第11話 夢だの目標だの

 今日は久しぶりにそれなりの数の同期が集まるらしい。たまに行われている新卒入社の同期会だが、俺自身が最後に参加したのは一年以上前のことだ。


 店に入ると既に何人か集まっていて気の置けない仲間内ということもあり、いつも通りそこに居るメンバーで一足先に一杯始めている。時間通りに全員が集まるなんて天文学的な確率になる俺たちにとって、揃って乾杯なんて夢のまた夢だ。


「カシケン!なに突っ立ってるんだよ。ここ座れよ!」


 声を掛けてきたのは同期でも一番声がデカく、身体もデカい秦だった。ヤツは学生時代はアメフト部に所属していた生粋の体育会系だ。


「おぅ、お疲れ!けっこう皆、早くから集まれたんだな」


 鞄を置き指定された席に腰を降ろすと、あっという間に生ビールが運ばれてきた。


「はい、カシケン。とりあえずビールでいいんでしょ?ってジョッキ握らせてから言うことではないかもしれないけど」


 タイミング的に、俺が店の入り口でテーブルを探している姿を見つけた時点で注文していたのだろう。この辺の機転の良さは同期きっての姉御肌、池山ならではだ。


「それじゃ、あらためて。お疲れ!」


 秦が何度目かの乾杯の音頭を取ったのに合わせて、俺はそこに居る同期の面々と軽くジョッキをぶつけて順に挨拶を交わしていった。


 そしてそれらを一頻り終えると、話題は俺の職場の話に。


「アイドルグループか、羨ましい話だな。キレイな子ばかりなんだろ?皆いくつくらいなんだ?」


 まさか秦が食いついてくるとは思わなかったな。まぁ、興味本意で言っているだけで本音では羨ましいだなんて思っていないだろうけど。


「下は中学生から上は20歳過ぎくらいかな。まだ結成して一年ちょいだから若いもんだよ。ホント子供ばかり」


「そんなこと言って、ドキっとしちゃうこともあるんじゃないの?何かで見たけど大人っぽい子もいたと思うし」


 池山まで前のめりだなんて、よっぽどアイドルグループの裏側ってのは興味を持つものなんだな。まぁ、俺が同じ立場でもそうだったのかもしれないが。


「いや、マジでそういうのはないよ。客観的に見てファン目線ではキレイなんだろうなとか、キラキラしてるんだろうなとかは思うけど、自分と結び付ける発想になることはまずないな。家族で、姉とか妹が美人っていうのと同じような感覚なんじゃないか」


 あらためてメンバーをどう見ているかを考える機会はなかったが、自分でも話していて納得感があった。おそらくこれが正解だ。


 そんな俺の話を聞きながら手に持っていた携帯端末を操作していた池山が、お目当ての画像を見つけたようで得意気に皆にそれを見せる。


「ほら、この子!大人っぽいし、めちゃくちゃキレイじゃない?」


 見せられたのは美咲の画像だった。まだ露出の少ない二列目のアイツのことをよく知っているものだ。


「あぁ、由良な。まぁ、たしかにキレイだと思うよ。大物感みたいなものも感じるし、先々は有名になるかもしれないから覚えておいた方がいいぞ」


「そしたら、こっちは?この子がキャプテンなんでしょ。キャプテンとチーフマネージャーなら話す機会も多いんじゃない?大人っぽいし、賢そうで清楚な感じだし、カシケンのタイプど真ん中って感じがするけど!」


 次に見せられたのは桐生だ。本当によく知ってるな、こいつは。


 しかも一番有名にも関わらず、まだ未成年の金井を出してこないあたり、年齢なんかの基本情報も踏まえたうえでリアリティのある線を突いているのだろう。池山は本当にデキるヤツだ。こんなくだらない話からでもそれが伺える。


「桐生な。この子は本当にお嬢様だぞ。そのうえ穏やかで性格も良い。それでいて言わなくてはならないことはハッキリと言える。誰からも好かれるだろうし、この子も将来、売れっ子になるかもしれないな」


