第19話 上へ、上へ

「長瀬さん。今、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。次のシングルの件で相談させていただきたいのですが」


「ミュージックビデオの制作スケジュールのことだろう。ちょうど私も柏木くんと話そうと思っていたところだったんだ。会議室に場所を変えようか」


 ある日の夕方、オフィスに戻り一息ついていた私のもとを柏木くんが訪ねてきた。こちらからも話をしなくてはと思っていたところだったからグッドタイミングだ。


 かねてからの懸案事項の確認を終え、ついでにその他の諸々を含めた打ち合わせを始めると、途中から話題は少し脱線して我々のグループの近況へと移っていく。


「しかし、こうして撮影のスケジュールとかに頭を悩ませるグループになるなんて、なんだか感慨深いものがありますよね。初めは仕事なんて数えるほどしかなかったですし、こんな日が来ればいいなとは思っていましたけど本当に来るかは正直、半信半疑でした」


 柏木くんの言っている通り、活動を始めた当初は暇な日も多く、仕事の量も内容も本当に限られていた。アイドルに成ったことを彼女たちが実感できる機会はほどんど無かったことだろう。


 それが、今では有り難いことに自分たちの都合だけでは明日の予定すらも決められない日々が続いている。


 背水の陣で臨んだ四枚目シングルのヒットは目論み以上で、その余勢をかって出した五枚目でも更に売り上げを伸ばすことができた。


 美咲のセンター適正や一般層への訴求力は想像を越えていて、彼女が真ん中に居るだけでグループ全体が華やかな、キレイな大人っぽい女子の集団というイメージを創り上げることができた。


 それが世間一般からすると新しかったのか、瞬く間に我々を知る人が増えていくことになった。


 従来の多くのアイドルグループとは一線を画すようなコンセプトではあるが、この路線に舵を切ったのは正解だったということなのだろう。


 そういう意味で、ウチは「いかにもアイドル」という雰囲気がグループそのものからも滲み出ない方が良い。アイドルなのにどこかアイドルらしくない。それがウチの色であり、これからも維持していかなくてはならない根幹であるということだ。


 美咲を中心に桐生、里見の大人組の三人を前面に出して成功したということは、そういうことなのだ。


 おそらく、このまま美咲をグループの顔として売り出していけばそこそこ以上に売れ続けるだろうし、彼女が居る限りはそうそう廃れていくことはないと思う。


 しかし、それではいけない。


 先々の、美咲が居なくなってからのこともあるが、それ以上に我々は「そこそこ」売れるアイドルグループを目指しているわけではない。


 アイドル界の頂点を目指す。そのためには核となる人材を複数抱えた欧州の超強豪サッカーチームのような、豪華なタレント集団にならなくてはならない。


 美咲で勝負すれば跳ねることは確認できたのだから、ここで美咲のセンターを擦り続けるのは決して得策ではないだろう。本当の意味でのギリギリの戦い、例えばミリオンセールスを連続でクリアして、現時点でトップとされているアイドルグループと雌雄を決するような。そんな次元に入るまでは可能な限り、美咲は温存するべきだ。


 今はまだ、もう一つ、二つと核を増やす段階なのだから。


 次のセンター候補としては美咲の両隣の桐生や里見も考えられたが、彼女たちにはどちらかと言えばグループの層を厚くする役割を担ってもらいたい。センターが周りから浮くことを恐れずに能力をフルに発揮するためには、その輝きに劣らない光を発して傍に居てくれる存在がセンター経験者以外に必要だ。二人は今のままでも、その重要な役割を十分に担うことができる。


 他のメンバーのなかでは、個人的には一井と成瀬の二人については一度は試してみたいと以前から思っていた。一井はファンからの支持が根強いし、成瀬は総合的に見てレベルが高い。どちらかでも美咲と双璧とよべる存在になってくれれば頼もしいところなのだが。


 あとは一期生で最年少の凛にも将来を見据えて一度はセンターを経験させておきたいし、籠守沢も演技の方の大きな仕事が入ったタイミングで売り出せば相乗効果で跳ねる可能性がある。


