第15話 ゼロへの戸惑い

 なぜ私はアイドルになったのだろう。


 たまたま募集を見つけて、面白そうだと思って応募したから。それはそうなのだけど、そういう意味ではない。


 人生で起こる出来事には、良いことも悪いことも、自分の意思で決めたと思っていることにも、偶然そうなったと思っていることにも。それぞれ何かしらの意味、価値があると、いつからか私は思うようになっていた。


 それであれば、こうして私がアイドルになり、今、このタイミングでセンターに立つことには一体どんな意味があるのだろうか。


 由良美咲、20歳。牡牛座のO型。身長163cm、体重は・・・。まぁ、何て言うか、そこそこスラっとしてる方かな。性格は大雑把なところもあるけど、密かに真面目な人間だと自分では思ってる。そして何よりも明るい。とにかく明るい。これだけは誰にも負けない。


 こんな私がアイドルになったのは、どうしてなのだろう。私みたいな人間でも、誰かを楽しませることができる。誰かに元気を与えることができる。誰かの生きる活力になれる。


 そんな存在に自分がなれるかはわからないけど、そうなれるように頑張らなくてはならない。頑張りたい。それが私がアイドルになった意味だと思いたい。


 特にセンターに指名されてからは、私はいつもこんなことを考えている。


 こんな風に、意識してかせざるかは別にして、自身について考えさせられたり、周りに対する見方が変わったり。センターになるというのはそういうことの連続だ。


 楽曲のリリースはまだ先だが、新しい選抜メンバーが内々で発表されてからは自然と新選抜メンバーでの仕事が多くなる。そして、どの現場でも誰よりもスポットライトが当たり、誰よりも注目され、誰よりも目立つ私。その度に自分の至らなさや未熟さを実感させられて、時にはどうしようもないくらいに打ちのめされて、これでもかと言うくらいに下を向いて落ち込んでしまう。


 そんな時、私に再び前を向かせるのは決まって藍子と葵の二人だ。私も二人が自分のことで一生懸命になってくれている姿を見ると、気付いた時にはさっきまで二度と戻らないと固く誓ったステージに、次はどう立ってやろう。何をしてやろうと考え出している。


 私の初めてのセンター。この試練に立ち向かうに際して二人を左右に配してくれた人に、私は感謝してもしきれない。


 二人と一緒なら、私は頑張れる。


 そんな私たちの四枚目のシングル曲は狙い通り、もしかしたら狙い以上にヒットして、売上は前作の倍近くにまで達することになった。


 当然ながらこの間に行われているイベントやテレビ番組への出演においては、センターを務める私が中心に居るというわけで。この曲と同時に麹町A9を初めて知った多くの方々にとっては、麹町イコール私、と言ってもおかしくはないのだろう。


 それはマスコミや各種媒体の関係者においても同じようで、気付けば私には先日まででは考えられないくらいの取材や番組、誌面への出演依頼が入ってきていた。


 正直、自分でも理解が追い付いていない。


 それでも時間は待ってはくれず、次から次へと仕事が舞い込んでくる。


 もちろん麹町全体の仕事も増えたし、選抜やその二列目より前のメンバーであったり、フロントの三人だけといった仕事も格段に増えた。


 そこまでは私にもわかる。グループとして出した楽曲が売れたのだから。


 しかし、その先の私個人に対するオファーの多さはどう考えればいいのか。それも一つや二つではないし、ジャンルもファッション誌からバラエティ番組まで様々だ。それらについては、なぜ私が、という思いを捨てきれずにいる。


 いつものように藍子と葵と集まった時、私は思い切ってそんな想いを二人に打ち明けてみた。


「別に嫌じゃないんだよ。有り難いことなのはわかってるし。ただ、たまたま真ん中で歌ってるだけの私を何でそんなに特別だと思うんだろうなって。グループで頑張って、グループで出した結果なのに。それに今まで陽葵はもちろん、他のみんなも、それこそ今回は選抜に入っていない子たちの頑張りもあって力を蓄えてきて、それが偶然、このタイミングで花開いたってだけの話じゃないの?それなのにさ・・・」


 二人が相手でなければ、絶対にこんなことは言わない。聞く人が聞けば贅沢な悩みだと言われるだろうし、謙虚を通り越して嫌味と思われてしまうかもしれないからだ。


 でも藍子と葵なら、信頼できる。二人は私を理解してくれているから。


「美咲らしいし、ウチのグループのメンバーにはそんな風に思う子が多いよね、きっと。でも半分は同じ意見、半分は少し違うかな、私は」


 藍子が少し笑いながらそう言うと、葵もそれに続けた。


「私も藍子と思ってることは同じだと思う。みんなで、スタッフさんたちも含めた本当にみんなで出した結果なのは間違いないし、これまでの積み重ねがあってのことなのも事実だと思う。だけど、それが今だったのは偶然じゃないし、そのセンターが美咲なのも必然っていうか、やっぱり美咲だからこんなにヒットしたのだと思うな」


