第10話 仮面舞踏会
初登場でランキング二位となった我らが麹町A9の記念すべきデビュー曲は、残念ながら世間ではほとんど話題にならず、一部の青田買いが好きなアイドルファンを中心とした狭い世界でしか知られることはなかった。
もちろん理想を言えば少しでも早く売れる、人気になる方が望ましいのは間違いがないが、一方でそんなに都合がよくないのも現実だ。女性アイドルグループが掃いて捨てるほど存在するこの時代、よほどインパクトのある出来事でも起こらない限りは地道にファンを増やしていくしか勝ち上がる方法はない。
楽曲をリリースする。それを知ってもらう活動を通じてファンを増やす。その繰り返しだ。近道なんてものは、在るようで無いものだ。
そんなデビューシングルがリリースされたことで、それに伴うプロモーション活動やCDの購入者向けの特典イベントなどがあり、俺たちマネージャーも多少は忙しく過ごさせてもらうことになった。
そうはいっても限界があるのも事実で、ウチのグループに対するテレビやイベントなどの出演オファーはそれほど増えることはなく、案の定、少し経ったらメンバーたちはまたレッスン漬けの日々に戻って行くことに。
しかも、その間の数少ない仕事も選抜メンバー、それも多くはフロントや二列目までのメンバーが担ってしまい、アンダーメンバーに至っては仕事らしい仕事は何一つないのが実情だ。
アイドルに成ったというのに歯痒い思いをさせてしまっていて、俺に何ができるわけでもないのだが本当に申し訳なく思う。
そして、そうしている間に次の楽曲のリリースが近づいてきた。
しかし、その前には必ず新曲の選抜メンバーの発表という、メンバーにとっては心を削られる過酷なイベントが訪れる。
このシングルで二度目となる選抜発表だが、現選抜メンバーが居る状態での発表は初めてだ。
つまり、落ちる、上がるというメンバーが産まれる選抜発表は初めてということ。もちろん、続けて選ばれないというメンバーが産まれるのも初めてだ。ある意味、今回からが本当の選抜発表なのかもしれない。
普段は
発表は初回と同じく三列目から行われていった。
前回、選抜から漏れてアンダーだったメンバーにとっては、兎にも角にもこの三列目で呼ばれるかどうかが勝負で、それより前というのは念頭にないだろう。アンダーメンバーの発表を聞くその表情は真剣そのものだ。
そんななか、本人は喜びを大っぴらに出そうとはしなかったが、周りからの祝福の拍手が一段と大きく感じたのは大館の選抜入りの瞬間だった。
元々、デビューシングルでも選抜入り確実と思われていた大館は、その努力を惜しまない姿勢や周りへの配慮に長けた振る舞いから、メンバーやスタッフのなかにも支援者の多い人格者だ。自分のことを置いておいても彼女に報われて欲しいというメンバーも少なくないのだろう。
しかしそんな大館も、三列目の発表が終わる頃までは少し嬉しそうな表情も覗かせていたが、二列目が出揃った時点では神妙な面持ちに戻ってしまっている。おそらく前回は三列目だった仲の良い浅見が呼ばれなかったことを、自分のこと以上に気にしているのだろう。高い確率で浅見はアンダー落ちだ。
今回、三列目は前回からの変動が大きく、アンダーから四名が上がり、二列目からも一名が加わっている。そのため前回から継続してこの位置のメンバーは半数以下の三人だけだった。
その新顔の一人、二列目からポジションを下げたのが桐生だったのには驚いた。しかし、それは実力が劣るからではなく逆に安心感があるからこそ、このタイミングで一度、三列目を経験しておいて欲しいというメッセージなのではないかと個人的には感じた。
なぜなら桐生はデビューシングルのリリースに前後して、正式にウチのグループのキャプテンに任命されていたからだ。
キャプテンとして、これから様々なポジション、立場のメンバーの拠り所となっていかなくてはならない彼女は、アンダーまで経験させる必要はないかもしれないが、選抜のなかでは色々な場所からの景色を知っておいた方が良いということだろう。
