1.35 柔星祭の前のあれこれ③
来客用の宿舎は、図書室がある建物の上にある。
リュカと共に階段を上る、サシャのどこか楽しげな鼓動を、トールは背中越しに確かめていた。
「おや、リュカ殿まで」
宿舎で先にベッドを整えていたユーグが、サシャの横にいたリュカを見て声を上げる。
「アラン師匠がね、『人手が足りないのなら手伝うのが道理』って」
「まあまあ」
覚えたての言葉を使うリュカのどこか誇らしげな口調に、トールはサシャの背中で吹き出した。
「それでは、倉庫に準備したシーツを取りに行ってきてください」
エプロンの前後を直したサシャの横で、ユーグが恭しげにリュカに頭を下げる。
「分かった!」
にっこりと笑い、部屋を出て行くリュカの後ろを歩くサシャの足取りも、どこか軽い。文化祭や運動会前の、バタバタしているけど気分は高揚していた、あの雰囲気と同じだ。サシャの胸ポケットの中で、トールの心もしっかりと熱くなっていた。
「……あ!」
ステップを踏むように歩いていたリュカの足取りが、階段を降りきったところで止まる。
「『
リュカが発した声に顔を上げると、ユーグやアランが身に着けているものと同じ形の、しかし黒い色の、裾が靴に届く服を身に着けた集団が、修道院の正門から修道院長の部屋がある建物の方へと歩いているのが見えた。
「お父様は、……いらっしゃらないか」
背伸びをして『星読み』の人達を確かめたリュカが、しょんぼりとした声を出す。
「あ、でも、ぼくが
珍しい。『星読み』の集団の中でも一際高齢に見える、杖をつく人物を見つめ、リュカが首を傾げる。確かに、杖をついた人が険しい山の中にある観測所に行くことは、おそらく難しい。あの人は、何故、こんな辺鄙な場所に来たのだろうか? リュカ同様首を傾げたトールがその首を元に戻す前に、その杖をついた老人は、トールがびっくりするほど素早い歩みで中庭を横切り、気が付いた時にはサシャとリュカの前に立っていた。
「お久しぶりです、『予言者』ザハリアーシュ様」
そう言いながら小さな膝を床に落としたリュカに習うように、サシャも床に膝を落とす。サシャが頭を垂れる前に見た『予言者』は、間違いなく、老人には見えない顔色をしていた。
「困難な道を行け」
杖を持っていない方の手でサシャの肩を押し、サシャの顔を上げさせた『予言者』の微笑んだ唇から、一言だけ、重々しい声が漏れる。その声の重さにトールが震えを覚える前に、『予言者』はくるりとサシャに背を向け、一瞬の後には他の『星読み』達が並ぶ中庭の向こうへと消えていた。
「……?」
「大丈夫? サシャ?」
膝を落としたまま呆然とするサシャの肩を、立ち上がったリュカの小さい手が揺らす。
「ザハリアーシュ様、何か言ったの?」
どうやらあの一言は、リュカには聞こえていなかったようだ。
一体、あの一言は、何だったのだろう? リュカに促され、ユーグの手伝いに戻ったサシャのエプロンの胸ポケットの中で、トールの心は妙な感じに燻っていた。
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