、人間ではないね。しかも、生きているね」
チャンスは正直に答えた。
「わいは魔精霊で生きています。せやけど、冥府神サヴァロン様に会わないけない用事がありまして、この河を渡りたいんですわ」
「俺が渡してやるよ。もちろん、死者と同じで、渡し賃は要らない。行きはね。ただし、帰りも乗りたければ、冥府銅貨が六枚必要だよ」
「大丈夫ですわ。帰りの船賃もきちんと用意しています」
「気を付けな。帰りの船賃は失くさないことだね。少し前に帰りの渡し賃を奪われて帰れなくなった奴がいる」
チャンスは渡し舟に乗る。
渡し舟はすいすいと進むと、ものの数分で向こう岸が見えてきた。
「上空から見えた時は向こう岸が見えなかったのに、渡し舟に乗ったらすぐや」
渡し守が素っ気なく教えてくれた。
「冥府には冥府のルールってやつがあるのさ。船着場で待っていたやつらも、俺の船ならすぐだ。なのに、大きな船に乗ろうとするから、すぐに渡れない」
「大きな船だと、人が集まらんと出られんからなあ。待ち時間も馬鹿にならんやろう」
「悪いことだけでもないぞ。自分を見つめ直す時間ってのも、人間には必要だ」
チャンスは対岸に着いたので、下りる。目を凝らすと、薄闇の中に城が見えた。
「あれが、冥府神サヴァロン様の城でっか」
「そうだよ。あんたの願い、叶うといいな」
渡し守が船を出すと、渡し舟はすぐに見えなくなった。
(さて、こころかが本番や。気をつけていかんとな)
冥府神サヴァロンの城へは真っ直ぐ道が伸びていた。
船着場からは二十人は乗れそうな、黒い大きな馬が牽く荷馬車が待機していた。
だが、こちらも客が二人しかなく、すぐには出そうになかった。
チャンスは足から炎を噴射すると空を飛んで行った。すれ違うものもなく、追い越す人もいなかった。なので、冥府神の城にはすぐに着いた。
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