第16話 未知との遭遇
ある日、レッスン場に続く廊下で私は一人の女の子に会った。
何かを探しているみたいだったが、その挙動は明らかに不審なものだ。
「ちょっと、どうしたの?何かで迷い込んじゃった?ここは勝手に入っちゃダメなところなんだけど・・・」
高校生くらいかな。明らかに業界の人ではない感じだし、この場に居る不自然さはピカ一だ。
「あっ、すみません・・・。あの、私、今日はオーディションでここに来たんですけど、お手洗いに行ったら戻る場所がわからなくなってしまって・・・。大きな会議室だったと思うのですが・・・」
そういえばウチの二期生を募集してるんだったな。そのオーディションか。たしかもう、けっこう進んでるんじゃなかったっけ。
「それなら、あっちの奥の右側じゃないかな。いつもそういうので使ってる部屋だし。この建物、似たような感じの場所が多くて迷うよね。私も初めの頃はよく間違えてたなぁ」
私の説明を聞いている間も、この子は私の顔をジッと見つめてボーッとしている。
大丈夫なのかな、この子。
「もしもし、わかった?大丈夫?」
私が更に声を掛けると、その子はハッと驚いたような顔をして慌てて目線を逸らした。
「あっ、はい。大丈夫です。どうもありがとうございます!」
そう言って深く頭を下げたかと思うと、彼女は駆け足で私が指した方に向かって走り去って行った。
あの子が後輩になるかもしれないんだよね。ウチに入った時、オーディションの日に私と会ったことって覚えてくれているかな。まぁ、忘れるか。そもそも私が誰だかもわかっていなかったかもしれないし。
でも、可愛い子だったな。他にどんな子が受けに来ているか知らないけど、普通なら受かるでしょ。特に去り際に頭を上げた時の一瞬の笑顔なんか、とても魅力的だった。なんか惹かれる。
いつか、彼女と私が一緒にセンターで歌うことが・・・。あるわけないか。最近は色々と悩むことが多いし、くだらないことを考えて現実逃避しようとしてるのかな、私。
頭のなかでそんな独り言を言いながら、再び廊下を歩き出した私の前に柏木さんが息を切らせながら現れた。何かを探しているような慌てた様子で、視野の広い彼にしては珍しく私の存在に気付いていないみたいだ。
「どうしたんですか、柏木さん。何かの安売りでもあるんですか?洋服なら私も連れて行ってください!」
「おぉ、美咲か。バカ言うな、なんで俺が昼間からバーゲンに向かって走り回るんだよ。そんなわけないだろ。それより、高校生くらいの女の子と会わなかったか?」
あれ、それってさっきの子のことかな。
「あっ、たぶん会いました。会議室がわからないって迷っていたので、場所を教えておきましたよ。まだその辺に居ると思います」
柏木さんは私の説明を聞くや否や、御礼代わりに手を上げてそのまま走り去ろうとしていたのだが、私は思わずその背中越しに声を掛けた。
「あの、さっきの子ってウチのオーディションを受けに来ている子なんですか?」
後から思うと、何故わざわざ呼び止めてまでしてそんなことを訊いたのか。自分でもよくわからない。
そんな私の呼び掛けに、立ち止まった柏木さんが振り返って答えてくれる。
「そうだ、もう最終まで進んでるぞ」
やっぱり。そっか、もう最終なんだ。
「受かりそうな子なんですか?いや、どっちもでもいいんですけど、なんとなく・・・」
そんな私の言葉に、柏木さんが意味あり気な笑みを浮かべながら答えた。
「受かりそうなんてもんじゃない、未来のエース候補だよ。・・・って言いたいところだが、残念ながらプロデューサー陣の評価はあまり高くないみたいだ。根がそんなに明るいタイプではないみたいで、歌やダンスはともかく喋るのがダメっぽいんだ。それでも俺は何かを感じるし、長瀬さんも同じ意見なんだけどな」
あら、ひょっとしたら本当に後輩にも何にもならないかもしれないんだ。それは残念。でも個人的には、ここで私と出会ったことも含めて面白いと思うんだけどな。
「おかしなことを言いますけど、実は私も何かを感じました。一瞬、一言交わしただけなのに。おかしいですよね。でも何だかはわからないですけど・・・。将来、自分と一緒にセンターを張るんじゃないかって想像しちゃったし!」