 理由は今イチわからないけど、葵が言うと何か説得力がある。


「それに私だって、美咲ほどじゃないけど他の多くのメンバーよりは色々な仕事を沢山貰ってるじゃん。そのことについては、何となくだけど申し訳なく思う時もあるよ。デビュー曲の時にも選抜に入る、入らないでも似たようなことを感じたけど、その頃とは比べようも無いほど今は恵まれてると思うし。でも、そんなことを気にするのも逆に失礼かなって、最近は思うようになってきた」


「どういうこと?」


 葵の思いもよらない回答に、すかさず追加の説明を求める私。


「結局、今は美咲をはじめとして私とか藍子は幸運にもフロントのポジションを貰っていて、お陰様でお仕事も増えてきたし重要な場所に立たせてもらうことが多いじゃん。でも、それは今だけかもしれないし、この先には一度も訪れないことなのかもしれない。明日は三列目かもしれないし、アンダーかもしれない。そういう世界なんだよね、私たちが居るのは」


 まぁ、現にこの間までウチの顔だった陽葵は二列目、それも端っこになったし、その前にフロントだった桜子は今は三列目だ。逆に藍子は三列目を経験してから今回はフロントに選ばれている。


「それなのに少し仕事が増えたくらいで、それを申し訳なく思うなんて、まるで自分のそのポジションが未来永劫続くものだと決めつけているみたいで。それは違うなって。それに自分が三列目やアンダーだった時に、フロントやセンターの子が注目されていることをどう思うかって考えてみると、凄いなとか羨ましいなとかは思うだろうけど、それ以上に頑張って欲しいって思うんだよね。きっと」


 たしかに自分以外の誰かの活躍に対して、焦る気持ちも多少はあるけどそれ以上に誇らしいというか、自分のことみたいに嬉しく思う気持ちの方が強いだろうな。


「だから自分が色々なことに挑戦させてもらえるのは幸運だし感謝しなきゃいけないと思うけど、それを必要以上に申し訳なく思ったりするのはやめようと思ったんだよね。誰もそんなことを望んでいないし、勝手にそんな風に思うのは相手に対して失礼じゃないかな、と」


 なるほど。めちゃくちゃ大人な考え方だな。


 もう一人の大人、藍子も葵と同じ気持ちみたいだ。


「そうだよね。選抜に入れなかった子に『ごめんね、私が入って。あなたが入る方がいいのに』なんて、勝手に相手が悲しんでいると思って同情して言ってあげているようにしか聞こえないし。そんなこと言われたら、もっと惨めなだけだよ」


 そっか。そうだな。


「そしたら今、自分が注目されることに対して私が感じてる気持ちも、かえって失礼なくらいなんだよね・・・」


 落ち込む私に葵が笑いながら声を掛ける。


「そうそう。失礼だから、そんな気持ちは今すぐに捨ててしまいな。その代わり、そうやって一人で出る仕事を完璧にこなして、目立つ場所でキラッキラに輝いて、見ている人を魅了してウチのファンをもっと増やしてよ。そうすればグループとして更に売れるし、他のメンバーの仕事も増えるじゃん?」


 そうか。なんで自分がって思うんじゃなくて、何でかなんてどうでもいいから、私が入り口になってウチのグループをもっと注目させて、もっと皆に仕事が増えるようにすればいいんだ。


 なんかスッキリしてきた。みんなのために頑張るなら、仕事が多くても恵まれていても、全然気にならない。


「わかった。私、これからはもっと頑張ってどんどん仕事を増やして、アイドルで一番、いや芸能界で一番を目指すから!私が一番になったら、その時にはウチのグループも一番になってるはずでしょ?」


 急にテンションの上がった私に、二人は顔を見合わせて笑った。


「美咲のそういうところ、好きだなぁ。気持ちのいい性格してる、本当に。羨ましいです」


 藍子の言葉に笑顔を返す私。


「そんな感じだから私たちも応援しがいがあるし、自分たちも頑張ろうと思えるんだよね」


 葵にまでそんなことを言われると、さすがに誉められ過ぎのようにも感じるけど、今日ばかりはいいか。なんか晴れ晴れとした気分になってきたし。


 二人のおかげで気持ちを新たにした私は、あらためて真正面からセンターというポジションと向き合うことにした。


 このグループのために芸能界で一番を目指す。私個人の目標は明確になった。

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