第5話 天国と地獄
私たちのグループが初めて貰ったテレビのレギュラー番組は、時間帯こそ深夜だが毎週きっちりと放送されていて、可能な限りオンタイムでそれを見ることが最近では一週間の楽しみになっていた。実際に自分の姿をテレビで見てみると、なんだか芸能人になったって実感が湧いてきて素直に嬉しくなる。
その内容は司会を務めるお笑いのコンビ芸人の進行に応じ、トークだったり体を動かす企画だったりに私たちが挑むという、王道のアイドル番組だ。
そんな番組の収録にも少しは慣れてきた頃、遂にその日がやってきた。
私たち全員が待ち焦がれていたデビューシングル。その表題曲ともA面とも称されるデビュー曲を歌う選抜メンバーを、この番組の収録のなかで発表するというのだ。
はぁ・・・。CDデビューは嬉しいんだけど、選抜発表は怖くてたまらない。もちろん三十人ちょっともいるんだから、全員が選抜というわけにはいかないのもわかってる。わかってるんだけどさぁ。
私が神妙な面持ちで収録が始まるのを待っていると、ふいに葵が後ろから肩を揉んできた。
「美咲らしくないじゃん、考え事なんかしちゃって。選抜発表を前にして珍しく緊張してるとか?」
「ちょっと、私だって悩むことも考え込むこともあるわよ!ヒトをバカみたいに言わないでよね、バカだけどさ。あっ、そこをもう少し強く押して。もう少し上、そうそう」
相変わらず葵のマッサージは気持ちがいい。こっちの道でも良いところまで行ったんじゃないのかな、この子。
「こらこら、ナーバスになってる子は肩揉みに注文つけたりなんかしないよ!でも安心した。やっぱりいつもの美咲じゃん」
だって葵のマッサージが上手いから、つい・・・。でも、たしかに真剣に悩んでいたらそれどころじゃないだろうし、私って言うほど悩んでいないのかな。自分でもよくわからなくなっちゃうよ。
それにしても葵は平然としている。藍子もそうだ。二人とも自信があるのかな。キレイだし、頭良いし、なんだかんだ言って歌もダンスも下手な方ではないしね。
私はどうなんだろ・・・。まぁ、考えても仕方がないか。今から何かできるわけではないし。
私が気持ちを切り替えて前を向いたところで本番の開始時刻となり、スタジオに呼ばれる私たち。
そこはいつもと何も変わらないスタジオのはずが、その日は少し暗いように感じられた。照明の問題じゃないよね、きっと。
ズラッと並べられた椅子に「あいうえお」順に座らされると、その向かいには七、八人ずつ並べるお立ち台が三段用意されている。
名前を呼ばれたメンバーが台に上がり、与えられた自分のポジションの位置に立つということか。最後のメンバーが呼ばれたところで歌唱フォーメーションが完成する、と。わかりやすいじゃん。
つまり、あっちが埋まった時点でこっちに座ってるメンバーは選抜落ち。補欠?二軍?アンダー?何て呼ぶのか知らないけど、そういうことだよね。
あー、緊張する。頑張ってきたし、みんなが私は選抜に入ると思うって言ってくれるのもあって全く自信が無いわけじゃないけど、アイドルとしての自分の客観的な評価は本当にわからないしな。
そんな私をよそに粛々と準備が進められ、そうこうしている間に本番の開始を告げる声が掛かった。
「それじゃあ今日の企画、デビューシングル選抜発表!いってみようか!」
司会の一人、ツッコミ担当の木田さんが威勢よく声を上げる。その合図に併せてメンバーたちが笑顔で手を叩くシーンを一通り撮り終えたところで、さっそく運命の選抜発表が始まった。
