第17話 分かれ道

 四枚目シングルのヒットで少しばかり世間に知られるようになった私たちは、続く次のシングル曲でも更に売り上げを伸ばすことが出来た。


 鳶が上昇気流に乗って上空に舞い上がるような感じで、前作から大きくコンセプトを変えてはいないし、特別に変わったこともしていない。それなのに日に日にファンが増えていっていることが、イベントの来場者数やブログのコメント数などから嫌というほど実感できる。


 握手会なんかは相手が多ければ多いほど当然に時間が掛かって大変だし、ブログに寄せられるファンからのメッセージだって有り難いから全部読んでいくつもりなのだが、コメント欄はその時間を確保するのも難しくなるくらいの盛況ぶりだ。


 嬉しい悲鳴とはこういうことを言うのだろうな。


 そんななか、グループが結成されてから二年くらいが経とうとしていたタイミングで、私たちは新たな試練に直面することになる。


 初めてとなるグループからの脱退者、我々の業界ではオブラートに包んで「卒業」という言い方をするのだが、そんな卒業者が出ることになったのだ。それも、同時期に二人も。


 卒業することになった子の名前は蒔田まきた華代はなよ荒井あらい扶美ふみ。ハナちゃんは私より一つ年上でウチの最年長世代の一人だし、扶美は私や美咲、藍子と同い年だ。二人とも年長組ということもあり卒業すること自体に驚きはない。少なくとも私には。


 どちらも選抜に入ったのは一度だけ。それも一枚目、二枚目と初期のシングルということで、選抜から遠ざかってともに一年以上が経っている。


 そんな状況下で二期生が入ってきたということもあり、二人は卒業という選択をするに至ったのだろう。


 そうは言っても、ハナちゃんはウチのグループを辞めてからも何かしらの芸能活動を続けるのかもしれない。元々、舞台から何かのキャンペーンガールまで様々なオーディションを受けて回っていたみたいだし、アイドルがダメなら次の道を探すのだろう。器用なハナちゃんなら、それもアリなのだと思う。


 一方で扶美は大学生。それも私や藍子と同じで将来を真剣に考えなくてはならない三年生ということもあり、おそらくは就職活動や資格試験の受験など元の生活に戻るのではないか。本人からはっきりと聞いたわけではないが、私には自分と重なる彼女の思考がなんとなく想像ついた。


 そんな二人のことを初めに聞いたのは風の噂レベルの話だったが、そこは年頃の女子の集団。噂になってからメンバー全員に広まるまでには何日もかからない。


 もちろん、ゼロから一緒に始めて頑張ってきた仲間が卒業してしまうのは寂しいことだが、かといってアイドルがいつまでも続けられる仕事でもないのも事実。


 それならば自分の間合いで、ここかなと思ったところで辞めるというのは、私は何もおかしくはないと思っている。


 冷静にこんな風に考えてしまう私は、こういうところが魅力的ではないのだろうな。アイドルとしても、人間としても。


 それに引き換え美咲はといえば、この話を聞いた瞬間からほぼこの話題一色で、この間に本人たちに会う機会がないからトラブルは起こっていないが、会ってしまったら体を張ってでも引き留めそうな勢いだ。


 そして、遂に懸案のその時が訪れることになる。


 全員が集まる仕事の場で正式に二人の卒業が発表され、その日の帰り際、我慢できなくなった美咲が二人に直談判をしに行ったのだ。


「ねぇ、ハナちゃん!扶美も。本気なの?どうして、やっと少しずつ売れてきて、これからってところじゃん。もう少し皆で頑張ろうよ」


 美咲の必死の問いかけにも、二人は困ったような笑顔を浮かべるだけだ。


「そうだね。ここから先はどんどん活躍の場が広がっていって、グループとしても個人としても売れていくと思うよ。だから美咲たちは頑張ってよ。応援してるから」


 ハナちゃんの当たり障りのない回答に、熱くなっている美咲のテンションは更に上がってしまった。


「そうじゃなくて、一緒に頑張ろうって!辛いレッスンも一緒に耐えてきたし、まだまだこれからじゃん。私も頑張ってもっとグループを有名にして、みんなが毎日を仕事で忙しく過ごせるように、一番は麹町だって誰もが認めるようにするから!」


 美咲の必死すぎる引き留めにも、二人は相変わらず態度を変える気配を見せない。それどころか困った感じが強くなる一方だ。


「美咲なら有名になれるし、売れっ子になると思うよ!将来、一緒にやってたのを自慢するから、頑張ってよね。応援してる」


「だから・・・」


 そう言いかけた美咲に、おそらく彼女にとって一番苦手な言葉が扶美から浴びせられた。


「美咲、お世辞でも何でもなく、あんたは凄いよ。めちゃくちゃ美人だし、性格も明るいし。歌もダンスも、昔からやっていたわけでもなかったのに、今じゃウチでも上手い方だし。何より、纏ってるオーラが普通の人と違うと思う。美咲なら、この先も芸能界で生き残れると思うし、一番になるのも夢じゃないよ。本気でそう思ってる」


