1.8 朝の会話①
明るくなった視界に、瞼を上げる。
聞こえてくるのは、微かに響く鳥のさえずりと、薪の小さく爆ぜる音。サシャの姿は、どこにも見当たらない。斜めになった天井の下の、物が無いすっきりとしたスペースを見回し、トールは小さく息を吐いた。
トール自身はどうやら、昨夜と同じ、ざらざらとした物の上に置かれているらしい。トールの『表紙』に接している感覚を、確かめる。この表面は、昔暮らしていた母方の祖父母の家の屋根裏にあった『行李』というものに似ている気がする。目線は、床よりは高い。だが、斜めの天井は、意外に遠くに見える。
[やっぱり『本』なんだなぁ]
自分の現状に、トールは再び、深く息を吐いた。
そう言えば、サシャはどこに居るのだろう? 誰も居ない空間をぐるりと見渡す。下の部屋、サシャが叔父ユーグとともに夕食を摂っていた部屋は、トールが居るこの場所からは壁と天井しか見えない。その場所にも、人の居る気配は無い。
修道士は『祈祷書』を肌身離さず持っていなければならない。昨日、ジルドと呼ばれていた背の高い人物がサシャに言った言葉を思い出す。素直なサシャが師匠と呼ばれる人物の注意を守らないということは有り得ないから、サシャがトールを置いてあの修道院に行ったという選択肢は消える。サシャが使っていた毛布と薄手のマットが見当たらないから、きっと布団干しか洗濯をしているのだろう。図書室の掃除に一生懸命だった昨日のサシャの姿を思い出し、トールは息を吸って心を落ち着かせた。
サシャは、女の子、なのだろうか? 不意の思考に、思わず笑う。昨夜、泣き喚いてしまったトールを抱き締めたサシャの胸は温かだったが、トールと同じくらい平板だった。いや。熱くなった頬に、首を横に振る。
胸の無さを気にしていた小野寺の、困ったような顔が脳裏を過る。涙を覚え、トールは強く首を横に振ることで幻影を追い払った。
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