第12話 勝負だ

 少し前に出した二枚目のシングルでは無事に一位を獲ることが出来た。しかし一位を獲ってなお、ウチのグループを知る人が一般的に見て僅少であるのは否めないだろう。


 ファンではなくとも知っている、名前を聞いたことがある。世間一般にそういう人が増えてこない限りは、次の段階に進むのはなかなか難しい。


 まだ結成一年で、そんなに焦らなくてもと思われるかもしれないが我々の業界の感覚ではむしろ逆だ。


 グループの結成、デビューという一番話題にしやすい時期に売れなかったグループが、三年、五年と経ってから売れる。その方が遥かに難しいのだ。


 もちろん、地道に続けているなかで思わぬヒットに恵まれるということもある。ただそれは本当に運任せのような話で、実現するのがいつになるか、そもそも実現するのか。それは誰にもわからない。


 そうなると、やはり勝負はデビューの余韻が残る二年の間くらいだ。三年目には撤退の話がチラついてくることも覚悟しなくてはならない。


 あまり時間はない。


 もうすぐデビューしてから一年が経ち、命運を賭ける二年目に突入する。


 このタイミングで出すサードシングルの持つ重みは、メンバーはともかく運営の人間としては嫌が応にも感じざるを得なかった。


 なんとか次こそ、リリースの前後でゴールデン帯の歌番組に出させたい。当面はそこだけを目指して、やれる限りのことをやろう。たとえ自ら忌み嫌っていたやり方であっても・・・。


 私は意を決して、ある人物と会うことにした。


「よう、真中まなか。久しぶり!」


「長瀬さん、ご無沙汰です!」


 後輩の真中とは、彼がウチの会社に入社して以来の仲だ。


「それで、今日はどうしたんですか」


 言いづらいことだが、言わなくては始まらないしな。


「前にキミの大学の同級生に会ったことがあると思うんだが、覚えてるか?」


岡林おかばやしのことですか?もちろん覚えてますよ!その節はありがとうございました。ヤツも喜んでましたよ」


 あの時はあちらがウチのアーティストを番組に出したいという相談を持ってきて顔を繋いだのだから、感謝もされているか。しかし今度は逆だ。


「そうそう、その岡林さん。実は相談事があって会いたいのだけど、またセッティングをお願いできないかと思って」


 真中と私の関係だ。嫌とは言わないと思うが・・・。


「そりゃ、長瀬さんの頼みとあれば動くのはやぶさかではないですけど・・・」


 思っていたより歯切れが悪いな。何か気になるのか。


「何か問題があるのか?無理強いはしたくない、何でも言ってくれ」


 真中が少し目を逸らしながら話し始める。


「いや、アイツもあの頃より偉くなってきてるじゃないですか。最近、会うと必ず聞かされる愚痴があって・・・」


 必ずか。よっぽどだな。


「それが色々な芸能事務所やレコード会社からの接待攻勢の話なんですよ。アイツのやってる歌番組、かなり影響力があるじゃないですか。そこに期待しているであろう人間が群がってきているみたいで、辟易するって言ってました。長瀬さんがそんなヤツらと同じだとは思わないですけど、アイツがそんな風に感じたら嫌だなと思って」


 そういうことか。皆、考えることは同じだな。


 昔の私なら、そんな目的じゃないと即座に否定して、その手の人種を毛嫌いするような発言をしていたのだろうが・・・。


 残念ながら今の私はその連中と何ら変わることがない、浅ましい人間の一人だ。


 ただ、何と言われてもいい。私自身のポリシーを曲げても、信頼や評価を失ったとしても、叶えたい夢があるのだ。


「真中には申し訳ないが、私の用件も同じだよ。今、私が関わっている麹町A9を岡林さんの番組で使って欲しくて、その話をさせてもらおうと思ってたんだ」


「えっ・・・」


 真中が意外そうな顔を見せて絶句した。そこには私に対する侮蔑の念も込められているように見える。


 少し間を空けて再び真中が口を開いた。


「長瀬さんからそんな台詞は聞きたくなかったですね。いつでも正攻法で、報われるかどうかは神のみぞ知る。普段の行いは必ず誰かが見ていて、頑張っていたら無駄になることなんかない。それが口癖だったじゃないですか」


