かたり、おわらず

 ――髪を伸ばし始めたのは、どうしてだったのか?


 姉さんを思わせる長い黒髪。

 母さんに喜んでほしかったのか、それともあてつけだったのか――わたしは、姉さんになりたかったのか。

 姉さんの代わりに、わたしが死ねばよかったのか。

 色々と、わからなかった。

 わからなく、なっていた。

 辛かった。

 苦しかった。

 だから、死にたいと願ってしまった。

 願い続けてきてしまった。


 ――けれども。


 城阪君は、言ってくれた。


 わたしに、死んでほしくない。

 わたしに、生きていてほしい。


 城阪君は、言ってくれたんだ。



 髪の毛を切った。

 昔の、わたしみたいに。

 実家に帰ったわたしを見て、出迎えてくれた父さんが息を飲んだ。

 落ち着いてから、わたしをそっと抱きしめてくれた。

 顔を見せた母さんが――わたしの髪の毛を見て、大きく目を見開いて、膝を折った。

 肩を震わせて泣き始める母さん。わたしは謝ろうとして――その前に、母さんが謝ってきた。 そのまま、三人で抱き合った。

 それから、三人で姉さんのお墓参りに行った。


 あの日から、止まっていた時間。

 少しずつ、少しずつだけど、動き始めたのかもしれない。


      ◇


「……ありがとう、城阪君」

 文化祭が終わって数日後。

 休日の土曜日。叔母さんは、出かけている。

 城阪君とふたりきりで、わたしの部屋にで向かい合っていた。初めて男子を招くにしては、殺風景な部屋だと思った。これからは、変わっていくのかもしれないけれど。

 

 途切れ途切れの言葉で、うまく伝わったかはわからない。

 これまでのことを、話すべきだと思ったから。

 何よりも、聞いてほしかったから。


「別に」


 城阪君は、照れたようにそっぽを向く。

 わたしが煎れたインスタントコーヒーを、軽く啜った。


「……俺は、何もできなかったよ。助けてくれたのは、九条のお姉さん達だろ?」


 あの場所で。

 死んだはずの姉さんは、刀を持って助けに来てくれた。もう普通の人間ではない。

 そんな、特別な雰囲気をまとっていた。


「それでも、貴方が叫んでくれなかったら――わたしは、間に合わなかったと思うよ」


 もっと早くに、心が折れていたはずだ。

 ずっと近くで見守ってくれていた姉さんに、助けを求めることすらできなかったはずだ。


「だから、貴方には感謝してる」


 あの時だけじゃない。

 もうずっと前から。

 始業式の日に、話しかけてくれたこと。

 それからも時折、話しかけてくれたこと。

 演劇部の手伝いへの、きっかけを作ってくれたこと。


 もう――誰にも、関わりたくないと思っていた。

 独りで、静かに、死んでいきたいと思っていた。


 それを――

 城阪君。

 貴方が、少しずつ変えていってくれたんだよ?

「本当に、ありがとう」

 今は、そんな言葉しか言えないけれども。

 これから先、ほんの少し未来。

 また違う言葉を、伝えられる日が来るのかな?

 わたしの心の中で芽吹く、その感情。

 答えになる日は、来るのかな?


 ――窓の外には、澄み渡った青空が広がっていた。

 

       ◇

 

 その光景を、わたしは眺めていました。

 賑やかな街並みを、眼下にそびえたつ――高いマンションの屋上から。

 はるか遠くの、窓の向こう。

 普通の人間だったら、きっとそんな先は見えないでしょう。

 だから、彼女達からはわたしの姿を見ることはできないはずでした。

 でも、それで正しいのです。

 これ以上、こちらの世界に関わらない方がいいのですから。

 妹は、妹達は、これからも生きていくのですから。


 遠く隔たったわたしは、もう関わることは許されません。

 寂しいと、思います。

 少しだけ哀しいと、思います。


 ――けれども。


「とりあえず、ざまあ見ろって感じだね」

 わたしの後ろで、彼女が言いました。 

 振り返ります。

 柏崎――橙子さんが、セーラー服姿で立っていました。

 その顔には、苦笑を浮かべています。

「あいつの思い通りには、ならなかった。あたし達は、それで満足だよ」

 彼女の近くには、もう一人の少女と、背の高い青年。いずれも、わたしが関わった存在でした。

 あいつ――橙子さんが呼んだ存在。それに唆され、死に囚われた哀しい魂達。わたしは、彼女達の名前を思い出させて、その成仏を願いました。

 その願いは、まだ叶いません。

「悪態めいた言い方、やめた方がいいんじゃない?」

 わたしのとなりで、小柄な姿――紫路がからかうように笑います。

「素直に、よかったねでいいじゃない」

「ガラじゃあないよ」

 橙子さんは、笑い飛ばします。

「あたし達は、一度は死の忌みとなった魂さ。それが、今更誰かを助けるとか護るなんて、おこがましい。せいぜい、あいつへの嫌がらせ――思い通りにさせてやらない。それくらいさ」


 ヒトは、何時だって死にたがる。

 世界は、何時だって殺したがる。

 そうやって、笑いながら怪異をばらまく存在を――認めたくはない。


「変わらねえよ」


 すぐとなりに立つ長身の人影――紫電が、言いました。


「おまえらも、主と同じさ。理不尽な哀しみを見過ごせない、お人よし。過去がどうとか、そんなことは今更どうでもいいだろ?」


『なあ?』と。

 紫電が、わたしに頷いてきました。


「そうだね」


 わたしも、頷き返します。


「わたしだけじゃ、わたし達だけでは、限界がある。だから、迷惑でなければ貴方達にも手助けしてほしい」


 わたしの言葉に、彼女達は戸惑ったように顔を見合わせます。

 わたしは、微笑みかけました。


「一緒に、戦おう」



 ヒトは、何時だって死にたがる。

 世界は、何時だって殺したがる。

 哀しみは、何処にだって転がっている。

 死にたい――と、思ってしまうこともある。


 囁かれて、行き場をなくしてしまうこともあるでしょう。

 誰かが、一歩を踏み出してしまうこともあるでしょう。


 その全てを、救うなんて――決してできないけれども。

 それでも、ほんの少しでも。

 

 だから。

 ――わたし達は、

 これからも、戦い続けます。

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むらさきひめ ハデス @hadesu

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