第4話 思ってたより…

 アイドルに成ったとはいうものの、デビューしたわけでもない私たちがそれを実感できる機会は残念ながらほとんどなかった。


 そんななか深夜番組ではあるが私たちのグループがメインで出演する、俗にいう冠番組が始まることになった。最初のオンエアはもう少し先みたいだが、素人丸出しの恥ずかしくなるような番組収録も既に行われている。テレビ越しに自分たちを見れば、そうすれば少しは気持ちも変わるのかな。


 それはさて置き、今のところは来る日も来る日も歌やダンスのレッスンばかりで、基本的には元の生活に習い事が一つ増えたくらいの感覚だ。


 ただ、そのレッスンは習い事なんて生易しいものではなく、部活、それも強豪の運動部のようなノリだ。甘く見ていたわけではないが、客観的に見ていたアイドルたちがこれほど大変なことをしていたとは思いもしていなかった。


「そこ、全然揃ってない!ヤル気あるのっ!」


 レッスン場にダンスの先生のげきが響き渡る。さすがは業界でも指導が厳しいことで有名な先生だ。噂に違わず、ほぼ素人ばかりのこの集団が相手でも全く容赦はない。


 しかし、そんなことを言われてもダンスやバレエなんかの経験者でもないメンバーには辛いところなんだけどな。私や藍子はもちろん、運動神経には自信のあった美咲だってついていけないくらいだし。


「ダンスを習ってたかどうかで違うと思うかもしれないけどコンサートとかイベントで踊る時、お客さんにそう言って納得してもらうつもり?同じステージに立つ以上、上手い子と同じ料金を払って観に来てもらうことになるんだよ。甘ったれるな!」


 たしかにそうだ。私が下手だからって私の前の席だけ安くするなんてできないし。経験者かどうかは関係ない。それにしても先生、私の頭のなかの台詞が聞こえてるみたいだな。こういう言い訳をする子が多いんだろうな、きっと。それはそれで、なんだか情けなくなってくる。


 そんなくだらないことを考えながらレッスンを続けていると、他の子に続いて私が名指しで注意された。


「里見、同じところがいつもワンテンポ遅れてる!鏡があるんだから自分で気付いて修正しな!」


 わかってますって。頭ではわかってるんだけど、いざ曲に合わせると遅れるというか。どうしても上手くいかないんだよね。私、センスがないのかな。


「聞こえてるの?聞こえてたら返事しな!」


 あー、もうっ!わかってる!わかってるから少し頭の中を整理させて!


 その後も厳しいレッスンは続き、私だけでなく、おそらく多くのメンバーが心身ともに疲弊していったが、なんとか私たちは脱落者を出さずにそれを乗り切っていった。


 本音では途中で辞めたくなることもあったが、ここで挫折するわけにはいかない。まだレッスンは、アイドル活動は、私たちの夢は始まったばかりだ。


 ある日の帰り際、いつものようになんとなく美咲と藍子と三人で帰ろうと周りを軽く見回す私。美咲は同じことを考えていたみたいですぐに目が合ったけど、藍子は近くに居ないな。どこに行ったのだろう。


 少しして藍子が他のメンバーたちと談笑しながら部屋に入ってきた。お手洗いにでも行ってたのかな。


 藍子が荷物を纏めたところを見計らって部屋を出ようとした時、さっきまで藍子と話していた子たちが私たちに声を掛けてきた。


「ねぇ、たまには一緒に食事して帰ろうよ。今日のレッスン大変だったじゃない。そのことも色々と話したいしさ」


 私たちを食事に誘ったのは大館おおだて弥子みこ。この子は過去に子役としてドラマやテレビのCMにも出演したことがあるとか。年齢は私たちより少し下だが、この業界のキャリアではグループでも一、二の長さを誇るメンバーだ。それに加えてダンスを習っていたこともあるらしい。


 そして弥子と一緒に声を掛けてきたのは浅見あさみ芽生めい。彼女は芸能界には関わったことはないみたいだが、小学生の頃からずっとバレエを習っていたらしい。たしかにダンスの所作からもその片鱗が感じられる。


 私たちに二人からの誘いを断る理由なんて何もない。年齢が近かったり、初日にたまたま話したりというくらいの理由で、いつの間にかなんとなく何人かずつのグループがいくつか出来ていたが、別に好き嫌いで固まっているわけではないのだから。むしろ、こういうきっかけで仲良くなれるのは有難いくらいだ。