 突然の受け入れ難い誉め言葉に、美咲はどう反応していいのかわからない感じだ。


「それなのに、こんな風に私たちみたいな子にも本気で何かを伝えようとしてきたり、仲間を大事にしようとするところなんか、本当に魅力的だと思う。私もあんたのことは大好きだよ。みんなもそうだと思う。だけど・・・」


 話しながら扶美の表情が少し変わったことで、言われている美咲も少し身構えたように見えた。

 

「そろそろ自分が特別な存在であることや、周りより自分が優れているところを認めた方がいいと思う。美咲が言ってることはわかるんだけど、それは誰もに当てはまることじゃないんだよ。少なくとも私たちは二年間頑張ってきて、自分の限界や凄いと思う子と自分の差を知ることができた。満足のいくアイドル生活だったとは言えないけど、挑むだけ挑んでやめるから後悔はないんだ」


 美咲は表情を変えずに聞いているが、いつの間にかその頬には涙がつたっていた。


「だから、美咲たちには頑張って欲しいって本気で思ってるんだって。自分たちに叶えられなかった夢を、残ったメンバーで叶えて欲しいって思ってるしさ。卒業してからも応援するから、私たちが居たグループは凄かったんだって、そう思えるくらい有名になってよ」


 そう言ったかと思うと、扶美は美咲の肩を軽く叩き、そのまま振り返らずにその場を去って行った。一緒に居たハナちゃんも、うなだれる美咲の頭を撫でてそれに続く。


 残された美咲と私は、しばらく言葉を交わすこともなく家路を進む。


 美咲は本気で全員で夢を追い掛けたいと思っていただろうし、それが出来ると信じていたのだろうな。もちろん、ハナちゃんや扶美だってそれが出来ればそれに越したことは無かったと思う。それでも、自身の置かれた状況や今後のことを考えて、一人の大人として卒業を決めたんだ。


 どっちも悪くないし、どっちも辛いのだと思う。


 ただ扶美が言ったことは事実だし、正直に言えば私だって同じようなことを思うのだけど、その言葉は今の美咲にとってはこれ以上ないほど痛かっただろうな。せっかく自分が多くのスポットライトを集めてしまうことを割り切って、受け入れて、前向きに捉えて頑張り出したところだったのに。気にしなければいいけど・・・。


 私がそんなことを考えていると、突然、黙っていた美咲が俯きながら喋り出した。


「ねぇ、私って美人なの?特別な感じ?」


 なにやら唐突。


「うん、めちゃくちゃね。でも特別なのは容姿だけじゃなくて、性格とか雰囲気とかを含めた、アイドルとして全体的にって感じかな」


 とりあえずストレートに返してみる。


 すると美咲は、さっきまでとは打って変わったスッキリしたような表情で真っ直ぐに前を向いた。


「そっか。わかった。もうそこは疑わない。自惚れるなって言われるまでそう思うことにするから、その時はヨロシクね」


 どの時に、何を?


「ヨロシクって?」


「だから、自惚れるなって言わなきゃならないと思ったら言ってねってこと。調子に乗るな、でもいいよ。そんなの言えそうなの葵しか居ないじゃん。藍子は何だかんだ言葉を選びそうだし」


 そういうことか!この子はやっぱり面白いな。


 美咲のこんなところが、私はたまらなく好きだ。


「ちょっと、私だって丁寧な言葉遣いをする時はするからね。一応言っておくけど!でも、わかった。引き受けるよ」


 やっと美咲が笑った


 この時から、美咲は安易に「頑張れ」とか「諦めるな」というような台詞を他人に対して言わなくなった。同時に、謙虚さは失っていないが過度に謙遜することはなく、一段と自信の有り気なオーラを纏うようにもなったと思う。


 また一歩、完璧なアイドルに近づいた気がする。


 この子と接していると、夢がただの夢ではなく目標に変わっていく。手が届かないと思っていた場所が、ひょっとしたら、頑張ればと思えるようになる。そんな気持ちにさせてくれることばかりだ。この感じ、何度味わってもたまらないし、クセになっちゃうよね。


 私は美咲が進化していくにつれ自身の抱えていた迷いも消えていき、いつからか進むべき道が自分の中で明確になっていることに気付いた。


 もう迷わない。


 美咲、私はあんたと一緒に夢を追うよ。決めたから。これからもヨロシク。

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