九条沙姫5

 彼女の学校も、ちょうどテスト明けだったらしい。


「もしかして、会えるかもって思ってね。いやー、運命だねえ」


 時間の関係で、隣町から戻ってくるのにちょうどかちあったようだ。俺の学校より一科目少なかったらしい。

 織本にもたれかかり、嬉しそうな水無瀬。通り過ぎていく同じ学校の男子の視線が、痛い。

 ……くそう、俺は無関係だぞ。

 織本も困ったような顔で、満更でもなさそうだ。このバカップルめ。


「ねえねえ、これからふたりはどうするの?」


「んあ? まー、ヤック行ってハンバーガーでもかじって、ドミファでも行くつもり」


 ヤックは、高校生の財布にも優しい安心価格のハンバーガーショップだ。高いミスバーガーと違って、そこそこ食べても漱石さんでもお釣りがくる。

 ドミファは、地元の安いカラオケ屋。二時間歌って、ドリンクバーがついて、ひとり千円かからない。

 つまり、二千円あれば充分な黄金タッグと言っても過言ではない。

 しみったれとか言うな。貧乏学生のふところ事情を鑑みてほしい。


「うええ、しみったれてんな~」


 それを、水無瀬は露骨にイヤそうな顔をする。

 こいつは、鑑みなかった。


「それなら、テミーズ行こうよ。きっちり食べようよ。ドミファのドリンク不味いしー、リラックスの方がいいよ~」


 テミーズはファミレス。リラックスは、ドミファよりもドリンクが美味く、設備もいい、その分割高なカラオケ屋である。


「余計なお世話だ。つーか、何しれっと当然に俺達に混ざろうとしてるんだよ?」


「別に、いーじゃん。友達はみんな用事あるし、久しぶりにこー君に会いたかったしさ」


 図々しい女だ。


「ご、ごめん」


 代わりに謝る織本。


「あ、やー、別に嫌だってわけじゃねえけどさ。ただ、いきなり引っ掻き回されるのもどうかと思っただけで――」


「ふっふふ、平伏すがよい」


 言葉をさえぎって、水無瀬は何かを高々と掲げた。

 それは、日本紙幣最高券。

 燦々と輝くは、諭吉こと一万円札。

 それも、二枚だった。


「我を共に加えてくれるなら、テミーズでの食事代も、リラックスのカラオケ代も、全て我が出してやってもよいぞ」


 ……な、なんだと!

 何と豪儀で太っ腹な?