三列目の端から順に立ち位置に付された番号が読み上げられ、続いてそのポジションを得たメンバーの名前が呼ばれる。
この際、目立つとこなんて贅沢は言わないから、すぐに名前を呼んでもらえないかな。
そんな私の願いも虚しく私以外のメンバーが次々と呼ばれていくその様子を、座ったまま眺めることしかできない私。焦るばかりではあったが、そんななかでも笑顔と拍手は絶やしていないつもりだ。
アイドルだし、テレビだし。そういうのは大事だよね、うん。
そして先日、一緒に選抜発表への不安を明かし合ったメンバーのなかで真っ先に名前を呼ばれたのは芽生だった。
いいなぁ。もっと前が良かったとかあるかもしれないけど、この空気から早いところ抜け出せたのはもちろん、何より最後までここに残ることが無くなったのは本当に羨ましい。
しかし他の三列目を埋めたメンバーの顔ぶれを見ても、歌やダンスか、容姿か、はたまた将来性か、何が選ばれる基準なのかはやはり明確になってこなかった。
そしてそこには藍子も葵も居ない。二人はもっと前なんだろうな、きっと。
残るは二列目の五人と最前列の三人。あと八人しかいないじゃん・・・。
二列目も同じく端から呼ばれていき、最初に名前を呼ばれたのは
また一つ席が減ってしまった。これは本気で覚悟しないと・・・。
私があらためて悪い方への心の準備を始めた瞬間、自分のことの次に気になっていた二人のうち、一人の名前が呼ばれた。
「5番、里見葵」
葵だ、やった!そうだよね、他の子とは少し雰囲気が違うし、葵は絶対に選抜に必要だよ!
表情一つ変えずに前に出て挨拶をする葵。どこまでクールなんだろう。私だったら笑顔がこぼれちゃいそうだけど。
葵が挨拶を終え立ち位置に付くと、すぐに次のメンバーが呼ばれた。
「6番、由良美咲」
えっ、私?だよね?よかった、呼ばれたじゃん!
思わずニヤけてしまいそうになったが、それを必死に隠しながら立ち上がって私は前に出て行った。
まだ発表を待ってる子だっているんだ。浮かれちゃダメだよね。
なんとか心を整えて挨拶に臨む私。
「今日までのレッスンとか、こういった番組収録とか、初めてのことばかりで正直、心が折れそうなこともたくさんありました。それでも頑張って食らいついてきたからこそ、今、このポジションを与えていただけたのだと思います。選んでいただいたからには、全力で頑張らせていただきます!」
私の挨拶に、もう一人の司会者、ボケ担当の広沢さんが言葉を返してくれた。
「由良って年齢的にも見た感じからも、余裕をもって色々なことに取り組んでいたと思ってたよ。本人のなかではキツいと思う時とかもあったんだな」
私って勘違いされやすいんだよな。よく言われるのは、見た目から焦りとか不安を感じてるところが想像つかないとか。どういう見た目なんだ、まったく。
「いや、もう毎日毎日、とにかく必死でした。明日はやめよう、この日でやめようって何度も思いました。でも、こういう場所に立たせていただいた以上、後ろ向きなことは考えません。頑張ります!」
「そうだよな。頑張ることで自信を付けていけばいいよ。由良なら大丈夫だから!」
木田さんの温かい言葉に頭を下げ、私はお立ち台の二段目の中央、葵の隣に並ぶ。目の前を横切った時、一瞬だけ葵と目が合ったと思ったら、その手にはピースを作ってくれていた。
場が落ち着いたところで、木田さんが発表を再開し次の名前を呼んだ。
「7番、桐生藍子」
藍子も入った!デビューシングルで葵と藍子と一緒に選抜に入れて、しかも三人が横並びというのは安心感もあって本当に嬉しい。よかった!
