第6話 本当の優しさ
私が慌てて戻って行った楽屋は扉が開けっ放しになったままで、中からは光が廊下に漏れてきている。人の気配を感じるし、まだ二人ともそこに居るように思われた。
入り口に差し掛かったところで駆け足の速度を落とすと、中から少し語気の強い声が聞こえてきた。
「もういいから、本当のことを言ってよ!」
私は驚いて思わず入っていくのを躊躇い、手前で立ち止まり中をこっそり覗き込みながら話に耳を傾けてしまう。
「私を藍子たちと一緒に先に帰らせて、選抜のことを遠慮なく喜ばせようとしてたんでしょ?」
内容から、これは芽生の台詞であろうことが想像できる。そして、その言葉に対して弥子が諦めたように息を一つ吐いて真相を明かした。
「バレちゃってたんだね。みんな優しいし、特に芽生は私の前じゃ絶対に喜ばないだろうなって思って。せっかくの嬉しいことなのに、そんなの勿体無いからさ」
「もう、バレバレだよ。付き合いは長くないけど、弥子の性格は皆よりわかってるつもりなんだから」
さっきのって、そういう事だったんだ。なるほど。
「それと皆の前では普通に笑顔だったけど、本当は涙が出そうだし、誰かと話していて愚痴や文句が口から出たら嫌だから、だから一人になりたかったんじゃないの?」
愚痴や文句なんて、あの弥子が言うのかな。
「そんなことないって。私は全然平気だよ。自分が選抜に入れないのは自分の力不足だったと思ってるし、愚痴や文句なんて無いよ」
弥子はどこまでも表情を崩さないし、口調も穏やかなままだ。こればかりは芽生の勘違いかな。弥子はやっぱり弥子だ。
そんな弥子に、芽生が更に語気を強めて返した。
「そしたら弥子は、どうして私のことをもっと一緒に喜んでくれていないの?本当に気にしてないなら、自分のことみたいに私のことも、美咲たちのことも喜んでくれているはずだよ。弥子はそういう子だから」
芽生にしては珍しく強い言葉だが、弥子は相変わらず表情を崩さず穏やかに返す。
「そんな、喜んでるって。みんな凄いなって思うし、仲良しの芽生が選抜に入って嬉しいよ。おめでとう」
弥子は普通に話しているし、芽生、考えすぎだよ。弥子は実力があるから、自信があるから、そんなにショックを受けてないんだって。
そんな風に思って弥子の台詞を聞いていた私は、次の瞬間、その浅はかな考えを後悔することになる。
芽生に祝福の言葉を掛けた弥子の目から、涙が溢れ落ちてきたのだ。
「あれ、何でだろう。違うの、これは何て言うか、感動みたいな。みんな良かったねって・・・」
そう言いながらも涙は溢れていく。弥子のこんな表情、初めてだ。
「弥子、もういいから。私の前でくらい本音を出して。私だって弥子が入らなかったのは納得してないし、悔しいし、何でよって思ってるんだから」
そう言いながら芽生も涙を流している。
そんな芽生を見て、弥子が今までに見せたことがないような感情的な物言いで想いの丈を述べ始めた。
「私、芽生が選抜に入ったのは嬉しいし、美咲たちも凄いと思ってる。選抜に入って当然の子たちだし、みんなを祝福する気持ちは本当だよ。でも正直に言えば自分が入らなくていいとは思ってないし、入るだけの努力はしてきたと思ってた。それはウチに入ってからだけじゃなくて、小さい頃からずっと。色々なことを精一杯やってきたつもりなの。そんな自分が入れなかったという事実が、ただただ情けなくて・・・」
そこにはネガティブな発言がウチのグループでも一番じゃないかというくらい似合わない、明るく温和な普段の弥子からは想像もつかないような言葉がズラっと並べられていた。
私はそれに驚きもしていたが、芽生はわかってるよと言わんばかりに頷きながらそれに耳を傾けている。
「私だって、みんなと一緒にデビュー曲を歌いたいし、踊りたいし、ファンの人たちの前に立ちたい。なんで、何がダメだったの・・・?みんなと私は何が違ったの・・・?何が悪かったの・・・?」
そうだよね。弥子は実力があるし次は選抜に入るだろうから平気だとか、器が大きくておおらかな性格だから気にしてないとか、そんなわけないじゃん。私、バカだ。弥子の精一杯の優しさに甘えて浮かれてた。
弥子だって当たり前のように選抜に入りたいと思ってるし、入れなかったら物凄く傷つくんだ。そんなの当然だ。弥子だけじゃない、他の選抜に入れなかった子も皆そう。アイドルに成ったのに曲を歌えない、踊れない、ファンの人たちの前に立てないというのは、そのくらいの絶望感を味わうことなんだ。