本人もそう割切っているからか、そうでなくともポジションのことで感情を露にする気はないのか、桐生の表情からは悲壮感のようなものは全く感じられない。それどころか純粋に他の子のことを喜んだり残念がったりしているように見えるくらいで、この辺りのメンタリティは本当にさすがだ。
二列目は三列目から上がった一人の他に、フロントから二人が下がることに。
三人しか居なかったフロントから外れたのは一井と籠守沢で、二人は今回は二列目だ。代わりにフロントに上がったのは歌唱力には定評のある世良田と、ダンスも含めた総合力の高さを見せつけている成瀬の二人。
センターは引き続き金井が務める。今はまだ、グループ自体を売り込まなくてはならない時期ということで、その顔であるセンターを変えるべきではないという判断だろう。
選抜発表の収録後の楽屋は、デビューシングルの時と同じように微妙な空気が流れていた。いや、前回より暗いか。選抜落ちした四人のなかでは浅見だけは落ち着いているように見えるが、残る三人は涙を流している。あからさまに嗚咽を漏らし感情を出している子も居た。その様子を見て初めて選抜入りした面々も複雑な表情を見せているが、もっと複雑なのは続けてアンダーとなったメンバーたちだろう。
落ちた悲しみは、選抜に居たことがあるから味わえることだ。継続してアンダーの子たちにしてみれば贅沢な悩みにしか見えないのも仕方がない。自分たちと同じ場所に来たことに絶望している姿を見るのもまた、酷なことだ。
そうはいっても選抜を落ちた子が、この世の終わりのように感じてしまうのもわからなくはない。なんとかお互いに理解し合って、消化していってもらえるといいのだが・・・。
とにかく前回にも増して楽屋の雰囲気はカオスだ。これから幾度となく、こんなことが行われるのかと思うと、本当に大丈夫かと心配にもなる。傍から見ている俺だって辛いくらいだ。
それでも前に進むしかない。そういう世界なのだから。
斯くして決まった新しい選抜メンバーによって歌われる新曲は、他の有力なアーティストとのリリース日の競合もなく、俗に初動売上とよばれる発売初週のセールスでランキング一位を獲得することが出来た。
今の時代、ある程度の売上が見込まれるアーティスト同士であれば互いに牽制し合うのが暗黙の了解となっているため、そのリリース日が同じ週に重なることはほとんどない。上手いこと「初登場一位」の看板をヤツらの間で回していっているのだ。
逆に言えばそういった有力アーティストの新曲のリリースが分散してしまい、ウチのような新人や返り咲きを伺う古豪などは、それらの間を掻き分け数少ないチャンスを逃さないようにしなければならない。
そうして実績を積み上げいき、いつかその輪番体制の仲間入りを果たせれば、そこからは安定期に入ったと言える。まぁ、まだまだ先の話だが。
何にしても我々、麹町A9のセカンドシングルは念願の初登場一位のタイトルを奪取することに成功したのだ。まずは喜んでいいことだろう。
これは我々にとっては大きな一歩だし、どういう形であっても重要な出来事であることには変わりがない。
たとえ有力アーティストのリリース日の谷間を突いただけと言われても、購入者向けの特典イベントが目当てで売れただけと言われてもだ。そんなものは歴史を重ねるに連れて風化されるだろうが、事実は事実として残り続ける。
まずは一つ、ハードルを越えた。
長瀬さんが実現に向けて奔走していたゴールデン帯の歌番組への出演は今回も叶わなかったが、こればかりは仕方がないと思う。キャスティングする側にだって事情はあるだろうし、我々の都合に沿って物事が動かないのは当然の話だ。少なくとも今のウチはそういう存在ではない。
次の、サードシングルでは出られるといいな。まぁ、そこのところは長瀬さんの手腕に期待することにして、とりあえず今は念願の一位が獲れたことを素直に喜ぶことにしよう。本当に良かった。
そんな相変わらず何事にも前向きな俺に、久々の宴席の誘いが入ってきたのはそんな時分だった。
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