選抜発表をあんなにも怖がる必要はなかったのかな。ちゃんと入るべき人は入ってるし、才能も実力も、頑張りも想いも、何処かで誰かが見てるんだよね。きっと。
私は自分と、仲良しの二人がみんな選抜に入ったのを確認したところで、すっかりこの日のイベントが終わったような気分になってしまい、そんな甘いことを考え始めたりもしていた。
もちろん収録は、選抜発表はまだまだ続いているし、何だったらここからがクライマックスだ。
誰がフロントやセンターを務めるのか。そして誰が選抜に入れるのか、入れないのか。天国と地獄を分ける発表がまだ残されている。
藍子の後に呼ばれた二列目最後の一人は
そして、いよいよ残されたのはグループの顔となる最前列の三席だけとなった。ここで呼ばれれば先々を含め運営が期待しているってことだろうし、逆に呼ばれなければ今回のシングルではアンダーか・・・。
そういえば弥子がまだ呼ばれてない。さすが、フロントなんだな。そしたら、この間ご飯食べながら話したメンバーが全員選抜ってことじゃん。それもそれで凄いことだよね。後々、ウチのグループが有名になったら、あの夜のことがファンの人たちの間で語り草になるかもしれないし。「伝説の夜」とかって。
あれ、でも他にも何人か有力と思われてた子が残ってるな。私なんかが入ってるのに・・・。どうなるんだろう。
私があれこれ考えている間にも発表が進められ、その結末は私の想像とは違う何とも残酷なものだった。
ウチのグループの初代「センター」、最も目立つ選抜の最前列中央のポジションは金井陽葵。大手芸能事務所傘下のタレント養成所に所属していたこともあるという大本命だった子だ。
その左右には地下アイドルを少し経験していた
弥子はアンダーだった。
私を含めて、一緒に食事をした時にも皆で弥子だけは確定みたいな言い方をしてしまったし、周りにもそう思っていた人が多かったのは事実だろう。
弥子の性格を考えるとそれで安心していたことはないだろうが、私なんかと比べるとショックが大きかったことは容易に想像ができる。
何よ、これ。どんな顔して弥子と話せばいいのよ。
収録が終わり楽屋に戻った後も、私たちは感情の出し方、隠し方がよくわからないでいた。ほとんどの子がロクに周りと会話もせずに荷物をまとめて帰っていく。
気付けば私以外には葵と藍子、それに芽生と弥子という、いつかの五人だけになっていた。
「私、スケジュールのことを柏木さんに確認したいから、芽生は藍子たちと先に帰ってて」
弥子がいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべながらそう言った。
落ち込んでるかなと思ったけど、意外と平気そう。弥子くらい実力があれば今回がダメでも、次回は、先々は大丈夫って自信があるのかな。実際にそうだと思うし。
「あっ、そしたら私も訊いておきたいことあるから一緒に行くよ」
芽生が弥子に同行すると言ったため、私たちは三人で先に楽屋を出ることにした。
廊下で三人だけになったところで、私から二人にあらためて選抜発表の話題を振ってみた。
「葵も藍子も、おめでと!三人で選抜、それも隣同士なんて嬉しいじゃん」
二人とも皆の前では我慢していたのか表情が堅かったが、やっと少し柔らかい顔を見せてくれた。
「私はともかく、美咲と藍子は心配し過ぎだって。どう考えても入るでしょ。でも、正式に決まると嬉しいよね」
「そうだね。でも、まさか弥子が落ちるなんて・・・。本当に想像してなかったな」
藍子は自分たちのこと以上に、選抜に入れなかったメンバー、特に有力とされていた弥子のことが気になっているみたいだ。それを言われると、私も心がズキっと痛んでくる。
「でも何て言うか、弥子の様子を見た感じだと、そんなにショックを受けている風でも無かったよね。実力者の余裕なのかな。次は絶対に入るだろうし!」
私が努めて明るく言った台詞に、藍子が頷きながら続けてくれた。
「そうだよね。私も次は間違いないと思う。歌もダンスも上手いし、頑張り屋だし、良い子だし・・・」
でも、藍子の今言ったことは全て事実なんだけど、それを言ったら今回だって落ちないはずなんだよね・・・。
二人も同じようなことを考えたのか、その後は誰も言葉を続けることはせず黙ったまま並んで廊下を歩き続けた。
少しして思い出したように葵が呟く。
「そういえば話は変わるけど、明日の集合時間が変更になった件って二人は聞いてるかな」
そっか。そのことを言われた時、芽生たちはお手洗いか何かで居なかったしね。知らないかも。
すぐそこに居るんだし、教えに行ってあげようかな。
「そしたら私、言いに行ってくるよ。先に行ってて、すぐに追いかけるから!」
そう告げた私は、二人の反応を待たずに振り返り楽屋に向かって駆けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます