第2話 未来予想図
「以上、ご説明を差し上げました通り法人の設立などの事務手続きは全て完了し、メンバーやスタッフの採用につきましても概ね予定していた量と質を確保できました。ここから当面は
大手レコード会社の役員会議において、その子会社にあたるアイドルグループ運営会社の社長から概況の説明を受ける役員の面々。さっきまで展開されていた所属するトップアーティストのプロモーション戦略の議題とは打って変わり、ここでは質問の一つも出てこなかった。
どいつもこいつも興味無し、といった感じか。まぁ、そうだろうな。誰一人として期待もしていなければ憂慮もしていないだろうし。
元はと言えばウチのレコード会社を傘下に持つ総合エンタテイメント会社の役員が、昨今のアイドル業界の活況を偶然どこかで目にして、世間話程度にウチの上層部に振った話が発端だと聞いている。
言い出した側にそれほどの思い入れやアイデアがあるわけでも無ければ、言われて動き出した側にだって何の主体性もない。あるのは会社員としての義務感と体裁を整えようという悪しきサラリーマン根性だけだ。
まぁ、注目されていようがいまいが我々は全力を尽くすだけだし、それならそれでもいい。だがしかし、これだけは言っておかなくてはならない。
「最後に、一言だけいいですか」
資料に目をやっているフリをしていたり、欠伸をしたりしていた重役たちの視線が一応、私に集まる。
「今回のプロジェクトはウチにとっては決して大きいものではないですし、成功するとも限らないものと自覚しております。当然、状況や見通しが芳しくなければ撤退という選択肢も出てくることと思います。ただ、メンバーたちはそこに夢を、青春を、人生を懸けて集まってくれました。その想いだけは汲み取っていただけますと幸いです」
長い一言だなとでも思っているのだろうが、この場で発言し異論が出なかった事実が残せるなら何でもいい。
私は最後に念を押すように言った。
「つまり何を言いたいのかと申しますと、仮に将来どこかのタイミングでグループの解散を検討することがあっても、その時点で在籍しているメンバーたちのその後につきましてはご厚配を賜りたいということです」
少し強い口調で言ったからか、さすがに耳にも入らなかったという感じの人はいない。そうは言っても、そこに何か意見をしようという人も相変わらずいないのだが。
そんな微妙な空気のまま新アイドルグループ設立プロジェクトの進捗報告の議題は終わり、会議は次のテーマへと進んでいった。
役員会議室を出て自社のオフィスに戻った私は、その足で予定されていたマネジメントスタッフを一同に会したミーティングに臨む。
「ついさっき役員会で報告してきたよ。特に意見も質問もなし。まぁ、今のところ興味もなしって感じでもあったけどな」
私が笑いながら話すと、マネージャーたちを束ねる柏木くんが苦笑いを浮かべながら続けた。
「偉い人たちが興味を持つような規模の話ではないですからね。でも逆にそうなってくると燃えてきますよ。いつかそういう会議の場で議題の中心になるような、もう一つ上の親会社も放っておけないような、そんなグループになってやろうって。その時には、長瀬さんの話を重役たちが食い入るように聴くことになりますよ!」
柏木くんは実に清々しい青年だ。元々はロックバンドの担当だったというし、アイドルのマネジメントなんて本当は不本意だろうに。そんなことを微塵も感じさせないところは彼の長所だな。良い人材に当たったよ。
「柏木くんの言う通りだ。やりがいがあると言えば、これ以上はないくらいだろう。それで、さっそくだが我々はウチのグループが活動を始めるにあたっての準備に取り掛からなくてはならない。キミたちにおいては、まずはメンバーの顔と名前を一致させるところからになるが・・・」
一度に似たような世代の女子を三十数名を覚えるだけでも大変だろう。おまけに一人一人の年齢や住環境、生活状況まで把握するとなると、しばらくは苦労するだろうな。
「だいたいは覚えられたのですが、覚えた内容と顔を一致させたりという最後のところは実際に会ってみないと何とも・・・。ちなみに、メンバーの中にまとめ役、キャプテンみたいなポジションは置く予定ですか」
キャプテンか。適任者がいてくれればもちろん、そうでなくても誰かにお願いすることになるだろうな。
「誰かしら必要だろう。そうでなくとも年頃の女子の集団、バラバラになるのは簡単だ。まだ誰とまでは考えていないがね。まぁ、おいおい見えてくるだろう」
まずはメンバーたちの特性を見極めてからだ。オーディションでその一端を知ることはできたが、それはあくまで一端でしかない。
メンバーの受け入れ準備やその後のサポートに向けたミーティングが終わると、外はすっかり真っ暗になっていて、私を含めて全員その日はそのままオフィスを後にすることになった。
まだ根を詰める時期ではない。余裕のあるうちに英気を養っておいてもらわないとな。
「いよいよ始まりますね。不安と期待で何と言えばいいのか・・・」
帰り道、自宅の方向が同じ柏木くんと二人になると彼の方から仕事の話を振ってきた。
「なに、なるようにしかならないさ。この業界で成功するかなんて、運が良いか悪いかに懸かる部分も大きいしな」
少し抑えぎみに言ってはみたが、本当は運がほとんどだとすら思っている。過去に何人も見てきた、実力はあるのに消えていったアーティストたちを思えば、そう思う方が自然というものだろう。
「さっきの話なんですけど、長瀬さんのなかでキャプテンの候補とか、他にもエース候補やキーマンみたいなのって本当は目星が付いていたりしないんですか」