 そこまで聞いたところで大人しくしていた秦が突然、声を荒げてきた。


「そんなこと言ってオマエ、やっぱり職権を濫用して狙ってるんじゃないだろうな!池山の言う通り、この子なんてモロにオマエのタイプじゃないか!」


 あー、嫌だ嫌だ。なんでアイドルと仕事しているっていうと、こんな下衆な発想を持たれてしまうんだろう。美咲にしても桐生にしても、そういう対象として見たことは一度たりとも無いっていうのに。


「だーかーらぁ、ないって。本当に。お前らが思ってる以上にメンバーもプロ意識を持って頑張ってるし、俺もそれに応えなくてはと真剣に取り組んでるんだよ」


「真剣なのはわかるけどさ、だからこそ余計に惹かれるってこともあるじゃない?年端的にも有り得なくはないと思うけど・・・。どうなの、本当のところは」


 池山までそんなことを言うか・・・。アイドルって何なんだろうな。あんなに必死で頑張ってるのに、こんなところでも好奇の対象になってしまって。俺はアイツらが不憫でならないよ。


「あのな。そういう色々な想像をしたくなるのもわからなくはないんだけど、おまえらだって仕事で一緒になるアーティストとか、有名人とかって居るだろ。そういう人を相手に同じようなことを想像するか?しないだろう。それって若いアイドルが相手だからって失礼な話だとは思わないか。プロとしてお金を貰って歌ったり踊ったり、テレビやイベントに出たりって意味では、そういう人たちと何も変わらないんだぞ」


 俺が真顔で冷静に否定したのを受けて、少しふざけすぎたと思ったのか池山は手に持っていた携帯端末を鞄にしまい、申し訳なさそうにジョッキに口をつけた。


 盛り上がっていた秦もその様子を見てバツが悪く感じたのか、そそくさと席を立った。厠にでも行くのだろう。


 しばし訪れる沈黙。少し真面目に答え過ぎたか。しかし、メンバーたちの名誉のためにも言うことはハッキリと言わねばならない。


「でもさ、そしたらカシケンは今、何を目指してるの?そういう役得を期待してるなんて本気で思ってたわけではないけど、一方でカシケンの夢がそこじゃなかったのも事実でしょ」


 沈黙を破る池山の言葉は、思いのほか俺の心に響いた。


 たしかに俺は今、何を目指しているのだろう。


 やるからには上を目指す、一番を目指すと思っているのは事実だし本音だが、枕詞の「やるからには」を取ってしまえば、やらなくてもいいって選択肢を与えられたら、それでも俺は麹町で頑張りたいって本気で思っているのだろうか。


 それとも、他でチャンスがもらえるとなったら、そっちを選びたいと心のどこかで思っているのか。


 正直、自分のなかに明確な答えは無かった。いや、正確にはあるのかもしれないが、今の俺にはそれが見えていないという方が正しいかもしれない。


 いずれにしても今は、池山の問いに答える材料を俺は持ち合わせていないのだろう。とりあえずボンヤリと答えておくか。


「そりゃ、今は与えられた場所があるんだから、そこで全力を尽くして上を目指しているに決まってるだろ。それ以外に何があるって言うんだ」


「それって私の質問に答えてなくない?それは今、そこに居るからそのなかで目指すものであって、私はフラットに何を目指しても、夢見てもいいって言われたら何を目指すかって訊いてるんだから。ちゃんと答えてよ」


 くっ、やっぱり適当にお茶を濁させてはくれないか。酔っているからか、いつも以上に取り締まりが厳しいくらいだ。仕方がない、本当のことを包み隠さずに話してみよう。


「えーっと、正直に言えば今の仕事を頑張りながら、どこかで元々やっていたような仕事に戻れたらって、思っていないと言えば嘘になる。だけど、今が嫌とかつまらないとか思っているわけではなくて、そこで上を目指したいって思ってるのも本当なんだよ。どっちが強いかとか、本音かとか、一択って言われたらどっちを選ぶかとかは、今はよくわからないっていうのが答えだ。これ以上はない。満足したか?」


 本当に自分でもわからないんだ。勘弁してくれ。


「べつに、私が満足するかはいいんだけどさ。カシケンが本気になれる仕事に没頭してるなら、それでいいと思うし。だけど同期で一番を争うくらい熱かったカシケンが、勝手に丸くなってやりたくない仕事をやりながら、自分を騙して楽しいとか言い出したら嫌だなって思って訊いただけ」