 その通りだ。今でもその考えは一ミリも変わっていない。


「社会人に成り立てのおまえにも口酸っぱく言ってたことだしな。それを自ら曲げようっていうんだ、俺は口ばっかりのダサいヤツだと思ってもらって構わないよ。事実だしな。ただ、それでもいいから今回の件だけはお願いしたいんだ」


 真中は困惑している。我ながら良い後輩を育てたよ。


「失礼な言い方になってしまいますけど、麹町A9って長瀬さんがそこまでして売り込むほどのグループなんですか。デビュー曲は一位を取れなかったって聞きましたし、その後に出した曲も全然話題にならなくて、上層部でもお荷物みたいに言ってる人がいるって噂を聞いてますけど・・・」


 真中が言ってることは全て事実だ。厳しい内容だが、私に自分らしく居て欲しい、尊厳を保って欲しいという思いが言わせているのだろう。


 その気持ちは有り難いが、今の私にはそれ以上に大切な、守らなくてはならないものがある。


「だからこそ、次の曲に懸けてるんだ。まだデビューして間もないが、一方で鮮度が落ちる前に売り込まなくてはならないのも事実だろ。時間がないんだ、頼む!」


 私に頭を下げられた真中は、それ以上は反論してこなかった。


「わかりました、とりあえず一席用意します。ただ、過度な期待はしないでくださいよ」


「わかってる、ありがとう!恩に着るよ」


 真中には嫌な役回りを押し付けてしまったな。この埋め合わせはどこかで必ずしよう。


 数日後、私は待望の岡林さんとの会食の席に臨むことになった。


「今日はお忙しいところ、ご都合をつけていただいてしまって」


「そんな、とんでもないです。私の方こそ、いつぞやはありがとうございました。長瀬さんには足を向けて寝られませんから」


 用件を知らない岡林さんは、久々に会う私に恐縮してくれている。


 今からそんな彼の気分を害さなくてはならないと思うと心苦しいが、それが今日の私の使命だ。


 隣の真中は私がこれから話す内容を知っているからか、明るい感じではないようにも見える。


「ところで、長瀬さんは今はどちらでご活躍されているんですか」


 軽く杯を交わし簡単な挨拶や世間話を終えると、話はさっそく私の仕事に向かう。


「実は、今はウチの会社が新設したアイドルグループの運営をやっているんですよ。ご存じですか、麹町A9というのですが」


 業界の人間なら、名前くらいは知ってくれているだろう。そう思いたい。


「あっ、あれですね。少し前に出来たキレイめな子がたくさんいるって話題の・・・」


 おっ、知っている上にポジティブな評価も入っているじゃないか。幸先が良いぞ。


「たしかハーフの子がメインで歌ってましたよね。何て名前だったか、顔が小さいことで話題になっていた・・・。随分と若い子だったと思うのですが。ここまで名前が出てきてるんですけど、サトウ、いやイトウ、いや・・・」