 さっそく五人で歩き始めた私たちは、何パターンかしかないレッスン後の憩いの場となっていたお店の一つに入った。


 席に着いて注文を済ませると、さっそく話題はこの日のレッスンのことに。


「あー、今日は本当に疲れた。一段と厳しかった気もするし。私、この先もやっていけるかなぁ。そのうちにクビになったりして!」


 美咲が冗談混じりに溜め息をつくと、芽生がそこに続けた。


「私も、正直に言えばアイドルのダンスとかがこんなに大変とは思ってなかったな。経験者以外は厳しいよね」


 藍子も弥子も二人の言葉に頷いている。私も頷いた。


 しかし美咲は、周りのそんな同意も不満らしい。


「いやいや、弥子は平気そうじゃん!先生にも名指しで注意されたことないし、むしろ周りに教えてあげなって言われてるくらいなんだから。それに芽生もバレエをやってたからだろうけど、基本的な動きはついていってるって。私よりは遥かにマシだから!」


 美咲のことはともかく、二人については藍子も同じことを思ったみたいだ。


「たしかに弥子ちゃんは経験者だけあって、さすがに上手だよね。芽生ちゃんもみんなと比べれば踊れている方だと思うし。二人とも凄いよ。私も頑張らないと、どんどん差がついていってしまうよね」


 その時、私が何気なく言い放った言葉が場の空気を凍りつかせてしまうことになった。


「そのうちにシングル曲のデビューが決まると、その曲を歌う選抜メンバーに入れる、入れないとかがあるだろうしね」


 気付いた時には手遅れだった。私自身は過度に選抜とか人気とかってものを気にするつもりはないからいいけど、みんながそうとは限らないしね。なんか申し訳ないな、空気を変えちゃったみたいで。まぁ、仕方がない。こういうのをサラっと言ってしまうのが私なのだから。


 私が心配した通り、そのまま微妙な空気にもなりそうなところだったが、そんな時に頼りになるのは美咲だ。


「もう、みんな気にして触れないことを平然と言わないでよ!もっとマイルドに言うとかないの!」


 笑いながらそう言ってくれたことで、場にさっきまでの和やかな空気が却ってきた。美咲は天才だな、ホント。


「でも葵の言う通りだよね。そういう競争の世界に入ったのだから。どんな結果も受け止めていかないといけないのだろうけど・・・」


 藍子が冷静にまとめてくれた。この二人、本当に良い組み合わせだ。


「普通は選抜って15、6人でしょ。そしたらウチらの中で入れるのは半分くらいってことか。厳しいなぁ。私はホントにヤバいじゃんね」


 美咲が再びネガティブモードになった。行ったり来たり、どこまでも面白い子だ。


 そんな美咲に芽生が言葉を掛ける。


「でも正直、美咲は入ると思うよ。歌やダンスがどうのに関係なくね。根拠はないけど・・・」


 弥子も続けた。


「私もそう思う。上手い下手じゃなくて、オーラっていうか、雰囲気が周りと違うし。何より、このビジュアルを放っておかないと思う!」


 ともすればお世辞や慰めとも取れなくもない二人の発言にも、少し照れながら喜んでいるように見える美咲。この素直さもこの子の魅力だろう。


「ちょっと二人とも、褒めたって何も出ないからね!でも、もっと言ってくれてもいいんだよ?褒められて伸びるタイプだから!」


 こんな返しが茶目っ気たっぷりの表情で出来るあたりも美咲らしい。どうやったらこんなに可愛げのある子に育つのだろうか。しかも、この容姿で。


「ねぇ、切り替え早くない?さっきまで落ち込んでたのに。まぁ、私も美咲は入ると思ってるけどね。勝手に将来のエースだと思ってるから!」


 藍子も美咲のリクエストに応えてみせた。真面目なのにこういう場の仕切りも上手い。この子がグループをまとめていくなら、きっと誰からも異論はないだろうな。


 しかし、お世辞や冗談抜きで私の目から見ても美咲は選抜に入ると思う。本人には見えていないだろうが、この子の放っている光が他と違うのは明らかだ。


 それでも、ここにいる五人のうち二人か三人が選抜に入れないのは確率論として間違いはない。都合良く考えても二人だ。客観的に見て美咲とパフォーマンス上位の弥子が入らないのは考えづらい。それに藍子もキャプテンを任せられる可能性が高いから入ると思う。


 そうなると残念ながら選抜に入らないのは芽生、そして私。理詰めで考えるとこういう結果になる。


 さすがに今、これを口に出すのは違うな。自分がどういうキャラクターであろうとも、言って良いことと悪いことがある。そのくらいの分別はつくさ。


 私がその台詞を飲み込んだ後も私たちは意味のあるような無いような会話を続け、喋り足りないままではあったが頃合いを見て家路につくことにした。


 そして数週間後、私たちは運命の選抜発表の日を迎えることになる。

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