第14話 方針転換
私たちのグループの通算三枚目となるシングルは、これまでのシングル曲の良いとこ取りのような選抜メンバーに、初めてとなるゴールデン帯の音楽番組への出演。楽曲もプロデューサー陣とっておきの一曲をあてがってくれたらしいし、ミュージックビデオの出来映えも好評で、誰の目から見ても必勝を期した渾身の一作だった。
しかし、これだけ揃えたのにも関わらずこの曲も、ランキングで一位こそ獲れたもののCDの売上は前作を少し上回った程度だった。世間一般に知れ渡ることがなかったのは言うまでもない。
そもそも私たちのグループは大手のレコード会社によって設立されたということもあり、結成した直後から考えられる最も恵まれた環境を用意してもらっていた。テレビのレギュラー番組もそうだし、デビュー曲だって駆け出しのアイドルグループにはもったいないくらいの売り込みをしてもらった。
その甲斐もあって、CDの売上も一作目から普通であれば立派な数字だったのだと思う。
ただ期待が大きすぎるために、投下された資本が大きすぎるために、どうしても「普通であれば」では済まない結果を求められてしまう。そしてそれは同時に、そのリターンが見込めないと判断されてしまうと、見切りをつけられてしまうのも早いということに他ならない。
ビジネスの世界って怖い。学校とは違うということを
そんな世界で生き続けていくのか。いけるのか。はたまた、元の一般的な生活に戻るのか。色々なことを知ったうえで、最後には自分でそれを決めなくてはならない。
もうすぐ大学も三年生になるし、そろそろ先々のことを考えなくてはいけない時期に差し掛かるのだけど・・・。同じ状況の藍子はどうするのだろう。真面目な彼女のことだ。私たちには見せていないけど、密かに勉強を進めているのかもしれない。
「どうしたの、葵。考え事?」
レッスンの休憩時間にぼんやりと色々なことを考えている私に、ちょうど頭に浮かんでいた藍子が声を掛けてきた。
見た感じでは、今までと何も変わっていないようだ。
「ううん、もうすぐ春だなぁとか思って」
私の返答を聞いて穏やかな笑顔を見せる彼女は、やっぱりいつもの彼女だった。
そんな悶々とした日々を過ごすなか私は偶然、興味深い話を耳にすることになる。
三枚目シングルの失敗。正確には期待が大きくそこに及ばなかっただけで失敗ではないのだが、それを受けて次のシングルでは方針というか、グループのコンセプトを大きく変えてみるとか。
詳しいことは知らないけど、たぶん、それでも跳ねなければグループの行く末を考えるところまで来ているのだろうな。ネガティブな発想かもしれないけど、少なくとも私にはそう思えた。
ダラダラとジリ貧で続けるよりはその方が正しいし、座して死を待つよりは動いてみて進退を決する方が気分も良いのは間違いない。それに、それはメンバーにとっても有り難いことだ。まだまだ若い子も多いのだし、人生を軌道修正するなら早い方が良いのだから。
話の触りを聞いた時点ではそんな風に客観的に思っていた私だったが、その内容の詳細を聞いて少なからず衝撃を受けることになった。
方針転換の一つ目として挙げられていたのは、ファンに向けたイベントの内容や頻度を見直して更に充実させること。
しかし、それを実現するためにはメンバーの頭数が足りていない。学業との両立をしている子が多い私たちは、全員が様々な活動に常に参加できているわけではない。選抜とアンダーが別々の活動をするなど二手に分かれて動いたりするためには、今の人数ではどちらもギリギリになってしまう状況だ。
その解決策として打ち出されたのがオーディションの開催。つまりは二期生を募集するということ。
まだ私たちだってアイドルになって一年半。オーディションを実施してから加入までに多少の時間はあるのだろうけど、それでも一期生から二年くらいしか空けずに二期生を入れるというのは、さすがに早くはないか。
そうせざるを得ない状況に陥ってしまったのは、ひとえに私たちの力不足に他ならないのだけど・・・。
そして今回のもう一つの目玉は、選抜メンバーの構成を大きく変えるということ。
ここまで三作、その時点ではベストと思われるメンバーを選ぶべく運営サイドでは熟慮に熟慮を重ねてきたのだと思う。しかし、残念ながら世間には響かなかった。
そこで今までのグループのイメージを変えるような選抜メンバーで、雰囲気の違う楽曲をリリースすることで、新たなファン層を開拓しようと考えたのだと思う。
やはり私たちが思う以上に運営の皆さんは追い込まれているのだろう。
二期生の加入の話も、選抜構成を大きく変えるという話も、どちらも私たちにとっては危機感を煽られる、焦燥感に駆られる話だ。呑気に見えているであろう私たちメンバーのお尻に火を点けたいという意図は明確だ。
デビュー曲を出してから二年目に突入した今年、こうした変化を産み出して何が起こるか、起こらないかを見てみる。その結果、何も変わらない、跳ねないとなると、私たちにとって良くない話も含めて色々と動き出すのだろうな、きっと。
わかってる。厳しい世界であることも、キレイ事では済まないことも。
それでも甘々な私は、競うメンバーを増やしたり外から見える序列を動かしてみるような、まだ若い私たちには酷にも思えるようなやり方は正直、好きにはなれなかった。
その選抜発表の場でスタジオが最もどよめいたのは、これまで一年以上にわたりグループの顔として頑張ってきた陽葵がセンターから外れた瞬間だった。
それも呼ばれたのは二列目の端。その反対側の端には前作とデビューシングルの二回にわたってフロントを務めた都美が入る。
二人ともデビュー以来、運営会社がグループの顔として様々な場面で起用し続けてきた看板メンバーだ。
後から聞いた話だが、陽葵はウチのグループが思うように活躍の場を広げられないことを、自分の責任ではないかと相当に悩んでいたらしい。センターの重圧というのは、私たちが想像するより遥かに重く、苦しく、辛いものなのだろう。
そんな状況であったこともあり、陽葵に今回のポジション変更を残念がる気持ちはほとんどなく、ホッとするような、安心する気持ちの方が強かったとか。それであれば周りのメンバーも変に気を遣う必要はない。それはそれで良かったとも思える。
それにポジションを下げたのは二人だけではない。前回は二列目でその前はフロントメンバーを務めた桜子は三列目だし、前作では揃って選抜に入った弥子と芽生は今回は二人ともアンダーだ。
他にも未来のエースとして期待されているであろう凛もアンダーだし、代わりに選抜に入った子のなかには初めての選抜入りとなる子が複数居る。
今までにないくらいの変化だ。
そして序盤から異様な雰囲気のまま進行していた選抜発表の終盤には、この日、一番の歓声があがる瞬間が待っていた。
その少し前に私の名前が呼ばれる。私は初のフロント、センターの隣という重要なポジションを与えられた。
次の私と対になるシンメトリーのポジションには藍子が呼ばれた。彼女も初めてのフロントだ。この場所の重みに不安を感じるところもあるが、藍子と一緒なら大丈夫。彼女は、そんな風に思わせてくれる存在だ。
名前を呼ばれてから感じていた一抹の不安も、自分の後に呼ばれた名前を聞いて吹き飛んでいった気がした。
それは何よりも、センターがあの人だったというのが大きかったと思う。
私も藍子も。おそらく弥子や芽生、他の多くのメンバーはもちろん、柏木さんたち運営スタッフの皆さんも心のどこかでセンターを務める姿を期待していたであろう、あの人の名前が最後に呼ばれた。
デビューから一年と数ヵ月を経て発売される、私たち麹町A9の命運を懸けた四枚目のシングル曲。
センターは由良美咲だ。
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