芽生はそんな弥子の本音に気付いていたからこそ、それを吐き出させてあげる場を意図的に作ったんだ。自分の喜びの時間を捨ててまでして・・・。
私たちを気遣い、芽生がここまでしなければ本音を見せようとしなかった弥子も、そんな弥子に気付いて寄り添うことにした芽生も、二人とも凄い。人間の大きさというか他者への共感性というか・・・。同じ立場で、私にそれができていたかどうか。
選抜に選ばれるっていうことは、こういった一つ一つの想いを背負っていくということなんだ。浮かれてばかりではダメだ。
二人のやり取りを聞いていた私は用件を伝えることをやめて、そのままその場を立ち去ることにした。
今、この空間に私が入っていくべきではない。入ってはいけない。それくらいは私にだってわかる。
私は小走りで廊下を戻り、ビルの入り口で葵と藍子を捕まえた。
「弥子たちに伝えられた?」
藍子が私に、お遣いの成果を確認する。
「うーん、うん。いや、もう居なかったから、後で私から連絡しておくよ」
そんな私の回答を聞きながら歩き出す二人に、私はさっき感じた気持ちを打ち明けることにした。
「私たちさ、運良く選抜に選んでもらえたじゃん?もちろん嬉しいことだから浮かれちゃう気持ちも少なからずあるけど、それじゃダメだと思うんだよね。逆に選ばれなかった子たちに対して申し訳なく思う気持ちがあるのも事実だけど、それも何か違う。そうじゃなくて、選ばれなかった子の想いとか、グループを代表しているって責任とか、そういうものの重みを感じながら活動しなきゃいけないんだと思うんだ」
さっきまで明らかに浮かれていたり、選抜に入れなかった子のことを気にしている感じであった私から、突然そんなことを言われた二人は少し戸惑っているようにも見える。そうはいっても芽生たちのことを話す気はないし、このリアクションは仕方がないよね。
それでも少し間を空けて、藍子が私の想いを汲んだ言葉を返してくれた。
「そうだよね。選抜に入るかとか、人気が出るかとか、努力すればなんとかなる世界ではないし。全員が理想通りにいくことはないんだから、それを気にし出したらキリがないと思う。美咲が言ったような気持ちを持って前に進むしかないんだよね」
さすが藍子はわかってる。葵も頷いてるし、芽生や弥子も、この二人も、やっぱり良い子たちだ。こんな素敵なメンバーたちと一緒に夢を追い掛けられるなんて、それだけでも幸せなことだと思う。
絶対に立派な、有名な、一番のアイドルに成ってやる。このメンバー全員で。そのためだったら、何だってやってやるんだから!
「まだまだ今の私たちは何も出来ないし、雑誌で取り上げてもらってもテレビに出ていても、つい自分なんかがってネガティブな感情を持っちゃうんだけど、そんな気持ちはキレイさっぱり捨てないとダメなんだよ。少なくともファンの人たちには、そういう自信が無いところとか焦ってるところは見せちゃいけないんだと思う。駆け出しだろうが何だろうがアイドルなんだから、夢を見せていかないと!」
そんな私の唐突な決意表明にも、二人は本気で応えてくれる。その自信があるからこそ、私もこの二人には何でも話せるんだ。
「美咲の言う通りだよね。そうでないと今回は選抜に入れなかった子たちにも、自分たちの方がしっかり出来るのにって思わせてしまうし、ファンの人たちも何であっちの子じゃないんだろうって思ってしまうから。上手く出来るかはわからないけど、絶対に上手くやるっていう覚悟は必要だと思う」
そうそう。私の言い足りなかったことを完璧に付け加えてくれる。藍子は本当に頼りになるなぁ。
「演劇の舞台に上がるような感じかな。私たちは演者で、演じるのはアイドルという役。それも、せっかくなら超一流のスーパーアイドルってのはどう?」
葵の放つ言葉は、いつだって言い得て妙だ。独特のセンスを感じる。
「いいね、それ!そう思えば恥ずかしいことなんて何もないし、普段の自分では出来ないって思ってることも出来るかもしれない。何より、みんな同じようにして頑張ってるんだって思えば、私も頑張れる気がする!超一流のスーパーアイドル、二人とも約束だからね!」
二人が笑顔で頷いてくれた。それを見て私も頷く。
こうして私たちのグループで初めての選抜発表は幕を閉じ、私たちはCDデビューに向けて本格的に動き出すこととなった。
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