 ハイレベルな戦いに挑む前までに次やそのまた次のカードを用意することができれば、それらの多彩な手札を持った状態で我々は最終決戦に挑むことができる。


 その時には、再び美咲にセンターを務めてもらう必要があるだろう。それも足場が固まったことを確認できるまで、しばらくの間は続けてもらうつもりだ。


 あとは美咲の次を担う絶対的な存在が年少組や二期生から出てきてくれれば言うことナシなのだが、さすがにそれは望みすぎか。


 いずれにしても、今、我々の目の前には目に見える形で道が拓けている。ここを活かさない手はない。


 こんな私の考えにプロデューサー陣も納得してくれたみたいで、成功を手にした四枚目の次のシングルでは美咲はセンターの隣に配置することになった。センターには新たに一井を迎え、フロントは五人編成として美咲の逆側には成瀬、両サイドには里見と籠守沢を置くことになった。


 前作で世間に強烈なインパクトを残した由良美咲が、今度はセンターではないということは逆に各方面からの注目を集めたようで、その結果として五枚目のシングルにおいても更に上昇することができたのだと思う。


 完全に風を掴んだな。


「ここまでは長瀬さんの狙いというか、読み通りの展開なんですか」


 狙いか。それについては何とも言えないな。このくらい時間がかかるのは覚悟していた部分もあれば、思っていた以上に良いタイミングで売れたとも思えるし。


「おいおい。私の狙いはファーストシングルから大ヒットで、歌番組にも出まくって社会現象を起こして、そのまま一気に大晦日まで仕事で埋めることだったんだぞ。それと比べると全然足りないだろう」


 笑いながら冗談を言うと、柏木くんも笑った。


「でも美咲のセンターが当たったのに、あえて次のシングルでは替えてくるという戦略には本当に驚きました。しかも、それでも売上が伸びるのだから、それこそ長瀬さんの計算通りなのかなって思いまして」


 そこについては実際に身内だけでなくファンの間でも意見が割れていたようだし、彼を始めとするスタッフが疑問に思うのも当然の話だ。


「今のレベルで満足するなら、当面は美咲を固定してファン層を固めるのが正解だったと思うよ。美咲をセンターに据えて置けば、ある程度の層までは響くことが確認できたのだから。だが我々は違うだろう。もっと上を、一番を目指しているのだから。それには美咲頼みの一本足打法ではいつか限界が来る。そのためにセンター適正のある子を一人でも多く見出していく。それだけだよ」


 私の回答に柏木くんの眼が少し輝いた。


「一番を・・・。そうですよね。少し売れてきたくらいで浮かれている場合ではないですし。毎年、大晦日は年越しのギリギリまでお茶の間を賑わして、夏には各地域最大級の規模の会場を回る全国ツアーを実施する。当然、リリースするシングル曲はミリオンセールス連発でランキング一位が指定席。そんなグループを目指してますからね。少なくとも私は!」


 相変わらず熱いな。しかし、ウチのメンバーにはその熱量を内に秘めて出さない子が多いから、こうして傍にいる彼から溢れ出ていて良い塩梅なのだろう。


「そういうことだ。来年はもっと忙しくなるぞ。手始めに五、六千人から一万人規模のツアーを計画しているし、アンダー単独でのイベントも本格化させたい。その頃には二期生も加入して一年が経つし、十分に戦力になるだろう。ちなみに、最近のあの子たちはどんな感じだ?」


 まだまだレッスンが中心の彼女たちのことは、一番身近で面倒を見ている彼らマネジメントスタッフに訊ねるのが一番だ。


「二期生ですか。そうですね・・・。六枚目のシングルで早々に選抜に選ばれた横瀬よこせ小和こよりからは期待通り良いものを感じますし、篠塚しのづか砂羽さわも近い将来には選抜に入れるんじゃないかという雰囲気を感じます。他は今のところドングリの背比べかなっていうのが、ここまで見てきた印象です」