私の突拍子もない話に笑いながらも、柏木さんは少し嬉しそうだ。
「よし、そしたらその美咲の直感を長瀬さんにも伝えて、もう一推ししてもらうか!運命かもしれないしな!」
そう言い残して彼は走り去っていった。
それから数日が経ち、私たちのグループは初めてとなる後輩を迎えることになる。
そのお披露目の場に集まった取材陣に対して、ぎこちない笑顔を浮かべ、ゼンマイ仕掛けのように規則的に小さく手を振ることしか出来ない彼女たち。
私たちもこんな感じだったのかな、きっと。
そして更に数週間後、遂にその新メンバーとなった二期生と私たち一期生が顔を合わせる日がやってきた。
いつか会ったあの子も居る。
最終オーディションの日の時点でも当落線上に居た彼女は、その後にどうにかして合格を勝ち取っていたみたいだ。
こうしてあらためて見ても、顔は可愛いしスタイルも悪くない。長身というほどではないけど背も低くないし、何より華奢でアイドルっぽい。清楚さのなかに知的さも感じさせてくれるし、パッと見ならこの子が二期生のエースなのかなという雰囲気すら漂わせている。
私の直感、やっぱり当たってたんじゃないの。
少し得意気になった私は、柏木さんを捕まえて自身の先見の明を称えさせることにした。
「ちょっと、柏木さん!ほら、いつか私がたまたま会ったあの子。厳しそうって言ってたけどしっかり受かったじゃないですか。しかも見た感じ、アイドルとして活躍しそうな雰囲気もあるし!私の言った通りだったでしょ?」
柏木さんが私の話の途中から笑い出していたのには気付いていたが、とりあえず最後まで言い切ってみた。
「あぁ、そういえばそんなこともあったな。たしかに劣勢の状況を覆して合格したのは立派なものだ。長瀬さんがどんなに推しても、最後は他の審査員たちが納得しないと受からないのだから。ただ活躍しそうってのは、今の時点では何とも言えないな。もう少しコミュニケーション能力が上がってきてくれれば良いのだけど、そこが致命的にダメなんだよなぁ・・・」
あれ、そうなんだ。あれだけの容姿と佇まいなのに期待されていないなんて、どんなにダメなのよ。
「まぁ、まだ誰がどうなるかは全くわからないさ。それこそ、選抜にすぐに入る子も居るかもしれないし、将来はセンターになる子も居る可能性がある。ひょっとしたら、この中にウチのグループの未来を担う子だって居るかもしれないしな。全てはこれからだ」
それはそうか。それでも本当にそういう運命を背負っている子なら、将来、私たちのグループの中心になってくれる子なら、心配しなくても必ずやそこに辿り着いてくれるはず。
それが、その子がアイドルに成った意味だと思うから。
私は誰に言うとでもなく、挨拶を済ませて去っていく後輩たちに向かって声を掛けてみた。
「これからヨロシクね!待ってるから!」
私が何て言ったかハッキリとは聞こえていなかったかもしれないけど、全員が少し振り返り、小さく、何度も頭を下げてくれる。
そのなかで一人だけ深々と頭を下げ、一番最後に頭を上げて慌てて仲間たちを追い掛ける子が居た。
あの子だ。ちゃんと伝えたい相手には伝わってるじゃん。
よろしくね、後輩さん。
「柏木さん」
後輩たちの遠くからの会釈に手を振って応えながら私は、その場を立ち去ろうとしていた柏木さんを呼び止めた。
「なんだ?」
「あの子、名前は何て言いましたっけ」
さっき自己紹介を受けたばかりだけど、いきなり似たような世代の女の子を十数人も紹介されても、私に覚えきれるわけがない。たしか少し変わった名前だったと思ったけど。
「あぁ、
カナデね。なんか良い名前じゃん。
この日からしばらくの間、それも数年にわたり、私と彼女に挨拶以外の言葉を交わす機会が訪れることはなかった。
それでも後々、私は彼女と様々なドラマを繰り広げていくことになるのだが、それはまた、別の話だ。
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