 ・・・誰のことだ。それ以前に、そもそもウチのことじゃないな。


「おい、ウチにはハーフも居なければ小顔でメディアに取り上げられた子も居ないぞ。それは赤坂だか表参道だかの方で活動してる別のグループのことだろ」


 真中の的確なツッコみで間違えに気付いた岡林さんは、少し申し訳なさそうな顔をしている。


 大人数の女性アイドルグループが乱立している今の時代、他のグループと混同されてしまうのは仕方がないことだ。それに、残念ながらこの展開にも慣れてしまった。


「いや、まぁ、そういうことで、今はその麹町の運営の責任者を任されています。良かったらCDをお送りしますよ!是非、聴いてみてください」


「ありがとうございます。いや、でも敏腕の長瀬さんが付いているんだ、すぐに有名になってしまうでしょう。売れっ子になってもウチの番組に出てくださいよ!」


 チャンスだ。向こうから作ってくれたこの流れを無駄にしてはならない。


「なんなら、すぐにだって出ますよ。ちょうど再来月にも新曲のリリースがあるので・・・。いかがですか?」


 岡林さんがグラスに口をつけて笑った。


「えっ、それは偶然。来月後半のアーティストが先方の都合で一組空いてしまって。そしたらお願いしちゃってもいいですか!」


 表情を見る限り冗談で言っているのだろう。だが、こっちはいたって本気だ。それを伝えなくては話は始まらない。


「いや、岡林さん。再来月のリリースは本当の話で、ウチを出していただきたいというのも本気なんですよ。真剣にご検討いただくことはできませんか」


 本来であればワッハッハっと笑い合うはずのところで急に真面目な顔を作った私に、彼はまだついていけていない様子だ。無理もない。


「またまた、お上手なんだから!その台詞、有名になった後も忘れないで下さいよ」


「いや、岡林。長瀬さんは本気なんだ。本気で、再来月の新曲のリリース前後でキミのとこの番組に出して欲しいと思っていて、その話をしたくて今日も来ているんだ」


 真中の説明に対しても岡林さんは一瞬だけ笑ったが、それでも我々が表情を変えない様子を見て状況を察したみたいだ。


「えっと、本気なんですか。そのデビュー間もないグループをウチの番組に出したいというのは・・・」


 私は黙って頷いた。


「アイドル枠ってあるんだろう?それを試しに一回、ウチに使ってみてくれよ。後悔はさせないからさ」


 岡林さんは困った顔のままだ。


「試しにって簡単に言うけどな、キャスティングには毎週毎週、物凄く神経を使ってるんだぞ。スポンサーの手前、起用した理由を訊かれたら説明できなくてはならないし。俺の匙加減一つで決められるものじゃないんだよ」


 そうだよな。毎回、七、八組程度のアーティストしか出演しないなか、一年に何度も出演するところもあるのだし。狭き門なのはわかっている、わかっているのだが・・・。


「それでも、そこに意見できる立場であるのは事実だろう。長瀬さんには助けてもらったんだ、こういう時にこそ恩を返してもいいんじゃないのか。この業界、そういうのは大事だというのはよく知っているだろうに」


 真中は今回の件には否定的だったはずなのに・・・。この場では一切それを見せずに俺を援護してくれている。ありがとう、真中。感謝してもしきれないな。


「まいったな・・・」


「困らせているのは重々承知しています。すみません。でもウチのグループは世間に知ってさえもらえれば必ず跳ねる。そんな確信があるんです。絶対に損はさせないので一つ、お願いします」


 私の言葉に、間髪を入れずに真中が続ける。


「俺からも頼む。長瀬さんの人柄を知ってるだろ?ここで助けてくれたら、将来どんなに売れてもオカのとこの番組だけは無下にしないぞ。絶対に売れるから、信じてくれ!」


 真中が深く頭を下げるのに併せて私も再び頭を下げた。


 しばらく考え込む岡林さんと、それを見守る我々二人。


 やっぱり無理か・・・。


 重い空気が垂れ込みかけたその時、岡林さんがさっきまでよりは歯切れの良い口調で喋り出した。


「あの、レギュラー枠の放送分でないとダメですか?」


「えっ、いや、ゴールデンであれば特番でも何でも・・・」


 それはつまり、特別番組なら考えてくれるという意味だろうか。


「特番なら出してくれるのか?」


 真中がズバり訊いてくれた。


「ちょうど再来月の終わりに三時間の特番が組まれていて、そこなら滑り込ませることも出来るかもしれないと思って・・・」


 私と真中は顔を見合わせた。


「本当ですか!是非、お願いします。尺もイントロや間奏をギリギリまで削ったワンハーフで構わないですし、出演順もどこでも構いません!」


 私は思わず岡林さんの手を握りながら話していた。


「まだ確定ではないですよ、頑張ってはみますが・・・」


 当然、喜ぶのは正式にオファーをもらってからだ。それでも出演に向けて大きく前進したのは間違いないだろう。


「オカ、ありがとな。無理を言ってすまない」


 真中からの謝罪に岡林さんは少し笑みを浮かべながら応える。


「いや真中の言う通り、いつかの恩を少しでも返せるなら安いものだよ。それに俺も、長瀬さんや真中がそこまで想いを込めているグループの将来が楽しみにもなってきたからさ」


 真中のおかげだな、本当に。もちろん岡林さんにも感謝だ。


 そして数日後、岡林さんから正式なオファーがウチの会社に届いた。


 さぁ、勝負だ。

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