 やはり横瀬、次いで篠塚か。良くも悪くも想定の範囲内だな。


「そうか。まぁ、まだ入って半年だしな。これから見えてくるものもあるだろう。一期生からは卒業していくメンバーも出てきているし、二期生に期待するものは小さくない。宜しくな!」


 柏木くんが大きく頷いた。


 本当にそうだ。一期生から何人か卒業者が出始めたタイミングでの二期生の加入。運良くヒット曲にも恵まれて仕事の量も格段に増えてきた。ここで二期生がグループにマッチして相乗効果を発揮してくれたら、その時、このグループは一つの完成形に辿り着けるのだと思う。


 その未来は今日、明日ではないが、それほど遠くもないだろう。


 種は蒔かれた。あとは必要な養分を与え光を当てて、機が熟するのを待つだけだ。


「今だから訊けることなんですけど・・・、一つ良いですか」


 あらたまって質問をしてきた柏木くんに、私は頷いて身振りで続けるように促す。


「少し前の話になるのですがデビュー曲の選抜発表の時、あの時点では素人レベルの子も多かったなかで、明らかにパフォーマンス上位だった大館が選抜から外れたじゃないですか。あれって何か理由があったのかなって、実はずっと気になっていて」


 そのことか。たしかに多くのメンバーはもちろん、スタッフのなかにも未だに不思議に思っている人が多いだろうな。


 柏木くんには今後、もっと大局的な目線での仕事をお願いすることが増えてくるだろうし、今更ではあるが話しておくか。


「たしかに、パフォーマンスの上位の子から順に選抜を決めていたのであれば大館は入っていたと思うし、何だったら前の方だったとも思うよ。それは間違いない。ただ、あの時点ではウチのグループが何で勝負するか。どういう色にしていくか。明確にはなっていなかっただろう。その状態でデビューするのであれば、後々、どんな色にでも染まれるような、そんな布陣で選抜メンバーを構成する必要があったんだ」


 柏木くんは真剣に私の話に聴き入っている。かれこれ二年近く前の話になるのに、本当に気になっていたんだな。


「とにかくデビュー曲というのは怖いもので、そこで作られたイメージというのはしばらくの間、下駄にも足枷にも成り得る。そのどちらも手にしたくなかったウチは、アイドルとして水準以上の実力を備えていることは見せながらも、一方で固定観念を植え付けることはしない。そんなことを考えに考えた結果として選ばれたのが、あのメンバーだったということだ」


「つまり一定以上の実力者でかつアイドル性を持ったメンバーを前面に出しつつも、全体としては色々なキャラクターのメンバーを織り交ぜたかったということですよね。なるほど。芸能のキャリアを持っていてパフォーマンス上位であった大館は、フロントの三人を含めた似通ったバックボーンを持ったメンバーたちと選抜入りを競っていた。二列目や三列目のメンバーとの取捨選択ではなかった、と」


 さすが、理解が早いな。


「そういえば二列目は安定感を感じさせる大人っぽい雰囲気のメンバーばかりでしたし、三列目は原石感が強いというか、粗削りだけど色々な特徴を持った子が集まっていましたね。たしかに大館は実力上位だったが故に三列目に置くと浮いてしまうし、かといって当時の二列目だった連中と比べるとあの頃は幼い感じでした。そう思うと全てに合点がいきます。なんかスッキリしました」


 言いたかったことは総て伝わったみたいだ。


「パフォーマンス集団を目指すであったり、徹底的にアイドル性の高いグループにするというようなコンセプトが確定していたのであれば、また違う選抜構成でデビューしたのだろうけどな。まぁ、いずれにしても今となっては昔の話だ。ウチが目指すべき方向は見えてきたのだから」


 こんなデビュー当時の話も、その他の表に出ていない様々な舞台裏の苦労話も、成功すればその軌跡の一つとして語られる良い裏話になる。


 これから先、そんな話がどんどん増えていくのかと思うと楽しみでならないな。


 疑問が解消され柏木くんが納得した顔を見せてくれたところで、我々は再び具体的な目先の仕事の話に戻って行った。


 こんな日常の一コマすら、その一つになるかもしれないのだから幸せなものだ。

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