 何だかんだ言って、一般的には左遷されたように見えたであろう俺のことを心配してくれてるんだな。有り難いことだ。


「もう少し経てば、その辺が自分のなかでも見えてくるかもしれないなと思ってるんだ。知ってるか?この間リリースしたウチの新曲、週間ランキングで一位を獲ったんだよ。少しずつ、色々なことが動き始めてるんだ。それがどんな形でも実を結んできた時、そこに俺が充実感を持っているか、何とも言えない虚無感を持つか。それでわかるんじゃないかと思ってる」


 こんなことメンバーやスタッフはもちろん、長瀬さんにだって絶対に言えない。だが、これは俺の本音だ。


「一位になったのは何かで見たけどさ、数字が上がるとか有名になるとか、それで充実してきたり、楽しく感じたり。そういうわけでもないでしょ、少なくともカシケンは。入社した頃から、ビジネスだから数字は大事だけど、それ以上にそこに魂が込められているか、熱い想いがそこにあるかを大切にしたいって言ってたじゃん」


 よくわかってるな。いや、わかってくれているな。同期ってやつは良いものだ。


「それはその通りなんだけど、そこも含めてなんだよ。どう見えているか知らないが・・・。いや、本当はわかってる。アイドルにそんな熱さや魂を揺さぶるものなんてない。スキルもクオリティも高くない表面的な活動ばかりで、それでも満足できる浅はかなファンから熱烈な支持を受けて利益を挙げてるだけだって思われてるのはわかってるんだ。でもな、実際に関わってみるとそんなことばかりでもないんだよ」


「いや、私はべつにそんなことは・・・」


 池山はすぐに否定したが、俺の言っていることに全く心当たりがないというわけでもないのだろう。微かに視線を逸らした気がする。


「いいんだ。池山がどうかは別にしても、世にそう思っている人が多いのは事実だろうし、感じることもある。だけどな、メンバーたちと接していると、本当に考えが変わる。変えさせられるんだ。歌もダンスも、そりゃそれだけで食っていこうってヤツらと比べると遊びみたいに見えるかもしれないが、それでも世間の想像を軽く凌駕するくらいの量と厳しさのレッスンを積んでいるし」


 いつの間にか俺は、池山を置いてきぼりにして熱弁を振るっていた。酔い過ぎたかな。


「それに握手会とかのイベントでも辛いことは日常茶飯事で、これでもかというくらいに心を削られるんだ。それでもステージに立てれば良い方で、同じような苦労をしても表舞台に立てない子も少なくない。その子たちは自分の存在意義すらわからなくなるような想いをさせられている。そんな状況でも夢に向かって、明日を信じて、前に進み続けてるんだ。俺はそれを見ているだけでも涙が出そうになるよ」


 間が空いたところでチラッと池山の方を見ると、なんと置き去りにしてきたと思っていたのに真剣な顔で聴き入ってくれているじゃないか。こういう話を真面目に聴いてくれるのは素直に嬉しい。コイツも本当に熱いヤツだ。


「まだ駆け出しの状況でもそうなんだ。これから上を目指していくと、もっとそういうことが増えてくると思う。だから、もう少し経てば、先に進めば、何かがわかると思うんだ」


 その頃にはきっと、俺のなかでも何かが明らかになるだろう。


 ここまで聞いた池山は、とりあえず納得したような表情を見せてくれている。


「そっか。了解、よくわかった。そしたら、その頃にもう一度訊かせてもらうわ。楽しみにしてる。あっ、グラス空いてるじゃん、何を頼む?」


 さすがに喋り続けて喉が枯れた俺は、お言葉に甘えて池山におかわりの注文をお願いした。


 その時、入口の方からガヤガヤとした声が聞こえてきた。


「お疲れ!おっ、カシケンも来てるじゃないか。久々だな、おい!」


 第二陣の御一行様のご到着だ。


「ところでカシケン、今は麹町ナントカっていうアイドルグループの仕事をやってるんだろ?ほらキレイな子が沢山いるっていう・・・」


 またその話に戻るのか。皆好きだな、本当に。


 俺はこの夜、幾度となく同じような話をして、同じような説教を同期の連中に垂れてやった。


 何度も、何度も。夜が更けるまで・・・。

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