「そ、そんな悪いよ」


 と、織本。


「ふっふーん♪ 気にしないでいいよ。臨時でもらったお小遣いだもん」


「小遣い? おまえ、まさかエンコ―とかしてんの?」


 俺が軽口を叩くと、


「あははー、コロスよ?」


 水無瀬の声が、冷えた。目が笑ってない。


「兄ちゃんがバイト代からくれたの。最近、大学で彼女出来たとかで調子づいててね、太っ腹なんだ~」


 そう言えば、バイト先で啓吾さん(水無瀬の兄さんの名前だ)が、嬉しそうにそんなことを言っていた。


「結構、可愛いよな」


 画像を見せてもらったことがある。いつも物静かで大人っぽい啓吾さんが、腕を組んでしまりのない顔をしていた。黒髪ロングで、いい感じだった。


「あたしほどじゃないけどね」


 すげえな、水無瀬。

 よくも当然のように、こんな言葉を口にできる。


「それで、どーなの? あたしも混ぜてくれる」


「どうする?」


 織本を見る。


「え~? つれないなあ」


「いや、そうじゃねえよ」


 俺は、水無瀬の誤解を解く。


「合流するのはいいけどさ。マジの話、奢ってもらうのは気が引ける」


「そうだよね」


 織本も同意。


「別にいーじゃん」 


 水無瀬は唇を尖らせるが、俺達にも沽券というものがある。いくらなんでも、女子に全額出させるのは、気が進まなない。


「んーじゃ、こうしよ」


 ややあって、ぽんと手を叩く水無瀬。


「カラオケは、あたしが奢るから。お昼をちょいとグレードアップして、いいもの食べよう」


「……いいものって」


 俺はうめく。


「ヤック、そんなに駄目か」


「あそこのハンバーガー、安っぽくて好きじゃない」


 はっきり言い切った。

 今この瞬間、安くてお手頃で人気のヤックファンに喧嘩を売りやがった。


「それなら、マスバーガーにしようよ」


 織本が提案した。


「カラオケ代浮くなら、僕らは自分で自分のお金は出せるしさ。あそこは、なつみちゃん好きでしょ?」


「ん、割とね」


 マスバーガー。ヤックより割高な、ハンバーガーショップである。ちょっとしたセットで、軽く漱石さん(1000円)が去っていく。



 とりあえず、織本の提案に従うこととなった。

 食事を終えて、カラオケ屋。

 フリープランで歌い放題コース。同じような学生で込み合っていたが、運よくすんなり部屋を取れた。ちなみに、会員証は水無瀬のスマフォデータだった。


「んで、さっきの話の続き聞きたいな」


 それぞれドリンクを手前において、テーブルに座る。織本と水無瀬が並んで、向かいに俺。その位置関係で、水無瀬が身体を乗り出してきた。


「いや……何がだよ?」


「きさかんの恋バナに決まってるじゃん」


 目が輝いてやがる。


「なつみちゃん」


 織本が、どこか呆れたような表情だった。


「ん~、無理にとは言わないけどさあ」


 水無瀬は、座り直す。グラスのリンゴジュースを、一口。


「きさかんって、今まで浮いた話とかなかったじゃん。見た目も悪くないし、頭は悪いけど運動はできるでしょ?」


 さらり、と馬鹿にしやがった。否定は出来んが。


「結構悪くない物件だと思うんだよねえ。その割にぜんぜん女っ気ないしさ、兄ちゃんと時々、実はホモなんじゃないとか話題にしているんだよ」


「……おい」


 啓吾さん、少し貴方を見損ないますよ。


「あははー、まあまあ。兄ちゃんは、しっかり否定してたよ」


 啓吾さん、貴方を誤解して――


「だって、バイト先でウェイトレスの女の子の生足、ガン見してたからって」 


 ――誤解、ではなかったです。


「……そろそろ怒っていいか? 俺」


 それとも、泣いていい?


「ごめんごめん、悪気はないんだけどさ」


 ぺろろ、と舌を出す水無瀬。まあ、悪い奴ではないないんだけど……どうにも、このノリには今一ついていけない時がある。


「たださあ、うちって女子校でしょ?」


「まあな」


「それで、あたしが恋人持ちだからさ。そのつてで、男子紹介してくれって頼まれたんだよ。そこで、きさかんが浮かんだんだけど……」


 と、言葉を切った。


「でも、他に好きな子とかいたら悪いじゃん? だから、確認しておきたくてさ」


「へえ」


 俺は思わず、声が漏れた。


「何?」


 水無瀬が眉をひそめた。


「……いや、おまえってもっとデリカシーないと思ってた。意外だったわ」


「ひどいな、君。あたし、傷付いたぞ」


 全然平気そうな声だった。


「まあ……話しても、いいけどよ」


 ちょっと、気恥ずかしいかな。


「けど、好きとかそういうのとは……違う気がするな」


 そもそも、きっかけがきっかけだった。



 およそ、女子相手に持つ感想ではなかった。

 俺は、話す。

 あの時のことを。

 しきメール。

 自殺志願者が送れば、死姫に届く。その話題を餌に、不謹慎に盛り上がっていた女子達。


「まあ、当時はイライラしてたからな。必要以上に、むかついちまってさ」


 苦笑する俺に――水無瀬は、真顔だった。


「いや、その感情は正しいと思うよ」


 打って変わって真剣な口調。

 俺は、呆気にとられてしまったかもしれない。


「どうしたの?」


「あ~、いや。意外だなと思ってさ」


 さっきよりも、驚いた。何というか――水無瀬はそういうのじゃないと思っていた。別に馬鹿にしていたつもりもないけれど……考えようによっては、失礼だとも思う。


「あたしだって、節度はあるよ」


 水無瀬の静かな視線。


「そりゃあ、あたし、調子に乗るし、噂話とか恋バナ好きだし、下ネタどんとこいだけどさ。やっぱり、人の死ってのを、軽々しく話題にするのはいかんでしょ?」


「……そ、そうだな」


 そんな話をする水無瀬は、どこか大人びて見えた。

 少しだけ、織本がこいつと付き合っている理由がわかった気がする。



 まあ、結局のところ。

 それからは、いつも通りの水無瀬になってしまったのだが――


「んー、じゃあさ。その子のこと、思い浮かべてよ?」


「ああ」


「んで、頭の中で服脱がせてみてよ」


「……ん、てえっ! 何を想像させするんだおめーは!」


「ドキドキした?」


「したわ! ボケ!」


「だったら、好きなんじゃないかなー」


「はあ?」


「だって、どうでもいい相手だったら何とも思わないじゃん? あたしだって、好きな相手以外の裸なんて興味ねーもん」


「……おまえさ」


「何?」


「少しは、恥じらいとかそういうのないわけ?」


「んー、もしかしてきさかんって女子相手に変な幻想持ってない? 今時の女子なんて、こんなもんだよ? うちのガッコウなんて、女の子ばっかりだし、もっとぐちゃぐちゃでドロドロもんよ」


「……うええ、マジ?」


「まあ、あたしが話し出すとドン引きされる時あるけどさ」


「あるのかよ!?」



 少し感心したのに、すぐさまぶっ壊された。

 らしいと言えば、らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る