先ほど私がはぐらかした話に柏木くんが食い下がってきた。さて、どこまで話すべきか。
「全く何も考えていないと言えば嘘になるな。私もキミに負けないくらい、メンバーたちの情報を寝る間を惜しんで読み込んでいるのだから。ただ特に現場に近いスタッフのみんなには、先入観を持たずにメンバーと接して欲しいと思っているから、私がそういうことを公に言うのは控えようと思ってるんだ」
ある程度、目に見える差がついてきてからはメンバー間の忙しさも違うし、割くリソースや期待値が変わってくるのは仕方がないことだと思う。だからこそ、少なくとも最初くらいは横一線でないと。その環境を作るのも私の仕事だ。
「なるほど、そうですよね。俺も気を付けるようにします。売れようが売れまいが、我々にとっては等しく一緒に夢を見る仲間ですからね」
とりあえず彼は理解してくれたみたいだ。イイ奴だよ、本当に。
柏木くんと別れ一人家路を歩きながら私は、彼の問い掛けに対する答えをぼんやりと考えていた。
キャプテン候補は正直、自分のなかでは決まっている。条件は社会人としてすぐに通用する常識や良識をもった年長組で、中心メンバーに定着できるスキルと容姿を備えていて、ファンやスタッフ、もちろんメンバーたちから見ても納得感の得られる人選であること。穏やかな気性の子であれば尚良い。
最も適任なのは
オーディションの時の話だと昔から芸能の仕事に憧れを持っていたものの、なかなか一歩目を踏み出せずにいたようで。両親も芸能活動には反対していたみたいだったが、今回が最初で最後のチャンスということで挑戦させてもらえたらしい。
その細い糸を手繰り寄せるあたり、運も持っている。グループに幸運をもたらす存在になるかもしれないな。
品があって物腰も柔らかいし、それでいてしっかりもしている。キャプテンを引き受けてくれれば有り難いところだ。
エースの方はといえば、子役の俳優経験者や芸能事務所傘下のタレント養成所出身者、バレエやダンスのスクールあがりのメンバーなんかは現時点でのスキルで一枚上なのは間違いないし、そんななかでも
たしかに歌もダンスも水準以上で容姿も可愛らしい感じだし、アイドルのファン層の好みにはマッチしそうな感じだ。
しかし、そういう子を前面に出しても売れるとは限らないのが、この世界の常だ。結果は誰にもわからない。
最終的に誰を最初のエースとして推していくかはプロデューサー陣に委ねるが、まぁ、今のところ金井が最有力なのは事実だろうな。
ただ個人的に気になっているのは
美容の専門学校に入ってはみたものの、漠然と将来に疑問を感じていてウチのオーディションを受けてみたらしい。当然、歌もダンスも未経験。しかし歌はそこら辺に居る子にしては上手い方だし、学生時代は運動部に所属していたとあって運動神経も良さそうだ。どちらもこれからのレッスンで化ける可能性を十分過ぎるほど感じさせてくれている。
何より眼が良い。強い意志、本気と覚悟を感じさせてくれる眼だ。それに表情の作り方や立ち居振舞いからも、大物感がビシバシ伝わってくる。そう感じている人が他にいるのかはわからないが、少なくとも私にはそう思えてならない。
しかし、こういうアイドルグループで一番の美人なんて存在は、残念ながらトップにはならないことが多いのも事実だ。素人あがりのアイドルには、どのように変わっていくかという成長物語を重ねたがるファンが多く、初めから出来上がっていることは決してプラスばかりではないのだ。
それにプロデュースする側からも、放っておいても輝く子は放っておかれてしまうことが少なくない。由良がどうなるかはわからないが、容姿だけで前途洋々とはならないだろう。
それでも私は、いつか桐生と由良がグループを引っ張る存在になる。本音ではそう思っている。
そしてもう一人、タイプは違えど何事にも真っ直ぐな二人が壁にぶつかった時、緩衝材になれる存在が必要だろう。人間関係が見えてこないと何とも言えないが、その人物がウチのグループのキーマンとなる気がする。
キャプテンとエースを裏から支え、周りとの距離感を微調整しつつ、時には自身も輝きを放つ。そんな稀有な存在が居るからこそ、前面に出る二人は自分の役割に没頭できるのだ。
想像の域は出ないが、現時点では二人と同世代の
里見は我が国の最難関の一つとされる私立大学の一年生で、学部は文系だが得意な科目は数学だとか。たしかに頭のキレそうな、クールな佇まいが印象的だった。
理系の学部に進学することも考えていたみたいだが、在学中に様々なことに挑戦したいと思っていたようで、時間をフレキシブルに確保できるからと文系の学部を選択したらしい。冷静に、計画的に物事を考えていることが伺える。
歌やダンスは苦手な方らしいが、なんとかしますと断言するあたり帳尻を合わせる自信があるのだろう。我々の世界ではブラフを堂々と使える度胸も一つの才能だ。実に心強い。
そんな里見が桐生、由良とともにグループを引っ張ってくれたら、その時には今では予想もできないような素晴らしい景色が見られる。そんな気がしてならない。
まぁ、全ては私の想像の中の話だ。そもそも学年が同じというだけで三人が仲良くなるかもわからないし、それぞれが私の思うキャラクター通りかもわからない。
ただ、そんな呑気な妄想ができるのも今のうちだけだ。仕事とはいえ、こんなことに思いを巡らせるのは正直、楽しくて仕方がない。
考え事を一息ついた私は、曲がるはずの角を曲がらずに通り過ぎていることに気付いた。
おっといけない。しっかりしないとな。
さて、忙しくなるぞ。
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